1話完結

 イオはくすりと笑って、僕を仰いだ。それから、腕の中で大きく伸びをする。軍服が彼女の肌にくっついたまま引っ張られて、悩ましいウェストラインを強調する。思わず視線をそらして、気づいていないように振る舞った。肌の色がほの青くても、僕はもう彼女を気持ち悪いとは思えない。



「そういえば、僕のことはみんな知ってるって言ってたけど、どういうこと?」


『うーん、カタログスペックは知ってるって感じかな。戦車とか、そういうのといっしょ。何が出来るのかはだいたい知ってるでしょ、実物を知らなくても。君はローラインが作った新しいゴーレム。彼女いわく、自分で考えて、戦えるゴーレム』


「つまり、あー。AI?」


『エーアイ?』


 彼女は聞き返す。この世界にはその概念がないのかもしれない。



「僕がいた世界でも、そういうことが研究されていたんだ。人間みたいに考える機械だよ」


『どこも考えることは一緒なんだねえ。そういえば、君って死んだんだよね、一回』


「え、そうなの?」


 なんとなく予想はしていたが、いざ他人から聞かれると困る。なにせ実感がないんだから。


『そうだよ。ローラインが制御系に死者の魂を組み込むことで、自律できるゴーレムを作るって言ってたからね』


「うーんわかんないな。だったらどうしてみんな僕のことを知ってたわけ?」


『ああ、一度君の魂が根付いたときに、ちょっとした質問に答えてもらったからさ。その時の記憶は……ないんだよね、多分』


「ないね。どこまで喋ったの?」


『あんまり。君の名前くらいかな。そのあとは……ちょっと揉めて、わからなくなっちゃった』



 揉めて、という前に彼女が少し言葉を呑んだことに僕はきづいた。だけど、それを聞く暇はなくなってしまった。いざ聞こうとしたその時、二人して耳を塞いだからだ。



『イオ! 前田を捕まえられたのか!? 戻せそうか!? オーバー!』


 焦ったローラインの声が頭の中でガンガンと響き渡った。無線だろう。二人で肩をすくめる。


『こちらイオ。彼はもう……』


 そこまで言うと、彼女が僕の腕を叩く。大丈夫か、って意味だろう。僕は伝わるかどうかわからなかったけど、親指をたてる。彼女が答える前に、僕は言った。


「こちら前田。戻ればいいんでしょ」


『……そうだ。不服か? オーバー』


 彼女の声には、若干の緊張感が読み取れた。それもそうだ、僕がなにかしでかせば、製造者とでも言うべきローラインが叱られるに決まってる。



『ええまあ。それなりには。戻るのはいいですけど、ローライン、あなたにもしっかり説明してもらいますからね』


『わかった。またすぐ出てもらうから、その前に手短に君の質問に答える。ルキヤン中尉は忙しいから、私がな。それでいいな? オーバー』


『アイアイサー』


「……はあ。ローラインは実になんていうか、人を安心させる物言いが得意だね」


 いやみったらしく言うと、イオは手を両手でクロスさせる。どういう意味? と聞く前に、ローラインの疲れた声が響く。



『聞こえてるぞまったく。通信終了』


「おっと」


 僕は肩をすくめて、おどけるように手をあげる。それをみると、イオは高らかに、僕にしか聞こえない声で、だけど遠くの砲声よりも遥かに耳触りのいい大声で笑った。



 このあと、僕は本格的に戦争に巻き込まれることになる。それでも、この記憶は色褪せず、僕の心にずっと残り続けるのだった。

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