第29話 捕まえた。




 オルニリュンの街に、爆音が響く。黒煙が上がる。

 ルアンの合図だと思い、馬に乗って待機していたクアロ達は、走らせて向かう。

 風を切るように、街を駆けた。煙が上がる塔は、他の建物に囲まれていて、近付くことが出来なかった。

 入り口を探している間に、標的の部下と遭遇し、そして戦うことになってしまう。


「ルアン!!」


 クアロが声を上げるが、遅れて駆け付けた精鋭部隊もそれぞれ戦闘を始めた騒音で聞こえないのか、ルアンの返事はなかった。




 ◇◆◆◆◇




 強風が吹き荒れる。その強風に守られるかのように包まれていたベアルスは、人気のない路地に静かに降り立った。

 風のギアを操り、ベアルスは空を飛んでアジトから脱出したのだ。

 ルアンは囮でアジトの場所を知らせる役目を担っていたと、ベアルスは推測した。そしてガリアンの精鋭部隊が5つの通りから攻めて囲うとも推測した。

 その場合の逃走経路は用意していたのだ。

 通りから見えない建物の上から、風のギアを使って逃走。


「ふぅ……今回ばかりはコレクションを持って逃げられなかった。残念だ」


 乱れてしまった髪を整えながら、ベアルスは一人言を漏らす。爆発でおもちゃや人形が無事でも、回収できない。潔く諦めるしかないと肩を竦めた。


 ――逃げ切られるといいが。


 側近を心配しつつベアルスは、仲間と合流するために歩き出した。だが、足を止める。

 目の前には、風とともにルアンが現れて着地。ベアルスと違い、強風をクッションにするように荒々しかった。

 爆発の近くにいたため、ドレスは少し焦げて、ところどころ黒ずみ、髪は乱れている。


「おやおや……実に素晴らしい」


 ベアルスは笑みを緩めずには、いられなかった。まさかここまで追いかけてこれるとは思わなかった。

 小さな身体を風のギアで吹き飛ばして追いかけてきたのだ。

 目の前の少女には、驚かされてばかりいる。美しいだけではない。油断ならない少女。


「お嬢さん、本当の名前は?」

「ルアン・ダーレオク」


 名乗ったルアンは、笑みを浮かべていた。子どもらしかぬ笑みであっても、鋭利に光る瞳は宝石に見えて、ベアルスは見惚れる。

 子どもらしくない笑みは、上機嫌だ。作られたものではないと、ベアルスは思った。


「思った以上にアンタと遊ぶの楽しいけど、取り逃がしたら予定が狂っちゃうのよね」


 猫被りをせずに、ルアンは言う。それがルアンの素の声だ。


 ――嗚呼、美しい子だ。


 ベアルスは、ルアンにつくづく見惚れてしまう。


「予定とは?」

「アンタを捕まえれば、あたしはガリアンに入れてもらえる」

「入らなくてもいいじゃないか。野蛮な組織より、僕の元へ来ないかい? 一緒に遊ぼう」


 ルアンが欲しくなり、ベアルスは手を差し伸べた。しかし、ルアンはその手を取ろうともせず、嘲笑う。


「アンタの組織には興味ないの。でも遊びたいな」


 首を傾けて猫撫で声を弾ませるルアンは、にっこりと笑った。


「ではまた今度、遊ぼう」

「逃がさない」

「ふふ、君一人では僕には勝てないよ」


 ベアルスは、一度アジトの方角に目を向ける。ルアンの仲間が来る気配はない。


「両手で素早く紋様を完成させる君の技は実に素晴らしいが、僕がデフェスペクルを描く方が早い。通用しないよ。残念だね。また今度」


 不意打ちならば、勝敗はわからない。こうして向き合っているのならば、ルアンに勝算はないと教えた。

鏡のようにルアンのギアを、はね返すだけだ。


「ベアルス」


 ルアンは歌うように優しくベアルスを呼ぶ。

 まるでサプライズを用意していることを、隠しきれていない満面の笑みだ。


「檻の中で遊びましょう」


 両手を上げると人差し指に光を灯す。

 それを見てベアルスは、正々堂々と対決を受けて立つことにした。

 ルアンが放つギアを、受け止めようと余裕綽々で待つ。


「……えっ」


 異変に気付いたベアルスが、目を丸める。ルアンは微笑んだままだ。


「なにを……して……」


 ルアンの行動を、ベアルスは理解できず戸惑う。


「いるん、だい? お嬢さん」

「最近風邪を引いてね。ベッドの上で暇だったから、書く練習してたの。実際にやるのはこれが初めて」


 ルアンは微笑みながら、ゆっくりと紋様を描く。その両手は、二つのギアを同時に描いていたのだ。


「や、やめたまえっ。一度に光を使うと死に至るっ……!」


 同時に二つのギアを描く器用なことをする者は、今までいない。一度に多くの光を使うと、血液を大量になくした時と似た症状が起きる。光の回復は早いが、ルアンのように幼ければ、死に至る可能性が高い。

 しかし、ベアルスは今更あることに気付いた。


 ――ダーレオク!? レアン・ダーレオクの娘か!?


 ガリアンのボス、レアン・ダーレオクは、光を多く持つ体質だ。その体質を受け継いだからこそ、ルアンはその歳でギアが使える。

 同時に二つのギアも、平然と使えるのだ。


「っ!」


 ベアルスは慌てて防の紋様、デフェスペクルを描く。下から上へ、右から左へと十字を作り、円で囲う。

 ルアンとベアルスのギアは、ほぼ同時に発動した。

 ルアンは右手に炎の紋様を、左手には雷の紋様を、描いた。マグマのように煮えたぎる炎と、激しく弾ける雷がベアルスを向かう。

 ベアルスは先程同様にそれを吸収しようとしたが、衝撃で突き飛ばされそうになり踏み留まる。


「くっ……!」


 かつてないほどの手応え。そして、ルアンのギアを吸収しきれない。あまりにも、強力。

 ルアンは吸収しきれないギアをぶつけてきたのだ。先程の炎のギアは、溢れていた。気絶させるために加減したもの。だからこそ、次に本気で放てば、デフェスペクルを打ち破れると考えた。


 ピキンッ!


 ベアルスの紋様は、鏡に亀裂が入るように割れ始める。

 次の瞬間、紋様は弾かれた。先ずは吸収した炎の爆発を喰らい、ベアルスは後ろに飛ばされる。踏み留まったが、ルアンの攻撃は続いていた。

 炎と雷の間に見えたルアンは、勝ち誇った笑みを浮かべている。子どもとは思えない強く、そして鋭い笑み。


 ――なんて、美しいっ。


 その一瞬で、また見惚れる。

 ルアンはベアルスの予想を裏切り、そして負かせた。


「!?」


 炎のギアはベアルスを掠めると、青空へ向かう。赤い竜の如く舞った。

 ベアルスがそれに目を向けた瞬間、雷が突き刺さる。身体中に弾けるような衝撃が走り、最後に吹き飛んだ。

 その雷鳴は、街に響き渡った。




   ◇◆◆◆◇




 クアロ達は、ルアンを見付けられず、焦っていた。だが、炎のギアと雷鳴に気付き、急いで駆け付けた。

そして、ルアンの姿を見付ける。


「ルー!!」

「ルアン、無事か!?」


 クアロもシヤンも、馬から飛び降りて駆け寄ろうとした。

 ルアンは焦げたベアルスの腹の上に、座って待っていた。2人に顔を向けると、ルアンがニッと笑う。


「捕まえたっ!」


 ところどころと黒ずんでいて、髪も乱れているが、それでも輝きを失っていない宝石のよう。

 声を弾ませるルアンは足を揺らす。

 笑みは、とても無邪気だ。演技ではない。ベアルスをルアン自身の手で捕まえた。その喜びが心の底から、全身に表れている。

 不覚にも、クアロとシヤンは可愛いと思った。

 ルアンが天使の皮を被った悪魔だと、つい一時間前に思っていたのだが。

 偽りのないルアンの愛らしい姿に、クアロ達はときめいてしまったのだった。




 その日、確保した犯罪者は10名。数日後に取り逃がした7名がベアルスを脱獄させるために襲撃したが、取り押さえて牢獄に入れた。

 作戦は成功。組織を潰し、オルニリュンの依頼は果たした。

 ルアン・ダーレオクは、ガリアン初の女メンバーとして、正式に迎え入れられた。



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