第8話 参拝後の鎌倉観光

「…さて、これにて鶴岡八幡宮ここでの用件は片付きましたね!お疲れ様でした」

満足そうな笑みを浮かべたテンマが、私達にそう告げる。

「美沙ちゃん…体調、大丈夫?」

それを聞いていたのか否かは定かではないが、裕美が私の体調を気遣ってくれていた。

あれから本宮への長い階段を上り終えて私がお参りをすると、前回と同じように本の中に鶴岡八幡宮の写真と説明文が表示されるようになってからの事だった。

「お参り前よりは、少しだけ楽になった…かな」

それに対し、私は苦笑いを浮かべながら答える。

無論、この台詞ことばも嘘ではなく、舞殿で静御前の舞を垣間見た直後は倒れそうなくらいだるかったが、本宮でお参りをすると、少しだけだるさが抜けたという不思議な状態になったのである。

「それは、ようございました美沙様。おそらく、お参りをされる事で体内に溜まった穢れがいくらか浄化され、体調が楽になられたのでしょう」

一方のテンマは、気遣う素振りもなく、ただ事実らしき事を口にしている。

「とはいえ、外川とがわ…。お前、まだしんどいだろ?社務所の近くに休憩所があったから、そこで一旦休もうぜ!」

「それは、有難いけど…。二人共、時間は大丈夫なの?」

健次郎が休憩を提案してくれたものの、今日中に帰る彼とはじめの時間の有無について、私は気にしていた。

「休憩くらい、訳ねぇよ。俺らだってそこまでせっかちではないし、何より…。俺自身も、この広い境内歩いて少し疲れたからな!だから、休憩大賛成!」

すると、はじめが最もらしい事を言っていた。

「小川様は、素直ではありませんね…」

「…んなっ!?」

すると、テンマがはじめの耳元で何かを囁く。

その声が小声だったため、私・裕美・健次郎の3人は聞き取れなかったが、言われたはじめ本人は、何故か頬を少し赤らめていたのである。


「お待たせー!!」

私達が休憩所で休憩し始めてから数分後、独り単独行動をしていた裕美が戻ってくる。

「お!それが、鶴岡八幡宮ここでの御朱印かぁ…!」

戻って来た裕美が御朱印帳を見せてくれたので、それを見た健次郎が興味深そうに覗き込んでいた。

そこに描かれていたのは、神社名・参拝した日付と、右上に“相州鎌倉鎮座”という表記。そして、神社名の上には、朱色の押し印が押されていたのである。

「おや、鶴岡八幡宮ここでは、右上に“奉拝ほうはい”とは書かないのですね」

「“奉拝ほうはい”…?」

すると、テンマが上から覗き込んできて、裕美が戴いて来た御朱印を眺めながら思った事を口にする。

私は、慣れない単語ことばに対して、彼に対して首を傾げながら見上げる。

「“奉拝ほうはい”は、“つつしんで拝します”という意味だよ」

テンマの代わりに答えてくれたのが、色んな神社ところで御朱印を集めている裕美だった。

 成程…。神社によっては、御朱印帳に印字される部分が少し違うんだなぁ…

私は、彼らの話を聞きながら、少し感心していたのである。

「俺と小川は、今日帰るけど…。お前ら二人は、明日はどうするつもりなんだ?」

健次郎が発したこの台詞ことばによって、明日の予定の話になる。

黙ってはいるが、はじめも興味深そうな表情かおをして話を聞いていた。

「明日は、着物レンタルショップでお着物を借りて、人力車で市内を巡るんだ!」

私は、思い出したかのように明日の予定を口にする。

 と言っても、着物レンタルや人力車の予約はほとんど、裕美がやってくれた訳だけど…

私は一方で、そんな事を考えていた。

私自身も旅行等の予定を立てる事はあるが、“場数”という意味では、裕美の方が色々な事を体験している。そのため、着物を借りるのに良いお店や、人力車の仕組み云々も既に知っていたようである。

「本当は、こういうお金もテンマ持ちだったら、嬉しかったんだけどなー…」

そう口にしながら、裕美の視線がテンマへと向く。

「…甘えてはいけませんよ、東海林しょうじ様。わたしは神社へ行くために必要な交通費・宿泊費・食費等はお出ししますが、翌日になさるご予定は、神社巡りとは関係ない“観光”でございましょう?今までの人間かたに対しても”関係ない出費は支払わない“と同じように扱って来たので、例外は認められません」

これに対し、テンマはきっぱりと断った。

裕美は少し不服そうだったが、一応すぐに納得をしたようだ。

ただしこの時、“今までの人間かた”と“扱って来た”という言葉に対し、私は少し身体を震わせる。

 テンマの場合、過去にどれだけの人間と交流し、“空白のページ”がなくなった暁には、どうしていたんだろう?というより、“何度も同じような経験をしている”って、よく考えたらおかしいかも…?

お参りするまでは過去の光景を視る事に集中していたため、そこまでの考えが及ばなかった。

しかし、休憩をした事で、少しだけ頭が冴えてきたのである。

「……大丈夫か?」

「…っ…!!」

考え事をしていた私だったが、はじめの一言で我に返る。

「う、うん!大丈夫!!少し考え事していただけ!」

曖昧な返し方をすると余計な心配をかけてしまいそうだったので、私は笑みを浮かべながら気丈そうに答えた。

「…なら、いいが…」

そう答えたはじめは、そっぽを向いてしまう。


こうして休憩所で小休憩を取った後、鎌倉駅前まで一緒に歩き、その日は別れた。

私と裕美は宿泊するホテルへ向かい、はじめと健次郎は七里ヶ浜の駐車場に置いてきた車を取りに行き、そのままレンタカー屋へ返して帰宅するためだ。

 せっかくのゴールデンウィークだし、明日の観光を楽しまなくては!

ホテルで一息するさ中、一緒に回ってくれる裕美のためにも、明日は嫌な事を忘れて楽しもうと、私は心に誓ったのである。



そして、翌日―――――――――――――――

「あ、裕美が選んだ着物可愛い!」

「美沙ちゃんのは…何だか、色が渋いね」

着付けを終えた私と裕美は、お互いが身に着けている着物の感想を述べていた。

裕美が朱色やピンク色の花があしらわれた暖色系の着物に対し、私は濃い紫が基調の割と寒色系の着物を身にまとっていたのである。

「髪型は、どのようにされますか?」

「じゃあ、これで…」

着付けが終わった私達は、店員さんにどのような髪型にするかを問われ、答える。

あれから市内のホテルで1泊した私と裕美はチェックアウト後、鎌倉の小町通りの一角にある着物レンタル屋を訪れていた。

私は今回レンタル着物の利用が初めてなので知らない事だらけだが、私達のように観光で大きな荷物を抱えている人は、一部有料にはなるが大きな荷物をレンタル屋で預かってくれるらしい。そのため、コインロッカーに預ける手間が省けて一石二鳥であった。

「あ、私は以前、京都の祇園四条にあるお店に行った事があって…」

一方で、過去に鎌倉小町店ここ以外のお店で着物レンタルをした事がある裕美は、店員さんと和気あいあいと語っているのが聞こえてくる。


「お迎えにあがりました!」

髪のセットをしてもらってから数分後、観光人力車屋の俥夫しゃふ(=人力車を引く人のこと)がレンタル屋に顔を出す。

「宜しくお願いします」

裕美がそう口にすると、どこを回りたいのか俥夫しゃふに話し始める。

これはレンタル着物屋の支店によって異なるらしいが、着物を借りた後に人力車を利用したい場合は、お店の方より観光人力車の方に連絡をしてくれるらしい。裕美はそれを知っていたため、着物予約時にオプションで選択していたらしい。

「じゃあ、人力車は駐車場に停めてあるので、そこまで徒歩で向かいましょう!」

「わかりました」

俥夫しゃふ案内の元、私と裕美は歩き出す。

駐車場へ向かう途中、小町通りを横切った訳だが、人だかりがものすごく多い。ゴールデンウィーク真っ只中という事もあるが、裕美曰く「この通りにお土産屋や食べ歩きできるお店が集中している」らしいので、それによる混雑だろう。

一方で、通りを行き来する人の視点が、時々私達へと向いていた。

 そっか、やっぱり普段着で観光する人が多いだろうから、着物着ている人が珍しいのかもな…

今回レンタル着物が初めてだった私は、少し不思議な気分になりながら俥夫しゃふの後をついて行く。



「それでは、1時間の貸し切りにて、宜しくお願い致します」

俥夫しゃふが時計を見ながら、人力車を漕ぎ始める。

「わぁ…!」

巨大な車輪が動き出し、少しずつ移動のスピードがあがっていくと――――――――徒歩より少し高い視線で見える景色が、とても新鮮に感じていた。

「人力車は、私も今回初めてだけど…いいねぇ、これ♪」

一方、人力車は初めて乗るという裕美も上機嫌だった。

先程と同じように小町通の一角を横切った際は物凄い注目をされたが、その後はあまり人ごみがない場所までたどり着くと、頬に感じる風がとても気持ちいい。

 今はテンマもいないから、完全な“女子旅”気分で楽しいなぁ…!

私も、内心で上機嫌になっていた。

因みに今現在の状態としては、レンタル着物屋で借りた和柄鞄に貴重品と必需品は入れてきているが、着物着た状態だとかさばるため、神社巡りの本と形代は他の荷物と一緒に預けている。そのため、今この場にテンマはおらず、彼に茶々を入れられる心配はない。

 昨日は実朝の怖い場面シーンや静御前の厳かな場面シーンを見て疲れたから、こうやって普段見ない目線で鎌倉の街を見渡せるのって、いいなぁ…

私は、昨日の鶴岡八幡宮での出来事を少しだけ思い返しながら、周囲の景色を楽しむ。


私達を乗せた人力車は、始めに鶴岡八幡宮と源 頼朝の墓を通り過ぎた後、竹林で有名な報国寺へたどり着く。

人力車で回るコースは自分達で決める事もできるが、今回はこの報国寺へ行きたいという事もあり、この1時間貸し切りのコースを選択したのだ。尚、このコースは鶴岡八幡宮と頼朝の墓はその近くを通り過ぎるだけだが、この報国寺は参拝もコース内時間に含まれているため、一旦降りてお参りする事となっている。

「人力車の方を停めますので、少しお待ちくださいね」

俥夫しゃふが私達を降ろした後、そう口にしてから再び人力車を動かし始める。

「すごいね、人力車が停められるスペースがある…」

「うん、報国寺ここが有名な観光地だからかね?新鮮…」

人力車を指定された場所に停めているのを見守りながら、裕美と私は小声でその話をしていた。

因みにこのお寺の場合、境内へ入る山門付近に駐車場があり、その隅っこにはれっきとした”人力車用の駐車スペース“が存在するのだ。


その後、俥夫しゃふによる案内の元、私と裕美は境内を進む。流石観光人力車で働いている事もあって、俥夫しゃふさんもその地に纏わる話をたくさんしてくれた。

報国寺ここの場合だと、室町幕府初代将軍・足利尊氏の祖父である家時が創設した寺で、その関係で足利一族の墓も敷地内にあるといった具合だ。

また、説明の中で御朱印の話題に触れた際、裕美が「戴いていきます」と言い出したのは、言うまでもない。

また、私が持参していたスマートフォンを一旦預け、様々な角度で色んな写真を撮ってくれた。そこには当然、私と裕美が映ったツーショットもある。

「わぁ、すごいです!こういうのって、カップルのお客さんには喜ばれません?」

「えぇ。喜んで戴けるのが嬉しいので、日々撮影技術を磨いています!」

裕美が俥夫しゃふを褒めると、当の本人もまんざらではないような口調で答える。

最も、今回私達の担当をしてくれているこの男性は、元々面白い事を話して客を笑わせてくれる気さくな男性ひとのようだ。

一方、竹林を歩き始めた際は、私達から少し距離を取って俥夫しゃふはついてきてくれたのである。

また、この寺の竹林は特に人気が高く、奥では500円払えば抹茶と落雁を堪能できる喫茶スペースも併設されている事から、通る人は多い。そのため、入口からズラッと1列に並んで竹林を拝む状態となっていた。

「ねぇ、美沙ちゃん」

竹林の中をゆっくりと進む中、裕美が私に声をかけてくる。

「どうしたの、裕美」

それに対し、私も小声で応える。

「直子ちゃんの事もあってしんどいと思うけど…。真実へたどり着くためにも、頑張ろうね」

「…!!」

すると、背中越しに裕美の台詞ことばが響いてくる。

“神社巡りをする”事を決めた直後は、“自分が頑張らなくては”と気張ってはいたものの、どこか苦しい気持ちは正直あった。しかし、他の3人に心配かけまいと振舞ってきたが、この時裕美が口にした台詞ことばで、何かが少しでも軽くなったような心地を覚える。

「うん…ありがとう…!」

私は、涙が零れそうなのを必死でこらえながら、彼女に対して答える。

そんなやり取りをしながら、私と裕美は鎌倉観光を満喫し、東京へ帰っていくのであった。

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