第21話 イザナミがカグツチを生み出した後の話

「へぇ…“の”が入っているんだな…」

その場にたどり着いた時、はじめが不意に呟く。

長い移動時間を経て前日入りした私達はホテルに一泊して翌日―――――――――今回の目的地・花窟はなのいわや神社にたどり着いていた。私達の目の前に広がるのは、生い茂った木の下にある石でできた鳥居と、”日本最古 花の窟神社“と彫られた石碑だった。

「“日本最古”と彫られているのは、日本このくにを創り上げた神を祭神として祀っているが故でしょう」

「テンマ…」

鳥居の前に立った私の隣で、テンマが呟いていた。

「さて!花窟神社ここも初めて訪れた神社だから、是非とも御朱印を戴かなくちゃ♪」

東海林しょうじは、相変わらずだな…。まぁ、せっかくだし、お参り終えた後は海辺の方にでも行ってみたいよな」

「そうね、そうしましょう!」

裕美が楽しそうな声音で話すのに対し、健次郎が少し呆れつつもその後の予定について提案してくれた。

一方、“海岸へ行ってみよう”という提案を、思わぬ人物が賛同する事となる。

「それは、よろしいかと思います、岡部様。七里御浜しちりみはまへ参れば、花窟神社ここの御神体より繋がっている御縄も見えましょう」

「御縄…?」

テンマが賛同した事に驚きはしたが、それよりも聞き慣れない単語ことばに対して、私は首を傾げる。

「ここ花窟神社では、年に二回例大祭として“御縄掛け神事”という催しがあります。これは、有馬の氏子が中心となり、およそ10メ-トルの三旒の幡形と下部に種々の季節の花々や扇子等を結びつけたものを日本一長いともいわれる約170メートルの大綱に吊し、大綱の一端を岩窟上45メートル程の高さの御神体に、もう一端を境内南隅の松の御神木にわたす神事だそうですよ」

「170メートル!!?」

御縄が使われる“御縄掛け神事”についてテンマが解説してくれたが、彼が口にした縄の長さを聞いた私達は、その場で目を丸くして驚く。

「じゃあ、お参り後のお楽しみ…って事で、その海岸へ行ってみる事にするか」

「了解!」

その後、はじめが口にした台詞ことばに対し、テンマ以外の全員がほぼ同時に今の台詞ことばを口にしたのであった。


 以前に訪れた下鴨神社にある糺の森みたいに、洗練された雰囲気かんじがするなぁ…!

鳥居をくぐって足を進める中で、私は境内に入って感じた雰囲気について考えていた。私自身は気が付かなかったが、友人達みんなが一瞬だけ私の体調を意識してくれていたのか、ほんの一瞬だけ私を見つめながら歩いていく。

逆にテンマは何もなかったかのように、いつもの調子で歩き進めていた。


「では、皆様。手のお清めを終えた所で、花窟神社ここの話をしてもよろしいでしょうか?」

手水舎で全員が手を清め終えた後、頃合いを見計らったテンマが口を開いていた。

「…何だかお前、やけに楽しそうじゃねぇか」

「おや?そう見えますかね、小川様??」

普段より声音が明るいのを気が付いたのか、はじめが彼を睨み付けながら問いかける。

しかし、テンマは物ともせず、いつもの口調で逆に訊き返していた。

「何にテンションがあがっているのか知らないけど、解説よろしくね~!」

雰囲気が悪化しそうな自体に気が付いた裕美が、テンマとはじめの間に割って入ってくる。

 裕美、ナイスだわ…!

私は、声にこそ出さなかったが、彼女の働きが険悪になりそうな事態を避けることができたため、内心で感謝していた。

「では、せっかくなので…御神体の近くまで参りましょう」

いつもの状態に戻ったテンマが、足早に歩き始めていく。

この時私は、テンマのいつもと少し違う態度を見せた事が、後に起きる出来事の前兆になりうる事を、知る由もなかったのである。


その後、参籠殿を通り抜けた私達はその先に座する御神体―――――――――――祭神が祀られている磐座いわくらの許へたどり着く。

「ここ花窟神社は、御祭神を伊弉冊尊イザナミノミコト軻遇突智尊カグツチノミコトとし、心願成就や五穀豊穣などの御利益があります」

「前者は言わずと知れた日本を創造した女神なのは知っているけど…カグツチってどこかで聞いた事あるような…」

テンマの解説に対し、裕美が腕を組みながら考え事をする。

「カグツチは、火を司る神。イザナミが創った自然神の一柱に値します」

呟く彼女を横目に、テンマの解説は続く。

「ひっ…!?」

その後、彼の解説と共に私の脳裏には恐ろしい光景が映り込んでいく。

私の声に全員が驚いて振り向くが、テンマは何事もなかったかのような笑みを浮かべていた。


 女性が燃えていく…!?

私が目にしたのは、カグツチを生み出した事で生じた炎によって火傷を負うイザナミの姿だった。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「あぁ、イザナミよ…!!」

あまりの熱さで泣き叫ぶイザナミに対し、夫の伊弉諾神いざなきは絶望した表情を浮かべる。

テンマの解説によると、兄であり夫でもあるイザナキと共に国生み・神生みを行って来たイザナミだったが、炎の神・カグツチを生み出した事でその炎が自身の肉体を焼き、死に至らしめたという。

「その後、妻に逢いたいと願ったイザナキは、彼女がいる黄泉国まで行ったそうです」

途中、テンマによる今のような台詞ことばが聞こえるが、私の脳裏にはまだ映像シーンが続いていた。

「私は既に、この黄泉くにの食べ物を食してしまい、もう容易に出る事はかないませぬ。しかし…私に逢いに来て戴けた貴方に免じて、現世うつしよに戻れるか黄泉津神達と話し合って参ります。…その間は、決して覗いてはいけませんよ」

「うむ…相分かった」

岩らしき物体もの越しに聴こえるイザナミの台詞ことばに対し、イザナキは同意する。

しかし、何十分経過しても妻が戻って来ないため、イザナキは約束を破って岩の奥へと足を進めてしまう。

「な…!!?」

その先で彼が目にしたのが、腐敗して蛆にたかられ、八雷神やくさのいかづちがみに囲まれた最愛の妻の姿であった。

「うわぁぁぁぁ!!」

その姿を恐れたイザナキは、地上へ向かって逃げ出してしまう。

 花窟神社ここへ来るまでの前情報として、彼らの離縁については多少知ってはいたけど…。やっぱり、映像で目にすると気持ち悪い…!!

地上へ走り去るイザナキを見つめながら、私は全身に鳥肌が立っていた。

その後、イザナキは八雷神やくさのいかづちがみ予母都志許女よもつしこめに追いかけられるが、自身の髪飾りから生まれた葡萄。櫛から生まれた筍や黄泉の境に生えていた桃の木の実(=意富加牟豆美命おほかむづみ)を投げる事で、追手を振り切る事に成功する。

最後にイザナミが追って来たが、伊邪那岐命は黄泉国と地上との境である黄泉比良坂よもつひらさかの地上側出口を千引きの岩とされる大岩で塞いでしまう。

岩の向こうからは、イザナミの怒号が混じった声が響いてくる。

「私は今後、お前の国の人間を1日に1000人殺してやる…!!」

「…っ…!!?」

怒り狂ったような声を聴いた途端、私は全身に鳥肌が立つ。

 これ…全部、“穢れ”…!!?

千引きの岩ごしに聴こえる声だけの台詞ことばに対し、私は今まで感じた事ないくらい強大な“負の力”を感じ取っていた。気をしっかりと持っていないと、自分の魂までもが持っていかれそうなくらい強力なものだった。


「“それならばわたしは産屋を建て、1日に1500の子を産ませよう”とイザナキは千引きの岩越しに言い返した事を皮切りに、二人は離縁するのでした。以上が、イザナミノミコトが亡くなり、その後のやり取りについてです」

テンマの台詞ことばを皮切りに、映り込んでいた映像シーンは姿を消す。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

満足そうな笑みを浮かべるテンマの瞳には、息切れをしている私の姿が映っていた。

そして周囲には、心配そうな表情かおをする友人達の姿がある。

「…ここ花窟神社は、そのイザナミの魂を鎮めるため…墓所として花が添えられた事より始まった神社となります。多くの花や植物に囲まれ、磐座いわくら信仰の社として近年は知られています。ですので、お参りをすれば少しは美沙様の気分も楽になるのではないでしょうか?」

横目で私を見つめながら、テンマは述べる。

この時、不意にはじめと目が合う。

 私は、大丈夫よ…!!

声にこそ出さなかったが、真剣な表情を浮かべる彼に対し、私は目で訴えるように見つめ返した。

心の声が通じたのか、私の表情を見たはじめは声を出す事なく、その場で軽く頷いてくれたのである。それだけでも、気が少し楽になったような感覚を私は味わっていたのである。


その後、お参りを終えた私達は、神社巡りの本に写真と説明文が表示された事を確認する。裕美が参籠殿で御朱印をもらいに行っている間、私は件の本をパラパラと見返していた。

 これで、残る神社は…

私はこれまでお参りした神社のページを見返しながら、その場で考え事をしていた。空白のページがかなり減ってきているため、この神社巡りのために国内色んな場所へ行くという行為も、終わりが近づいてきている事を実感していたのである。



裕美が御朱印を戴いて戻って来た後、最初に話していた通り、神社の麓にある海岸――――――――七里御浜しちりみはまを訪れていた。

「これが、“獅子岩”なんだね…!」

「本当に、角度によって獅子の頭部みたいに見えるな…!」

海岸を少し歩いた後、私達の前には崖のような光景があった。

それを目にした裕美や健次郎が、各々で感じた事を述べる。

「“獅子岩”は、高さ25mの奇岩で国の名勝・天然記念物に指定されているんだね…」

私は、岩を見上げながらスマートフォンで調べた獅子岩の説明を読み上げていた。

「ホテルへ戻る通り道にもなるだろうし、寄って正解だったかもな」

すると、私の横ではじめが立って口を開く。

「…“変化”…あったんだな?」

その後、はじめが真剣な表情を浮かべながら、私に問いかける。

彼の台詞ことばによって周囲の空気が変わった事を感じた私は、その場で首を縦に頷く。

「…うん。直子が何故“あんな死に方”をしたのかも、おおよそ解ったわ」

「…上出来だな…!」

私の台詞ことばを聞いて一瞬驚いていたが、はじめはすぐに「見直したぞ」と言いたそうな表情を浮かべる。

「さて…と。テンマー!!」

彼との会話を終了させた私は、少し離れた場所で立っているテンマを呼び寄せる。

「お前らも、一旦こっち来い…!!」

一方、はじめも獅子岩を眺めていた裕美と健次郎を呼び寄せる。


「…美沙様。わたしや皆様を呼んで、如何なさいましたか?」

私に呼ばれたテンマは、いつものポーカーフェイスの状態で問いかけて来る。

「…うん。七里御浜ここだったらちょうど、人影もあまりないからね。ホテルへ戻る前に、少し話をしようと思って」

「!!」

真剣な面持ちで述べる私を目にした裕美と健次郎は、すぐに真剣な表情を浮かべ始める。

まるで、これから何が語られるかを解っているかのように―――――――――――

一方、私の隣に立つはじめも真剣な表情かおをしていた。

この時、私達の表情を見たテンマは、これからどのような話をするかの具体的な内容は解らなくても、自分にとって面白い展開が待っていると感じたのだろう。彼は一瞬だけ不気味な笑みを浮かべた後、私がする話に聞き耳を立てる事になるのであった。

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