第3話 理由がいる理由

 もう少し調べてから……、と考えなくもなかったが、シファは百聞は一見にしかずと魔山に行ってみることにした。


 だって暇なのだもの、とシファは自分に言い聞かせる。小人閑居して何とやら、思い立ったが吉日、などと心の中で並べ立てる。善は急げとも言うし。


 ──善、かしら?


 彼にとっては余計なお世話かしら、とシファは思う。でも放っておいたら絶対死ぬもの。きっと死なないのは彼にとって「善」だろう。


 どうしてこんなにも理由が必要なのか。それは、視線一つでさえ間違えば咎められる女官時代の名残だろう、とシファは考える。自分の行動にいちいち理由がいる。いつ誰に何をどう糾弾されても説明できるようにと躾けられ、また自分でそのようにして身を守ってきたことの名残だろうと。


 一応、今現在自分の雇い主兼保護者である西の宮にも、魔山に行くことは告げた。西の宮は、しばらくシファを眺めていたが、「何故?」と一言聞いた。


「精霊と契約しようと思いまして」

「ああ、まあ、それ以外には魔山になぞ、用事はないであろうな」

「はい」

「いやいやシファよ」


 西の宮はシファに問う。


「そなた、なぜ、契約をしようと?」

「精霊がどんなものか、知りたいのです。ただの興味本位ですわ」


 用意しておいた答えに、西の宮は呆れ顔だ。


「興味本位で魔山にか? まあそなたなら魔山も物見遊山、やすやすと通り抜けられるであろうが」


 しばらく思案していた西の宮であったが、シファに言う。


「麓まで供を着ける。行き帰りはその者と一緒、一晩で麓までには戻ること。」

「ありがとうございます」


 かなり時間は限られてしまうが、今の自分の身では仕方がない。九合目まで行けば、たくさん精霊がいるとカイルから聞いていたシファはそれで充分と判断し、それ以上の交渉は控えた。


 シファが去った後、西の宮は少しの間、考え事をしていた。


 一女官としては有り余る力を持つ者を、そうそう野に放つ訳にも行かぬから、と先帝と今上とカイルと、さらにはなぜか東の宮からも頼み込まれてシファを預かった西の宮である。元北の宮の女官を、娘の家庭教師として雇う形で、シファを寄宿させている。


 カイルの妹弟子と聞いて、なるほどと納得する力の持ち主であるが、宮の雀どもが心配するような危険な人物というわけではない。ただ、時々突拍子も無いと言うか、たしかに東の宮が言うように、あれを根無し草とするのは、どこか不安にはなるな、と西の宮は納得したものだ。


 見た目に騙されているわけでは無いが、それでも一人の若い娘だ。厳しすぎるほど自分を律しているその姿に、少しくらいの自由をやってもいいのではと考える西の宮は、己の裁量でシファの好きにさせてきた。


 今回の許可もその一環であるが、さて。


 シファ自身、なぜ精霊と契約を結ぼうとするのか、理解していないとみえる。それなのに行動する、と言うのは慎重なシファにしては珍しい。その結果が、どうなることやら。


 あの娘は少し自由になった方が良い。それで何か問題が起こったなら、カイルに知らせるくらいはしてやってもいい。


 西の宮は無責任に楽しみにすることにした。

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