どうしたんですか、形容詞さん

小島健次

どうしたんですか、形容詞さん

 ある朝品詞街道を歩いていると、一人の形容詞が道端で泣いていた。

 「御仁、どうされたのですか?」と私は尋ねた。

 「どうしたもこうしたもありませんよ!」と彼は言う。おうおう、これは相当きてるな、と僕は思った。

 「まったく近頃の若者ときたら!言葉のつかいかたってものをまったく分かっちゃいない!いつの時代も若い連中なんてのはそんなもんだというのは一般論だが、最近は特にひどすぎるんじゃないかね!あらゆる言葉をまるで分類的にしか使えんのだから!」彼は激昂していた。

 「分類的に、というのはどういうことですかな?」と僕は恐る恐る聞いてみた。

 「まるで記述としての機能を果たしとらん、と言っとるのだ。やれ”エモい”だの”バブみ”だの、あやつらは曖昧な言葉を使って物事をなんとなく枠組みに入れて、それで理解した気になっておる!わしが若い頃にはそんな使われ方はせんかった。”洗練されたフォルムでありながら、それでいて素朴な風味も残す…”など、まあ素晴らしいとは思わんが今よりはましな使われ方をしておったのじゃ。それがなんだ!今のあのツイッタとかいう文化は!揃いも揃って同じ事象を同じ言葉で言いおって!」

 エモい、と僕は思った。彼の大声を聞きつけて、大勢の野次馬が集まっていた。

 「まったく同感ですな。」と老紳士が言った。

 「私は”甘美な”と申します。みたところあなたも形容詞の仕事をされているようですが、今時の連中ときたらまったくたまったものではありませんね。しかし私とて最近ではもう諦めの境地に達しております。それに物事を記述できずに困るのは何も我々ではありますまい。当の使用者たちなのですから。他者と同じような言い回しばかり使って入れば、そのうち自分がどのような人間なのかわからなくなるというのが当然の成り行きでしょう。」

 「まあ、そうかもしれませんな。」と形容詞は言った。涙はもう枯れていた。お互いまあ気楽にやりましょう、というようなことを言って彼らは別れた。

 「いやはや、見苦しいところをお見せしてしまいました。」

 「いえいえ。構いませんよ。ところで、あなたは形容詞のようですが、一体なんという言葉なのか教えていただいてもよろしいでしょうか?」

 彼は少しためらってから答えた。

 「わしか?わしはな、”ヤバイ”というものだ。」

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