第2話 精霊って何でしょう

 シファは、ある時思いついた。自分が守れないのなら、精霊を使役して守らせるのはどうだろうか、と。


 しかし、精霊とは一体何か。書物でしか知らないそれを知るには、実際に使役している人間に聞くのが一番であろう。そう考えたシファは、契約精霊を持つ兄弟子のカイルを訪ねた。


 都の片隅の古びた飲み屋で、シファは、カイルと落ち合った。代々、侍従が拠点にしている店である。


 薄い影がふわりとカイルの後ろに立ち、そしてシファをチラリと見やり目礼すると、スッと消えた。


 今のがカイルの使役する精霊だと言う。一瞬しかシファには見えなかったが、さっきの一瞬の目礼が、その精霊なりの挨拶らしい。


「女性の方ですのね。本当に兄弟子にいさまときたら」


「シファ、精霊ですからね?」


 男も女もない、とカイルは苦笑しているが、シファはどうだか、と思う。そして、精霊にまで妬いてしまう自分のこの性分は本当仕方がないことだと思う。


 ひとときでもカイルがほかの者に集中しているのを見ると、シファは無性に寂しくなってしまう。


 かといってカイルと自分が恋人になりたいか、と言えば、決してそんなことはない。気が付けば側にいて、無茶苦茶な養い親のもとで、お互い守り守られ共に戦ってきた同志である。あまりにも近すぎて大事すぎて、そんな関係にはなれないのだ。


 そんな自分たちの関係を「兄妹」だとカイルもシファも考えているが、血の繋がりがない以上、周りには理解し難いものだろう。事実、カイルの女性達は、シファが気になるようだった。カイルが女性と長続きしないのは、カイルの多忙の他に、シファの存在も一因だったろう。


 これはあまり良くない、と思うシファは、自分も男性と付き合ってみたことがある。男女の関係にもなった。しかしどうして、大抵は他の男、あるいはカイルとの仲を疑われ、続かないのだ。


 近頃はすっかり諦めて、シファは一人でいる。カイルから離れ寄宿した西では幸いよくしてもらっており、何の不満もない。


 カイルは、と言えばこちらも相変わらずのようで、適当な女性と付き合っては別れ、を繰り返しているらしい。私の存在はそれほど問題ではなかったかしら、とシファは考え、いや、いちいちカイルの女性たちに妬いたり、妬かれたりしなくて済むだけよい、とカイルから離れたことを、シファは内心で肯定するのだった。


 うっかり物思いに耽ってしまったシファだったが、多忙な兄弟子を前に、無理やり本題に戻る。


「何という精霊ですの? 水と、闇の気配がしましたけれど」


「まさしく水と闇の精霊。どの書物にも出てきませんから、本人の自己申告ですけれどね。縹、と呼んでいます。

 精霊と言ってもそれぞれに随分と違うようですよ」


「縹。そうですか。契約後、兄様ご自身に何か負荷はありますの?」


「全くないですね。少なくとも困ることはない。何か変わったかと言われれば、よく眠れるようになったか」


 眠っている間、精霊に護衛を頼めるので随分楽になったというカイルに、相変わらず無茶をしているとシファは心配する。


 しかし、それをシファは口にしない。カイルが選んだことだから。シファはカイルと袂を別ったのだから。カイルは主人への思いから宮に残り、シファは主人への思いを胸に宮を去った。自分から離れておいて口を挟むことは、シファは出来ない。チクリと胸を刺す痛みを無視して、シファは兄弟子に聞く。


「他の人の護衛をしてもらうことは出来ますの?」


「そうですね、頼めばやってくれます。まあ、でも、精霊によるでしょうね。例えば、魔山でほかの精霊にも会ったのですが、皆、様々でしたねえ」


「まあ、他の精霊にも会いましたの?」


「ええ、大きな鳥や竜もいました」


 中には自分と契約しないかと持ちかけてきたのもいると言う。


「たしかに強そうでしたが、どうにも護衛には向いていませんでしたね。お断りしましたよ。それに、あんなのを連れていると知られたら、戦に引っ張りだされて祭り上げられて、きっと面倒なことになります」


 シファはなるほど、と思う。契約するのなら、目立たない精霊にしよう。


「しかし、なぜ精霊の話など? 何か面倒なことに巻き込まれたのですか?」


 心配してくれるカイルに、シファはいいえ、と答える。自分から離れていっても自分はカイルの庇護の対象であるらしいことに、シファは申し訳なくも、少しホッとしてしまう。本当に自分のこの性分は仕方がないことである。


「きっと私暇なのですね」


「暇?」


「ええ、だからせっかく宮を出たのですから、色々なことをしてみようかと思ったのです」


「色々なこと?」


 理由になっていない理由を並べるシファをカイルはじっと見つめている。


「まあ、西の宮様にご迷惑をかけない程度なら好きにするのが良いでしょう」


「それは御心配なく。私、西の宮様のご負担にはなりたくありませんもの」


 そう言ってシファは笑う。北の宮にいる時よりも自由で不自由な今の暮らしを、シファは、悪くないと思っている。


「だから兄様、監視の方は一人にしてくださいまし。これからはもっと兄様に会いに参ります。それでよろしいでしょう?」


 カイルのやった監視の悉くを返り討ちにして送り返してきた妹弟子を、カイルは困ったように見る。


「そうですね、定期的に私に会いに来てください。それで陛下も納得してくださるでしょう」


 謀反を疑うのではない。何も告げずに国から去るのでは、との心配は、この兄弟子と、その新しい主人は拭い去れぬらしい。まあ当然だろう。


「はい。兄様が会ってくださるなら、私は喜んで参ります」


 これが妥協点であろう、とカイルも受け入れたらしい。ではまた。そう言って多忙な今上侍従は宮へ帰って行った。シファもまた西へと帰るのだった。

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