番外編『鍵穴のエルフ キャスカ・ロングウェイ』#6

 脳裏によぎったのは両親の顔だった。私をなでてくれた骨ばった父の優しい顔。それとは対象的に、ふくよかだった母のしかめっつら。ターニャと聞いた途端、私を優しく呼んでくれた二人の顔を思い出して、頷きながらひときわ激しく喉を震わせた。


「よしよしターニャ。私はハーバーワーゲンに行くつもりでしたの。あなたはどちらに?」


 私は鼻水で汚れた顔を拭いもせず、彼女のダスターコートの中で白い道の先を指差した。


 それは私が行こうとしていた、故郷とは正反対のシュマインランドだ。平原だけの、つまらない国。


 これでいいのだ。この人を私の故郷に案内するわけにはいかなかった。私が歩いてきた道を歩ませるわけにはいかなかった。


 その人はじっと私が歩いてきた道と、その奥の森を見つめた。それから苦々しげに、顔を歪ませる。そのときになって、私はやっと涙を拭って恩人の顔をみた。


 右目に埋まった鉄板と、その中心の鍵穴。


 赤く細く、けれど優しい、ルビーのような赤い瞳。


 ウェスタンハットの影から覗く、すらりとした鼻。


 アンバランスで意味ありげなそれらが、奇妙なほど完成されたバランスで整っている。一見すると化け物か狂人じみたこの人のおもかげが、それこそ美しく硬いルビーのように信じられる。



「水を汲みに戻りたいですし、そちらに行きましょうか。ね、ターニャさん。馬に乗ったことはおあり?」


 私は煤だらけの服で涙をぬぐうと、首を振った。



「でしたらきっと、いい経験になりますわよ」


 先に馬の鞍に足をかけて飛び乗った彼女が言う。

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