/8 聖堂(五月二十六日)

 ぱらついていたけれど、すぐにむだろうと思って、傘を携えずに外へ出た。


 ――結局、わたしが麓の病院に下ろされることはなかった。というより、精密検査を薦められはしたものの、わたしが固辞したのだ。実際大した怪我じゃないというのもあったが、療養目的で放り込まれた学院で、まさかほかの生徒に怪我をさせられたなどと知れたら、いい加減に実家が黙っていないだろう。下手をすれば学院に押しかけてきかねない。


 学院側には、わたしの怪我のことは絶対に両親に伝えないよう念を押しておいた。学院としても都合の良い申し出だと思ったのだが、意外にも頑固なシェーファーらを説得するのに骨が折れた。最後はわたしの協力への見返りということで、半ば強引に納得させた。


 協力というのも、事件直後に、事件それに至る経緯をまともに説明できる人間が、わたしくらいしかいなかったからだ。鈴白はすぐに麓の病院へと担ぎ込まれたようだし、赤木は赤木で明らかに混乱していた。


 鈴白要こそ、一連のの真犯人だ――赤木るいは、そう主張したという。鐘楼でのわたしたちの会話を盗み聞いた彼女は、すっかりそんな妄想に取り憑かれてしまったらしい。


 別室で教職員に事実確認をされたわたしは、どこまで話したものか悩んだものの、結局起きたこと以上の憶測ことは口にしなかった。あのときの鈴白は、自分が犯人であるとは言っていなかったし、事実男は誰もてなどいないのだから。


 わたしは鈴白と偶然鐘楼で出会い、もののついでに降霊術に関する話をしていたところ、やって来た赤木に突き落とされた。ただそれだけの話でさえ、教師陣に理解してもらうのに随分と時間を要し、ようやく一時解放となったのは、日付が変わる間際のことだった。 


 部屋に戻ると、湿布やら包帯やらでぐるぐる巻きになったわたしを見たまひろに、追い打ちとばかりの張り手をお見舞いされた。そしてボロボロと漫画みたいな大粒の涙を流し始めた彼女を落ち着かせるために、久しぶりに同じベッドで一緒に眠った。


 硝子には、自業自得だと嘲笑われた。予想通りの反応過ぎて、言い返す気力も湧かなかった。しかし意外なことに、彼女はそれ以上事件のことを尋ねようとはしなかった。


 ――あれから数日が経ち、日曜日。すっかり日の落ちた夜半、わたしはまたしても聖堂を前にしていた。


 部屋を抜け出すとき、時刻は既に二十一時を過ぎていた。寄宿舎の門限はとうに過ぎている。見つかれば懲罰ものだろう。


 聖堂前の広場は、年季の入ったガス灯が照らしていたが、今日に限ってかなり心許ない明るさだった。それもこの空模様だ。満月も近い頃合いだったが、雲に切れ目は見えず、ささやかな雨粒が石甃いし だたみを静かに打ち鳴らしていた。


 聖堂の玄関、古めかしい両扉の前に立つ。神の家のとば口は、この時分相応の薄闇を纏っているために、日中より随分と威圧的に見えた。


 扉を押し開く。夜の静寂しじまに、老女の声に似たしわがれた鉄の音が響いた。


 聖堂内もやはり闇に支配されていた。しかし、ガス灯ほど強い光源はないものの、ここそこに火が灯してあるお陰で、屋外ほど深い黒色こく しよくはほとんど見当たらない。夜を薄く引き伸ばしたような柔らかな暗がりが、部屋の中を満たしていた。


 正面に、わずかに際立った赤い光が見える。天井から伸びる聖体ランプの光だ。その奥では、祭壇の蝋燭に照らされて、磔のキリスト像が煌めいている。


 ――その輝きを遮るかのように、内陣の中央辺りから、わたしの方へ向かって、長い影が真っ直ぐ伸びていた。


「待っていました。貴家いたみ君」


 低く、落ち着いた声が空気を揺らす。わたしの爪先に触れかけていた影が、くるりと根本から翻る。


 そしてわたしは、闇の只中を見る。十字架を背負いながら、聖域に立った黒衣の聖者が――鈴白要が微笑していた。



  *



「遅れてすみません、先生。

 その、お加減はいかがですか?」


 社交辞令とばかりに、鈴白の身体を気遣っておく。実際、男の姿は痛ましかった。外傷があるのか頭頂から額まで包帯が巻かれており、眉にかかる長さの前髪もほとんど生地の下に隠れている。首から吊り下げて固定している左腕も物々しい。


 だというのに、当人は何事もなかったのように飄々としていた。


「大袈裟なのは見た目だけですよ。腕が折れたくらいで、精密検査でも問題ないことが分かっています。明日からはいつも通り、講義も行う予定です。

 ――いや、そんなことよりもまずは謝らなければいけませんね。君を巻き込んでしまったことは、とても後悔しています。本当に申し訳ありませんでした」


 一転して、鈴白は重々しい口調で言うと、深々と頭を下げた。男の行動に、わたしはただ困惑していた。


めてください。わたしの怪我はほとんど自業自得です。わたしは――赤木さんに、非道いことを言ってしまった」


 わたしは、別に謝罪が欲しくて鈴白を呼び出したわけではなかった。男に謝られたところで、どう返して良いかも分からなかった。それに後悔しているのは、わたしも同じだ。あのとき、わたしが赤木を突き放さなければ、彼女は思い留まっていたのではないか――そんな夢想をしてしまうほどに。


「いいえ。赤木君を追い詰めたのは間違いなくです。

 彼女は僕を突き落とそうとしていました。貴家君のことは、恐らく眼中になかったでしょう」


 頭を低くしたまま、鈴白が否定した。赤木がの犯人として告発したのは鈴白だけで、現場にも居合わせていたはずのわたしについて、ほとんど言及がなかったらしい。


 それでも、鈴白の物言いはやはり不自然だった。


「――まるで、彼女がああすると分かっていたように言うんですね」


 鈴白が顔を上げる。祭壇からこぼれた蝋燭の灯りが、男の輪郭を仄かに照らし出す。


 そして男は、まるでわたしの言葉を待ちわびるかのごとく、暗がりの中でただ微笑んでいた。


「学院に戻られて早々に、それもこんな時間にお呼び立てして、迷惑にお思いでしょう。それでも、どうしてもお尋ねしたいことがあります。

 ――先生。先生は、赤木さんがわたしたちの会話を聞いていることを――いや、赤木さんが鐘楼に来ることを知っていたんではないですか?」


「ええ、勿論。赤木君とは、元々話をする約束をしていたのです。先週から彼女は聖歌隊の練習を休んでいたので、詳しい事情を訊くつもりでした。

 僕の執務室に来るよう伝えていたのですが、時間になっても現れない僕を探しに来たのでしょう」


 自明であるかのごとく、鈴白は淡々と言い放った。並べた言葉に嘘偽りこそなくとも、あまりに白々しい釈明だ。


 この男は、すべて分かっていたのだ。そして、今しがた自ら否を認めたばかりというのに、舌の根も乾かぬうちにわたしを欺こうとしている。


 いい加減、この男のやり口にはうんざりだった。


「先生は、これで満足なんですか?」


「さて。僕が何に対して、満ち足りていると言うのでしょうか?」


「――今さら、先生相手に回りくどい訊き方をしても仕方ありませんね。

 赤木さんは退学を希望していると聞きました。当然です。彼女が学院に留まれるはずがない。貴方を害したことで、彼女は一連のの犯人となってしまった。本人がいくら否定したところで、誰も信じないでしょう」


 赤木るいは、今や学院中からの犯人と見做されていた。それが事実でないと知っていても、黒川や白瀬が赤木を庇えるはずもない。あの二人は、初めから保身のためにだけ動いていたのだから。


「赤木君の退学については、とても残念に思っています。

 しかし致し方ないことです。それで不当な追及から逃れられるというのなら、彼女にとってはきっと救いになるでしょう」


 神前において、鈴白はこれ見よがしに十字を切った。喉の奥が、ひりつき出すのを感じた。


「致し方ない? あの三人が飛び降りたことも、その一言で片付けるつもりですか? 先生はすべて知っていたんでしょう?」


「君こそ、やはり気づいていたのですね。彼女たちが、自らの意志で飛び降りたことに」


 男の言葉には、どこか諦めのような響きが混じっていた。いずれはこうして対峙するだろうと、お互い予感していたのだろう。


「――わたしが知っているのは、彼女たちに何が起きたかだけです。白瀬さんと黒川さんは、クラスメイトからの視線に堪えかねて飛び降りたんでしょう。周りからしてみれば、あの三人は金澤をた容疑者でしかなかった」


 つまらない話だ。交霊会を行った四人のうち、怪我をした。勿論、周囲は初めから少女Sの存在を信じたりはしないだろう。ならば当然、周囲から疑いの目を向けられるのは、無事であるほかの三人だ。


 同級生たちが、彼女たち三人にどの程度の仕打ちをしたのかまでは知らない。あるいは、双方の疑心暗鬼が思い違いや先走りを生んだのかも知れない。


 しかし少なくとも、猜疑の視線をいち早く感じ取った白瀬は、自ら飛び降りることを選択した。の被害者になってしまえば、不当な迫害を受けることもなくなると考えて。


 同時に、白瀬もまた、黒川か赤木のどちらかが金澤をた犯人ではないかと疑っていた。そして白瀬は、自分に続いて飛び降りた黒川を犯人と思い込んだ。というより、白瀬の負傷の意味にすら気づけない赤木が、犯人であるはずはないと考えたのだろう。


 一方で、白瀬と黒川の保身は、結果として少女Sの信憑性を高めてしまった。周りもまさか自傷とは考えなかったのだろう。それも全員が少女Sを目撃したと言い張れば、いよいよ一年生たちもその存在を意識せざるを得なかった。そしてそれは、ただすべき容疑者とされていた三人が、憐れむべき被害者へと変わった瞬間でもあった。


 ――赤木が鈴白をた今となっては、少女Sの犯行を信じる者はいないだろうが。


「だけど、未だに分からないことがあります。そもそも、何故金澤さんは飛び降りたのでしょう? それに、何故彼女は少女Sに突き落とされたと言ったのでしょうか?

 先生なら、その理由もご存知なんじゃないですか?」


 あの三人のうち、発端である金澤の負傷だけ明らかに深刻だった。それに引き換え、白瀬と黒川はほとんど無傷に近い。それ自体が二人の狂言の傍証となるわけだが――ともかく、金澤は一時意識不明にまで陥っている。自傷であったにも関わらず、実際に加害者がいた鈴白の怪我よりもさらに重篤だ。


 わたしの問いを聞き、鈴白が、わずかに頭上を仰いだかに見えた。


「――金澤君が何を思っていたかは僕にも分かりません。僕には彼女のことが最後まで理解できなかった」


 含みのある言い方だった。しかし、やはり金澤も自らの意志で飛び降りたことは間違いないようだ。


 病院に運ばれた時点で、金澤はロザリオを携帯していなかった。洗礼を受けていたはすの彼女が、だ。


 転落の衝撃で破損することを危惧したのか、それともがあったのか。いずれにせよ、彼女はロザリオを部屋に置き去りにした。


「赤木さんから一番初めに聞きました。彼女を金澤さんの病室に連れて行くときに、先生は金澤さんのロザリオを持って来るように言ったそうですね。

 金澤さんは、ロザリオが自室にあると分かっていた。転落前後に紛失したわけでもなく、自分で置いて行ったんです。

 なら、先生がそれを知ったのはいつですか? 金澤さんが目覚めてすぐ、彼女の口から直接そう聞いたのですか? それとも――彼女が飛び降りようとしていることに気がついていたのですか?」


 勢い、語気が強くなっている自覚はあった。烏滸おこがましくも義憤に駆られる己を、省みる余裕さえ既になかった。


 対する鈴白は、演者の芝居を吟味する観客の目で、わたしを見た。


「勿論。金澤君が飛び降りようとしていたことは、知っていましたよ」


 凪いだ海にも似た穏やかさで、鈴白が首肯した。


 わたしには、男が恥じらう様子一つ見せないことが、不可解に思えてならなかった。


「何故、止めなかったんですか?」


「質問の意味を分かりかねます。

 僕に何故、彼女を止められたというのでしょう?」


「貴方は聖職者でしょう。導くべき教え子が――同じ信仰を持つ者が禁忌をおかそうとしていて、貴方はそれを黙って見ていたと言うんですか?」


 金澤は、心臓痕のように屋上から飛び降りたというわけではない。もしかしたら、本気で死ぬつもりはなかったのかもしれない。


 それでも、現実に金澤は死の淵に瀕した。金澤自身、そうする前に罪悪感や躊躇いを覚えただろう。彼女の信仰は、本来自殺を是としないはずだ。


 しかし聖職者は、彼女を哀れむかのようにかぶりを振った。


「禁を冒さねばならないほどに、金澤君が思い悩んでいたとは考えられませんか。

 だとすれば、僕にそれを咎めることはできません。彼女の苦悩は、残念ながら彼女だけのものだ。所詮、他人である我々に理解できるはずもない。

 逆説ですよ、貴家君。戒律ルールと言うものはね、暗にそれを蔑ろにする者の存在を認めているのです」


 いささか以上に職業意識に欠ける発言だった。これを彼の優しさと取ることもできるだろうが、わたしにはどうしてもそうは思えなかった。


「なら、先生は何故白瀬さんにを伝えたんですか? 少女Sは殺された、なんて言って、白瀬さんの不安を煽る必要があったんですか?」


「そのような必要も、そのような意図も、勿論初めからありませんよ。前にも言ったでしょう。僕は誤解を正したかっただけだと。

 事実として、黒川君は誰も突き落としてなどいませんでした。しかし残念なことに、ただその事実を伝えるだけでは、白瀬君は納得してくれなかった」


 それを認めてしまえば、白瀬もまた、どうして金澤は負傷したのかという根本的な疑問に行き当たってしまう。そのときの白瀬は、恐らく少女Sの存在を信じつつあった。だからこそ、少女Sなどいないと自らに言い聞かせようと、別の犯人像を模索した。


 そして白瀬の不安に対し、この男はより現実的な人物像を与えた。少女Sを――金澤莉音をた犯人は、かつて屋上の鍵を施錠したであろう教職員の誰かであると。


「いいえ。白瀬さんの不安を取り払うだけなら、先生は金澤さんも自らの意志で飛び降りたことを伝えるだけで良かった。いるかどうかも分からない殺人者の存在を示唆して、白瀬さんを不安に陥れることはなかったはすです」


 わたしと話したときには既に、白瀬も金澤の飛び降りの可能性気づいていた。


 いや、気づいていたというより、あれは何もかもが分からなくなっていたのか。彼女は自身の罪悪感から逃れるために、あらゆるものを疑っていたのかもしれない。


「だが、それでは白瀬君は金澤君を憎んでしまいます。

 僕は、彼女たちがこれ以上無意味に疑い合うことこそを避けたかったのです。それなのに、白瀬君に黒川君を信頼させるために、金澤君が憎まれるのを良しとするのは、釣り合いが取れないではないですか」


 鈴白の釈明は一見理屈立っているように思えた。それでもその言葉からは、微かな熱すら感じられない。


「それは先生の本心ではないはずです。貴方の言い分には、大きなきずがある。

 先生は金澤さんの飛び降りを見過ごしました。それがのちに彼女たち四人の友情にひびを入れることを、貴方は最初から理解していたはずだ。

 なのに、貴方はそれを良しとした。――先生には、別の目的があったんじゃないですか? 先生は降霊術――交霊会セアンスの流行を、何としても食い止めたかったのではありませんか?」


 鈴白は笑顔を浮かべるのみで、何も答えようとはしない。愚問とでも思っているのだろうか。構わずわたしは言葉を続ける。


「先生は、前にこう言いましたね。硝子の瞳を知らない一年が交霊会などしたところで、彼女を視ることはできないと。わたしたちの記憶にある心臓痕硝子を捉えられるはずがないと。

 それでも、交霊会という儀式プロセスそのものが、意識に影響を及ぼしかねないというごく当たり前の危険性について、先生は認識していたはずです。

 そして彼女たちの交霊会は、あまりに軽々に少女Sという記号を振り撒いた。それに今はまだ何も視えていなくても、交霊会を――変性意識を体験する生徒が増えていけば、果てはどうなるかもしれない。少女Sの存在自体を心臓痕硝子への冒涜と捉えていた貴方に、それを見過ごすことができましたか?

 ――いや、できないはずだ。だから貴方は金澤さんを放置することで、逆に交霊会に真実味を持たせようとした。交霊会に手を出せば少女Sによって断罪される――そんな認識を植え付ける上で、金澤さんは実に都合が良かった。違いますか?」


 鈴白はやはり答えない。答えられないのではない。男には明らかに余裕があった。その態度を崩すにはまだ至っていない。


 だからわたしも、ここで追及の手を弱めるわけにはいかなかった。


「先生にとっての誤算は、金澤さん一人が飛び降りたところで、ほとんどの一年生が少女Sの存在を信じなかったことと、真っ先に残された三人を疑ってかかったこと――そして白瀬さんや黒川さんまで飛び降りてしまったことでしょう。結果から言えば目論見通り、一年たちが少女Sを信じ始めたと言えるかもしれません。

 一方で、金澤さんという生贄は少々効果的に働き過ぎた。黒川さん、白瀬さんとが連鎖して、周りはすっかり少女Sの呪いを信じたことでしょう。そして次は間違いなく赤木さんの番だと思った。

 いや、それで仕舞いになるかも既に怪しかった。交霊会を行っていたのは彼女たちのグループだけではありません。赤木さんが落ちれば、次は誰が、いつ少女Sに突き落とされるかはもう誰にも分からない。それが自らの意志による飛び降りだったとしても、いずれは金澤さんのような大きな怪我に繋がりかねない」


 男は何も答えない。男の真意に迫っている自信はなかった。それでもわたしは、もはや男を糾さずにはいられない。


「だから先生は、あのとき赤木さんを呼びつけたんじゃないですか?

 少女Sへの恐怖に――周囲から寄せられる好奇の視線とよこしまな期待に、赤木さんは疾うに限界を迎えていたでしょう。しかし愚直な彼女は、保身のために自ら飛び降りるなどという発想を持たなかった。

 それを知っていた貴方は、わたしとの会話を装って、隠れ潜んだ赤木さんに、彼女にとって都合の良い犯人像を語り聞かせたんじゃないですか? それを聞いた彼女がどうするかも、その結果、周囲が彼女をどう思うかも、貴方は完全に理解していた。そしてそれで構わなかった。

 だって先生は、赤木さんをの犯人に仕立て上げることで、交霊会に纏わるすべてに幕を引くつもりだったんだから」


 それで自分が命を落としたとしても、鈴白は一向に構わなかった。この男はわたしと同じように、心臓痕の呪いの拡散を食い止めるためだけに動いていたのではないか。


「貴方が理想に殉じた果てに、どうなろうと知ったことじゃない。けれど貴方はそのために己の生徒までも操り、挙げ句犠牲にした。

 ――そうじゃないんですか、鈴白先生」


 わたしの問いが、仄暗い聖堂に木霊する。


 そして――唐突に、爆ぜるような乾いた音が響いた。


「――素晴らしい」


 鈴白は心底驚嘆したように、満面の笑みを浮かべ、拍手をもってわたしを讃えた。


 男の背後で、立ち並ぶ蝋燭の火がちらついている。刹那、風一つない聖堂の中で、その灯火が大きく揺らぎ、男の影を天井一面に映し出した。


「限られた情報から、よくもそこまでの筋書きを組み上げたものです。君の手つきは実に鮮やかで、まるで熟達した標本師か、解剖医のようだ。

 ああ、本当に美事みごとです。君はやはり優秀だ」


 鈴白が、感心顔でわたしを褒めそやす。火の勢いは、幻のように収まっていた。


「何が、可笑しいんですか?」


「何も可笑しくなどはありません。僕の行いについての見立ても、結果だけ見れば何一つ誤ってはいないでしょう。それに付随する僕の心情なんてものは、君の好きに理解すればいい。

 しかし、貴家君。僕には一つだけどうしても訊いておかなければならないことがあります。

 ?」


 勿体つけた鈴白の問いは、されどわたしの意表を突くほどのものではなかった。


「何も求める気はありません。

 貴方と同じですよ、先生。わたしはただ間違いを正したかった。自分の考えが、誤っていないかを知りたかった」


 これはあくまでわたし自身が事件と折り合いをつけるための、通過儀礼イニシエーシヨンでしかない。そうしなければ堪え難いほどに、わたしは無力だった。わたしがは――鈴白によって、既に達せられてしまったのだから。


 大きな溜息が、わたしの思考を断ち切る。無意識に伏せていた視線を上げて、男の姿を捉え直す。鈴白要が他者を侮蔑するような態度を見せたのは、それが初めてだった。


「そうですか。ならば僕は、貴家君のことも正さなければならないようですね。

 。ごくごく些細な――しかし君にとっては致命的な瑕疵かしだ」


 そう言って、男はようやく聖域から一歩踏み出した。


「瑕、ですって」


「ええ。

 ――ねえ、貴家君。君の言う鈴白要という男は、随分と他人を操ることに長じているようですが――その割には、どの行動をとっても、やけに場当たり的ではないですか?」


 男の影が、わたしに迫り来る。いつかのように退路を断たれているわけではない。それでもわたしは、向こうで磔になっている彫像と同じように、身動き一つを取ることができなかった。


「そうですね、まず――確か君はこう言いましたね。僕は金澤君の投身を見過ごして、少女Sの信憑性を高めることで、遊び半分に儀式に手出しできないようとした、と。

 しかし、一年生が少女Sの存在を強く信じ込めば、儀式に関わらずとも次第に幻視者が増えていく可能性を、否定することはできませんね?」


「――それは、交霊会という儀式プロセスこそが、変性意識を呼び起こしかねないから――」


 鈴白がこれ見よがしに首を横に振り、大きく肩を落とした。


「そうではありません。

 君も分かっているでしょう。疑問を差し挟む余地がある時点で、君の解釈は的外れなのです。他人が何を思って事を為したかなど、真実分かるはずもないのだから。

 そして君の語ったそれは推理などではない。ただの願望です。何故なら、君は既に真相に至っている。探偵小説ならばとうに幕切れを迎えているでしょう。

 だというのに、君はあろうことか元凶たる僕の同意まで欲している。付随する僕の心情をこそ知りたがっている。

 君が求めてまないのは、誰がやったかフーダニットでもどうやったかハウダニットでもなく、下らない何故やったかワイダニットだ。

 ――君は、安心したいだけなのでしょう? 君と僕が、同じ存在ものであると認めたくないから」


「――違う」


「君と僕は違うから、同じ存在ものであるはずがないから――そう思いたいがために、君は君自身が感じ取った僕という人間とは異なる犯人像を作り上げ、その鋳型に当て嵌めて僕を解釈し直そうとした。

 でもね貴家君。やはり僕たちは、きっとなのですよ。君と同じように、僕もまたそのことを感じ取っているのだから」


 鈴白が、わたしの眼前に立つ。やはりこれは、あのときの再現だ。無意識に俯こうとした矢先、鈴白の右手が、わたしの頬に伸びた。男性的な筋張ったきめの粗い指が、わたしの目元に触れる。


 ――男の目が、まっすぐわたしを見つめていた。わたしは、男の目の中にいる自分の姿を見つめていた。きっと男も同じように、わたしの中の己を見ているのだろう。


「ああ、その目です。彼女の瞳に――彼女への想いに縛られ続ける、虜囚の目だ。

 こうしていると、本当に――鏡を見せられている気分になる」


 男の囁きには、身体の内をまさぐられるかのような不快感があった。


 鈴白の手を取り、乱暴に振り払う。怒気を込めて睨みつけてみても、しかし男は眉一つさえ動かそうとしなかった。


「じゃあ教えてください。交霊会の拡散の抑止という、確たる目的がなかったとすれば――先生は、一体何がしたかったのですか?」


「何も。先ほど言ったでしょう。

 僕はそのときそのときで、場当たり的に事を為してきたに過ぎない。君が言ったような目的も、それを貫徹しようとする意志も、初めからなかったのです」


「――嘘」


 視界がわずかに上下する。知らず、わたしの足は、鈴白と距離を取っていたらしい。


「そんなこと、あるわけがない。

 もしそうなら、一連の事件に手を加える必要もなかったでしょう? 先生はただ聖職者として、責務を全うするだけで良かったはずです。

 金澤さんが飛び降りる前に、ただ一言制止すれば良かった。白瀬さんの訴えも聞き流すか、事実だけを伝えておけば良かった。あの日、赤木さんをわざわざ呼び立てる必要もなかった。そもそも交霊会に関わるすべてを、無視し続けることもできたはずです。

 なのに、貴方はそれをしなかった」


 問いかける声は、いつしか情けなく震えていた。そんなわたしを見かねてか、鈴白はそれこそ普段の講義と同じように、ひどく優しい口調で諭そうとした。


「その通りです。僕にその必要はありませんでした。

 そう難しい話ではありません。ただ、皆が僕にそうあって欲しいと望んだのですよ。僕は彼女たちの願いに応えただけです」


 男が何を言おうとしているのか、わたしは薄々気づきかけていた。だがここに至って、未だそれは、わたしにとって受け容れ難い相克だった。


 だから、わたしは男の言葉を待つほかなかった。


「金澤君は、自分の視たものを皆にも信じて欲しいと、僕に願いました。だから僕は、僕の思いつく限りで、それを実現する術を伝えました」


 その結果、生徒たちが死者の幻影に脅かされることになっても。


「白瀬君は、金澤君を突き落とした犯人を知りたいと、僕に願いました。だから僕は、僕の思いつく限りで、その可能性を伝えました」


 その結果、白瀬が殺人者に怯え、自分の殻に閉じ籠っても。


「赤木君は、少女Sの呪いから逃れたいと、僕に願いました。だから僕は、僕の思いつく限りで、それを断ち切る術を伝えました」


 その結果、赤木はの犯人と見做され、自身は大怪我を負ったとしても。


 それらはすべて、彼女たちの願いを叶えるために最善を尽くしてきただけだと、男は言った。


「だから、その理由は何ですか?

 貴方がそこまでしなければいけない理由は、他人の願いを叶えることに執着した理由は、一体何だと言うのですか!?

 貴方に目的がないと言うのなら――さあ、答えてみせろ、鈴白要!」


「それは――きっと僕が彼女たちを愛しているからです」


 ――それこそ、わたしには一生、理解しようのない言葉だった。


「愛、ですって――?」


「ええ。これが僕の、愛です」


 一言一言、確かめるように男は吐き出した。それでもわたしには、何か誤りがあるのではないかと、自分の耳すらも疑いたくなる。


「愛する教え子の願いなら、たとえそれが人道にもとっても、自身を犠牲にしても、貴方は構わないと言うんですか?」


 我ながら愚かしい問いだった。傷だらけの聖者はしかし、唯一動く腕を差し出すように空に伸ばし――またしても、首を横に振ってみせた。


「いいえ。それは何も、彼女たちに限った話ではありません。

 友人でも、家族でも、その日行き遭った見知らぬ誰かでも、僕は頼まれれば、僕のできる範囲で応じたいと考えています。今まさに、君の求めに応じているように。

 だって僕は――


 ――その言葉が、わたしの罪をも浮き彫りにした。


 うに分かっていた。この男は――いやわたしたちは、


「違う。わたしは、貴方とは違う」


 自分の声が、まるで自分以外の誰かのもののように耳朶じだに届いた。


 鈴白は、差し伸べた手をそのままに、わたしへ微笑み語りかける。


「一つ、昔話をしましょうか。

 君とよく似た男の話を。生まれ持った原罪つ みから逃れようとして、挙げ句呪われた愚か者の話を」


 そしてわたしは、誰かの追憶へと連れ去られた。



  ◆



 ――母を亡くしたときのことは、今でもよく覚えている。


 生来、自分は喜怒哀楽の乏しい人間であった。それでも彼女が亡くなったときは、人並みに悲しかったし、人並みに涙したのだと、思う。


 自分の父を、恨んだことはなかった。まだ幼い日に、母とともに父に捨てられたことを、寂しくは思っても、それ以上の感慨は湧かなかった。


 母はかつて言った。すべてを慈しみ、赦し、施すのだと。父にもきっと、やむにやまれぬ事情があったのだと。


 母がそう言うのだから、きっとそうなのだと思った。そしてそれこそが、母の真心――愛なのだと、そう思った。


 それから、自分と母はますます信仰にのめり込んだ。母を置いて、一人神学院へと進んでからも、母がそうしたように、あるいは主がそうしたように、他者を慈しみ、赦し、施し続けた。他人のために喜び、悲しみ、憤怒した。そのことに何の疑問も覚えなかった。いや、疑問を覚えるという発想すら、そのときの自分にはなかった。職位を得てからも、それは変わらなかった。


 母が亡くなったのは、また何年かしてからだった。不思議と、心が凪いでいた。人並みに悲しみ、涙したはずなのに、反面自分でも驚くほどに、心は平静を保っていた。


 これが、愛なのだと思った。母が教えてくれた信仰と愛さえあれば、悲しくても生きていけるのだと思った。


 それからも、自分の毎日は何一つ変わらなかった。


 ――ある日、母の遺した聖像が割れた。古び、脆くなっていたのだろう。陶器の破片を拾いながら、少し泣いた。


 ――ある日、世話していた百合の花が枯れた。誰かが踏み躙ったのだろう。折れた花を捨てながら、少し泣いた。


 ――ある日、車に轢かれた野良猫を見た。運が悪かったのだろう。骸を埋めながら、少し泣いた。


 そうして、ふと、気づいた。


 何かを喪ったとき、はいつだって、母を亡くしたあのときと、



  ◆



「そんなはずがない。たとえ貴方がずっとそうしてきたとしても、そんなのは愛なんかじゃない」


 男が――鈴白要が語り終え、わたしは思わずそう零した。


 鈴白はすべてを愛していると言った。唯一の肉親を亡くしたときの悲しさも、道端で死んだ野良猫を見たときの悲しさも、等しく同じものだと、鈴白はそう言ったのだ。


 誰もを平等に愛するからこそ、誰の願いも平等に叶えることができる――それはつまり、自分こそが神の愛アガペの体現者であると僭称するに等しい傲慢だった。


 しかし、鈴白がその驕りに気づいていないはずはない。男は小さく頷いたのち、笑んだまま言葉を継いだ。


「ええ、本当に。僕もそう思います。

 だからこそ、キリストにアガペを問われたペトロも、フイリアにすり替えたのでしょう。究極的な意味での自己犠牲の愛――万人に等しく降り注ぐ愛など、主以外には為し得ない。いや、この世界に平等に注がれたはずの主の愛ですら、そのあらわれには濃淡があるとされています。愛は絶対的でありながら、その実相対的だ。

 というのも、人間すべてがそうできないからこそ言葉にしておく必要があるのです」


 それを目指すことが神への道であり、信仰であると――鈴白はどこか遠くを眺めるように目を細め、言った。


「――そう。すべては逆説だ。僕は隣人を、すべての人を愛そうと努めてきた。そして僕はことごとく愛してきた。いや、

 その実、僕は愛などというものを、一度だって抱いたことはなかったというのに」


 ――その告白は、まるでわたしの罪をもただすかのようで。


 にわかに、視界が歪み始める。男のすぐ後ろに、跪き、祈る誰かの背中が見えた。


 


 そんなわたしを――あるいは自身をも嘲笑しながら、鈴白が呟いた。


「僕には個がないのです。自分というものがない。何かに執着するということが、僕にはどうしても分からなかった。

 誰が死んでも誰が殺されても、僕の心にはさざなみ一つ立つことはなかった。いや、もしかすると立っていたのかもしれません。だがそれは寝息ほど微かな震動だ。僕がそれを意識することはありませんでした」


「だから先生は、他人の願いを叶え続けたんですか?」


 頭蓋が罅割れそうな痛みを堪えながら、鈴白を睨む。鈴白もわたしに視線を戻すと、実につまらなそうに微笑んだ。


「僕は、僕にできることしかしていませんよ。それも自分の意志ではありません。信仰それ以外に生き方を知らなかったから、漫然とそうしていたのだと思います。

 けれど――彼女と出遭って、すべてが変わったのです」


 ――ああ、その先は知っている。


 虚ろなはずの意識が、驚くほど明瞭に、彼女の姿を瞼の裏に描き出す。


 わたしたちは出遭ってしまった。心臓痕硝子という、少女の姿をした閉じられた世界に。あれはもはや、不可避の事故や災害に等しい。人間にはどうしようもないほどに巨大なそれは、と評するほかない。


「一目見た瞬間に分かりました。初めてだったんです、あのような感情は」


 ――あんな人間モノが、この世に在ってはいけない――


「それこそが、僕の執着と悟りました」


 鈴白はまた遠くを見て――そして何かに怯えるように顔を強張らせながら、唇を震わせる。


 鈴白はかつて言った。硝子の異常うつくしさは、彼女を死なせたわたしたちの逃避で、後付けであると。しかし逆に、それこそが彼女の美しさからの逃避であったと、男はついに認めたのだ。


 鈴白要は間違いなく、心臓痕硝子の虜囚だった。


「そうだ。僕は他人を、この世界のすべてを平等に愛してきた。それでも信仰は、僕に何一つ生の実感を齎さなかった。

 生きている意味も、他人に奉仕し続ける意味も、何一つ分からないまま、ただただ機械のように、母の言いつけを守り続けた。

 そんな僕が、初めて見つけた執着がそれでした。結局のところ、僕は積み上げてきたものが惜しかったのでしょう。自分がやって来たことを、生の証を、何一つ無意味とは思いたくなかった。

 だから、あのとき僕は彼女に尋ねたのです。君を殺しても良いですか、と」


 鈴白が一歩、また一歩と近づいて来る。男は再び、わたしの眼前に立った。そして、またしても差し伸べようとしたかに見えた男の右手は、しかし自らの胸の中心を、強く、強く掴んだ。


「認めましょう。僕は確かにあの瞳に焦がれていた。それは自分でもどうしようもないくらいに純粋な殺意でした。

 僕の愛は何に対しても平等で、それゆえに等しく無価値に見えた。しかし、もしそこにがあるとしたら? 僕の施しから零れるものが一つでもあるとしたら、それ以外のすべてのものの価値が保証されるのではないでしょうか。

 あんなにもおぞましい彼女さえ――心臓痕硝子さえ差別ころしてしまえば、僕は僕自身の愛を証明できる!」


 内に秘めた何かを掻き抱きながら、男が叫ぶ。


 ――それが、鈴白要というの正体だった。


「だけど、彼女は僕の問いに微笑み返すだけで、何も答えてはくれなかった。その数日後のことでした。彼女が屋上から落ちて亡くなったのは。

 心臓痕君の身体を抱え起こしたとき、彼女は既に事切れていた。あるいはそれこそが問いの答えだったのかも知れないと、そんな風にさえ思っていました。

 ――だからこそ、君の存在は僕にとってもだった」


 そう言って、鈴白がまたもわたしの肩に触れた。先ほどまで慄いていたはずの男は、今度はまるで回心でもしたかのように、満面の笑みを浮かべていた。


「彼女が本当に自殺だったのか。もし彼女が自殺でないとすれば、一体誰が彼女を殺したのか。誰か彼女を殺すことを赦されたのか。僕はずっと、そればかりを考えていました。

 ――貴家いたみ君。もしかして君は――」


 続く言葉を、男は口にしない。もはや問うまでもなかった。男は救われたがっている。


 あの心臓痕硝子が、人並みに悩み、人並みに苦しみ、人並みに命を絶つなどあるはずはないと、そう信じたがっている。もし彼女が死ぬのなら、それに足るだけの悍ましい理由があったと、そう思い込んでいる。そして彼女の死は、の手によって遂げられたのだと、そうあって欲しいと望んでいる。


 ――何故、この人には分からないのだろう?


 跪く彼女を視る。の背中は、未だ神に祈り続けていた。は、きっと自分が死んだことにすら気づいていない。


「それでも、貴方はやはり間違えたままだ」


 静かな聖堂で、誰にも聞こえないくらいの声で、呟く。


 鈴白の、いや硝子の言った通りだ。これは本格推理小説パズラーミステリではない。何故なら、誰がやったかフーダニットでもどうやったかハウダニットでもなく、何故やったかワイダニットこそが肝要だ。


 男の顔を見る。ようやっと、焦点が定まってきた。この男が何なのか――何を守ろうとしているのか、わたしはすっかり確信していた。


 頭の痛みは、嘘のように和らいでいる。やるべきことも、もう分かっている。


 だからこそ、向かい合ったこの男には、わたしたちのきずあとを直視させなければならない――


「――心臓痕硝子は、他殺などではありませんよ」


 そしてわたしは、わたしの知る事実を述べ伝えた。


「何――?」


 鈴白が、わたしから手を離す。引き攣った笑みを浮かべる男を、わたしと彼女は酷く冷静に眺めていた。


「聞こえませんでしたか。わたしは先生のなどではないと言ったんですよ。

 確かにわたしたちは鏡合わせだ。しかし、鏡像はであってもじゃない。わたしたちは正反対の存在だからこそ似ているんです。

 屋上の扉が施錠されていた? 硝子の死に誰かが立ち合っていた?

 下らない。たとえそうだったとして、何の違いがあると言うんですか?

 硝子は間違いなく自殺だった。遺書が見つからないのは、単に用意していなかったからですよ。あの娘には、それを書き遺す必要すらなかった」


 机に刻まれていたという聖句も、はなから彼女の遺書でないことは分かっていた。だって、彼女には言い遺す相手がちゃんといたのだから。


「君は――一体――?」


 鈴白がわずかに後退する。背後に跪く彼女には、まるで気づいていないらしい。あれは本来、ではないというのに。


「それに先生のその焦がれは、世界への愛でも、彼女への殺意でもありませんよ。

 先生が――わたしたちが硝子に対して抱いていた感情は、もっと単純なものです。

 貴方がそれを認め難く思うのも無理はありません。でもそれについて、わたしたちは一度話していたはずでしょう?」


「――分かりません。君は、先ほどから何の話をしているのですか?」


 まだ、鈴白に彼女は視えていない。男はきっと、自らの信仰を正確に把握していない。それとも、ただ目を背けているだけなのだろうか。


「先生は、硝子の瞳をと言いましたね。それはわたしたちの目を喜ばせるだけの存在でしかないと。

 けだし、彼女を善くお造りになられたのは神であって、彼女自身が善ではないということでしょうか?」


「――アウグスティヌスですね。よくご存知だ。

 それで君は、彼の言葉を以て僕を非難したいのですか? 神に囚えられるべき僕の魂が、彼女の瞳に囚われていることを」


 鈴白が苦々しい笑みで反論する。皮肉げにも見えるその表情はしかし、若干の余裕を取り戻しているように思われた。


「まさか。それはお互い様でしょう。先生を非難することなんてできませんよ。

 先生にお訊きしたいのは、彼女の瞳はただ見目麗しいだけか、ということのみです」


「それこそ、言葉にするまでもありません。

 善と美はその基体において同一とされますが――しかし両者は概念として異なるものだ。

 いかな彼女が美しくとも、。善美なるもの――究極の美が、何一つ欠けることのないであるとすれば、それは自明のことです」


 わたしたちはを知っている。それはつまり、わたしたちが美の基体アーキタイプを生まれながらにして知覚しているという証左だ。同時にそれは、わたしたちが美しいと感じるあらゆる事物が、すべて美の似姿にほかならないと示している。


 そしてここに至ってなお、鈴白は饒舌に語り続けた。わたしが彼の傷痕を切り開いていることにさえ気づかずに。


「写真では彼女の美しさを完全には写し取れないように、彼女の美もまた美そのものに対する類似に過ぎません。

 神の似姿たる人間われわれが不完全であるのと同じ理屈です。を模して作られたものは、元になったに必ず劣る。

 それに例外があるとすれば唯一つ。姿――すなわち美とすることができるのは、美の形相エイドスの担い手であり、肉を持つ御言葉ロゴスたる御子だけだ。

 彼女がどれだけ見目麗しき実体であっても、それ以外の何かであるはずがありません。硝子の瞳は、克服されるべき五感の快楽であり、欲情でした。

 ――だからこそ、僕は彼女を、僕自身の意志で退しりぞけたかった」


 連綿と紡がれる男の論理は、その実、うに破れている。


「貴方は、あの瞳の虜囚であると認めてなお、そのように嘯くのですね」


 わたしのささやかな糾弾は、思ったより長い間、冷たい聖堂に響いていた。


「では、君はどう思っているのですか?

 まさか、彼女を美そのものであるとでも言うつもりではないでしょう?」


 捉えどころのない笑みを浮かべたまま、鈴白がわたしを問い糾す。上擦った声から、侮りと焦りが伝わってくる。男はついに、痺れを切らしていた。


「先生の思索トミズムに異論を挟むつもりはありませんよ。言ったでしょう。キリスト教徒でもないわたしには、荷が勝ちすぎています。

 だからこそ、わたしたちの共通認識は、もっとに求めるべきじゃないですか?」


 焦燥を自覚したように、鈴白が口許を右手で覆った。そして男は、その手を握り拳に変えて、わざとらしく咳払いをしてみせる。


「成程。確かに、僕の話はいささか配慮に欠けていました。

 貴家君は、我々の違いを確かめたかったのですね。僕たちが同一ではなく同質であるなら、なおさらその境界を峻別しておく必要がある。僕の言葉が君に理解し得ないというなら、君の言うように少し立ち戻るべきなのでしょう。

 ――では、聞かせてください。僕たちの共通認識とは、一体どのようなものでしょうか?」


 いかにも芝居がかった調子で、鈴白がわたしに問いかける。


 ――大きく、息を吐く。わたしは、ようやくこの事実を突きつけるに至ったのだ。


「心臓痕硝子という存在がだったのか、何故あんなにも美しかったのか、それは分かりません。

 だからこそ、わたしたちはきっと彼女をんです」


 ――パチリ。


 張り詰めた空気を寸断するように、家鳴りが響いた。


「貴家君。君は自分が何を言っているのか分かっているのですか?」


 鈴白が、無感情な声で言った。能面のように貼り付いた男の笑みが、微かに歪んでいた。


「先生こそ、分かっていますか? わたしは述べ難いものを述べ難いと言っているだけですよ」


 今度は、わたしから鈴白に近づいて行く。立ち止まり、向かい合った男の患部むねに手を伸ばして、触れる。小刻みな震えが、指先から伝わってくる。同じ痛みが、きっとわたしの中にある。


硝子かのじよを前にしたとき、わたしたちにあったのは、接近不可能な存在への戦慄であり、荘厳なものへの依属感情だ。それは理解不能かつ強大な力に対する、極めて原始的で根源的な感情にほかならない。

 未開社会にさえ見られるという原初の体感を――ある哲学者はと呼んだそうですね」


「貴家君!」


 絶叫が、石の聖堂を打ち鳴らす。


 先ほどわたしがそうしたように、鈴白がわたしの手を強く振り払う。


「それは――偶像崇拝だ!

 ヌーメン的感情? 究極的関心ultimate concern? 馬鹿なことを。彼女は生きた人間です。君が言っているそれは、古来キリスト者がセバストスと侮蔑した錯誤そのものだ」


 それは、明確な感情の発露だった。狼狽する鈴白に、かつての微笑みよゆうはない。男の病巣のろいに、しかと触れた感覚があった。


「だからわたしは信徒じゃないし、彼女も既に生者ではありませんよ。そもそもこの理屈自体キリスト教に立脚していません。

 

 今さら何を驚くのです。逆説ですよ、先生。

 偶像崇拝を否定する貴方は、だからこそそれがであると知っていた。しばしば修行者が魔境に迷い込み、悪魔の囁きを耳にするのと同じように、貴方は心臓痕硝子という偶像を畏れ、頭を垂れてしまったんです。

 貴方の殺意は信仰への道などではない。わたしたちはただ、あの瞳の魔力に抗えなかっただけだ」


「違います。僕は決して、彼女を崇拝していたわけではない。

 僕は――僕の焦がれは、信仰を守ろうという――義を求めんとする意志です」


「自らの殺意を義によるものと捉えますか。その主張自体が神への背信か、そうでなければ彼女の異常を認めているのと同じでしょう。

 貴方の焦がれは、硝子に信仰を揺るがされたからこそ生じたものだ。それがよぎった時点で、貴方は誘惑に負けていたんです。現に貴方は、未だ彼女への想いに囚われている。わたしたちは今なお魔境の最中さ なかにいると、何故分からないのですか」


「違う!」


 蝋燭の灯が、男の背後で再び大きく揺れた。


 残響はすぐにみ、粛然とした夜の空気が帰って来る。


「――ご実家に、病状の進行を報告します。

 君にとって、この学院は良くない場所のようだ」


 肩で息をしながら、鈴白は言った。実際、わたしを追い払うだけなら最も効果的な手段だろう。だがそれは、結局のところ問題を先送りにしているに過ぎない。一度湧き出した疑念を、自らの手で祓うことは決して容易ではないだろう。


「本当にそれで良いんですか? 先生は、この先一生、彼女の呪いから目を逸しながら、ひたすら他人の願いを叶え続けるつもりですか?」


「――分かりません。何が正しいのかも、どうするべきだったのかも、僕にはもう分からない。

 だとしても、それが君と何の関係があるのです。君に、一体何ができると言うのですか?」


 怜悧な声がわたしを刺し貫く。男の顔に、もはや微笑みなど欠片も見当たらない。


 それでもわたしには、為さねば為らない使命が、果たさねばならない義務があった。既に交霊会は潰えたが、ここにはまだ呪いが遺っている。


「いいえ。これはわたしにしかできない仕事です。

 わたしの目的は、初めから彼女の呪いを解くことだけだったんですよ」


「呪いを解く? 誰よりも彼女に囚われている君が!?」


「だからこそ、です。呪いは、呪いが視えている人間にしか祓うことができない。

 先生も呪いから逃れたいのなら、いい加減あるがままを視てください。?」


 その言葉に、男は慄然とした。


 ――思えば、最初から不可解だった。男は何故、彼女は信仰を持たないと言い切ったのか。男は何故、彼女がを頑なに認めたがらないのか。


「辻褄が合わないんですよ。は、学舎にしか現れたことがなかったのに、この前ここでお話ししたときから――いやむしろ、あのときよりはっきり視て取れる」


 わたしには、聖堂に通う習慣がない。だから、彼女が日頃からこの場所でこんな風に祈っていただなんて知らなかった。つまり、そこにいる彼女は、本来わたしの視ている像ではない。


「そんなはずありません。、彼女が来るわけがない」


 鈴白の声は震えていた。男も既に、その気配を感じ取っているのだろう。


 呪われている自覚があるくせに、そこにいる彼女が視えていないなんて、それでは順序があべこべだ。いないはずの硝子を視るからこそ、わたしたちは呪いに気づけるのだから。


「なら質問を変えますね。

 硝子の瞳に囚われているはずの貴方が、彼女の姿を捉えられないと言うなら、金澤さんは果たしてどうだったんでしょうか?

 金澤さんは少女Sの存在を知らしめるために飛び降りたと、先生は言いましたね? 噂一つのためにそこまでできる金澤さんに、彼女は視えていたと思いますか?」


「――金澤君が何かを視ていたとして、それが心臓痕君であるはずがない。

 何故なら、金澤君は――硝子の瞳を知らないのだから」


 それは、いつかと同じ結論だった。彼女の虜囚であると認めた男が、今さらそれを否定することはできない。


 だがそれこそが、鈴白の抱える最大の矛盾だった。


「わたしもそう思っていました。貴方が呪われていると確信するまでは。

 彼女たちの交霊会は、手順プロセスへの専心から変性意識を喚起し、伝播させる儀式です。生憎それ自体は上手く行かなかったようですが、たとえ上手く広まったところで、本来なら硝子の瞳を知らない彼女たちに、それを視ることはできなかったでしょう。

 けれど、金澤さんだけは頑なにそれを主張し続けた。

 可能性の話をしましょうか。彼女がもし、本当に少女Sの似姿を――硝子の瞳を視ていたとしたら、それはどうしてでしょう?」


「――その仮定に意味はありません。そのような可能性など、皆無です」


 否定の前に、僅かな逡巡があった。鈴白は、やはり何もかもに気づいている。男はいつだって、往生際悪く逃避しているだけだ。


「いいや。それがあり得るんですよ。

 ここにはすべて揃っているじゃないですか。今なお硝子の瞳に囚われ続ける貴方という媒介と、聖餐ミサという儀式プロセスが」


 変性意識は伝播する。定められた手順、意識的な静寂と音楽の調和――典礼空間という非日常な体験こそが、鈴白要の幻影を増幅し、そして硝子を知らないはずの金澤莉音を魔境の淵に追いやった。


 あの四人の不細工な交霊会は、金澤の幻視をより確かなものにしたのかもしれない。だがそれは追い風であって発端ではなかった。


 頭上に掲げられた神の似姿を仰ぐ。わたしの言葉は、紛れもない涜聖だった。


「僕が、少女Sを――心臓痕君を投影していたと言うのですか?」


「ええ。だからこそわたしにもその姿が視えている。彼女はずっと、すぐそこで跪いていますよ」


 そう言って、わたしは聖域の前の彼女を指さした。日常的に彼女を視ていたわたしは、儀式を介さずとも、この空間で鈴白と言葉を交わすだけで共鳴できてしまった。聖歌隊で金澤だけが共鳴し得た理由は――白瀬が言っていた通り、恐らく金澤自身にあったのだろう。


 それでも鈴白は振り返ろうとせず、未だ自分の幻影しんこうに対して頑なだった。


 目には目を。幻覚には現実を。男に錯誤を認めさせるには、視覚的かつ物質的な証拠を突きつける必要があるらしい。


 ――わたしは諦めて、胸ポケットからを取り出した。


「まだ、ちゃんとお答えしていませんでしたね。何故わたしが屋上の密室を知っていたのか。

 これに見覚えはありますか、先生?」


「――ロザリオ、ですか?」


 わたしの掲げた小さな十字架を、鈴白が訝しげに見る。


 男の反応も、ある意味当然だった。手の内のくすんだ銀の聖品は、カトリックが祈りを捧げる際に用いるものだ。ここまで再三言ってきた。キリスト教徒ではないと。


「いいえ。わたしが言っているのは、これが誰のロザリオであるかということです。

 ――金澤さんと同じですよ。


 鈴白要が瞠目する。男は言った。彼女は信者ではないと。だから彼女がこの場所で祈っているはずはないと。だがそれも、男の逃避でしかないとしたら。


「ああ――そんな、嘘だ。そんな鹿が――」


 怯え、後退あとずさって行く鈴白が、しかしすぐにその足を止める。男の後ろには、彼女が跪いていた。

 鈴白要は、もはや逃げ出すこともできない。そして男の視線は、おもむろに己の足元へと向けられた。


 ――男の影に、ありえないはずの小さな影がずれ重なっていた。


 いつかの夕焼け、彼女と交わした言葉を思い出す。彼女が何と言って、わたしに十字架これを預けたか。


 脳裏に焼きついた光景を幻視しながら、宣告した。


「心臓痕硝子はキリスト教徒だ」


 言葉より早く、男が膝から崩れ落ちた。


「僕は、僕は――何故、そんなものを――」


「――先生は、一目見て彼女を畏れ、崇拝してしまったんです。だからこそ、先生は神にかしずく彼女を見て酷く動揺した。貴方からすれば、悪魔が神に祈っているようにしか見えなかったでしょう。

 キリスト教における悪魔とはつまるところ異教の神だ。先生は、硝子を一人の生徒として見てあげればそれで良かった。けれど先生は彼女を想うあまり、それができなかったんでしょう?

 だから貴方は、硝子がこの聖堂にいる間だけ。彼女の死後も、先生にはこの場所で祈る彼女が視えていたはずなのに、彼女から――彼女を幻視する自分自身から目を逸らし続けた」


 男には、もはや後悔しか遺されていない。震える両手で顔を覆い、自らの罪から、不当に貶め傷つけたものたちから、信仰そのものから逃れようと苦悶していた。


「空虚だったかつての先生は、唯一の信仰に縋りつき、すべてを愛そうとしていたのかもしれません。しかし彼女を知ってからはすべてが逆説さか しまだ。

 貴方は彼女への信仰おもいを否定するために、万人への愛アガペを体現しようとした。他人の願いにうなづき続けた。それがどのような結果を招こうとも、貴方は一顧だにせずただ自慰に耽り続けた。それ自体が、心臓痕硝子という異なる神あくまを奉じる行為ことにほかならないのに!

 それはもう、万人への愛アガペなどではありません。貴方は背信の末、あの四人を畏怖かのじよへの供物にしてしまったんです」


 硝子と出遭う前の鈴白でも、金澤たちの願いを叶えていたのかもしれない。だが、その行為の意味は大きく異なっている。


 鈴白要は心臓痕硝子という人間を否定することで、婉曲に彼女の異常を認めてしまった。


「――僕は、どうするべきだったのでしょう。

 僕に何が、できたのでしょうか」


 男の抜け殻が、途方に暮れたように言った。


 実際のところ、鈴白は本当に何もしていない。今さら罪悪感を抱こうが、金澤たちは勝手に落ちただけだし、鈴白は善かれと思って応えただけだ。


 鈴白の罪は、鈴白の主以外に裁けない。鈴白が、自分で納得するほかはないのだ。


「過ぎたことは、もうどうしようもないでしょう。

 だから、貴方はそこで懺悔でもしてしまえば良い。

 さあ、立って。そして後ろを確かめてください。先生には、もう視えるはずです」


 わたしが促すと、鈴白は力なく立ち上がった。その表情にはまだ迷いが伺えたが、それでも己の信仰と向き合おうと、鈴白は深く息を吐いたのち、静かに背後を振り返った。


 聖俗せい いきの境界で、主に背を向けて、心臓痕硝子が佇んでいた。


 夕暮れにも似た赤い光が、彼女をまるでそこにいるかのように照らし出している。身に纏う荘厳さは、もはや美そのものであるかに思えた。


 完結した世界。完全なる完全。閉じられた、生命球。


 ――その人ならざる存在感をこそ、わたしたちは畏怖したのだ。


 彼女の双眸が、わたしたちを見る。硝子の瞳は、わたしの知るそれとは少し異なる色をたたえていた。硝子の奥にあるのは、深海のような明るい闇。鈴白には、彼女がこんな風に見えていたのだろう。


「これが、幻だなんて、今でも信じられない。君が、もうここにはいないなんて」


 救いを求めるがごとく、鈴白は彼女へと手を伸ばした。しかし――


「――それでも僕は、もっと早く君を悼むべきだった」


 その手は彼女に触れることなく、代わりに何かを掴み取るように拳を象り、ゆっくりと男の胸へ引き戻された。


 すぐに、硝子の姿が崩れ出す。無数の煌めく泡となって立ち昇る彼女は、消え逝く最期の瞬間まで、ずっと男を見ていた。男の魂ごと連れて行こうとするその瞳を、それでも男は無言のまま見送った。


 ――そうして、幻想は完全に消失した。


 遺された静謐の中、再び跪いた男が、今さらのように小さく言った。


「ああ――きっとこれが、愛だったのですね」


 頭上のキリストが、自らのしもべを見下ろしている。


 ――鈴白要が、ようやく呪縛から解き放たれた瞬間だった。

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