第33話 ハル2(8年後)

 

8年後



「久しぶりー。ハルちゃん、元気だった?」


「うん、元気だよ。詩織ちゃん、これ、すごく素敵だね」


私が詩織の着ている振袖の袖の振りを持ち上げると、


「いやいや、ハルちゃんのもすごい振袖だね、こういう古典柄も素敵だよね」


と、同じように私が着ている振袖の袖の振りを持ち上げて、ニヤリとした。


「詩織ちゃんの紫も、すっごいお洒落でいいね。あ~あ、こういうのもよかったな……」


「一度だけのことだもん、悩むよね、高いものだし」


 詩織は深く濃い紫に薄いピンクの桜が散りばめられた振袖を着ており、すごく大人っぽく見えた。


 私の着ている振袖は薄いピンク地で、裾にいくにつれ朱くなっている生地に、鶴や牡丹、御所車などの刺繍がある古典柄で、落ち着いた風で、私はとても気に入っていた。


「ハルちゃん、昨日帰ってきたの?いつまでいる?今夜の同窓会は出る?」


「うん、出るよ。昨日帰ってきて、明日戻るから、ゆっくりできるのは今日だけだけどね」


 矢継ぎ早に出てくる詩織の質問に、一度に全部答えた。

 私は東京の大学に通っており、正月休みに引き続き、成人式でまた実家に帰ってきていた。


「ハルーー久しぶり。詩織ちゃんも久しぶりじゃん」


私たちを見つけた由美が、振り袖姿なのにかなりの速さで駆け寄ってきた。


「由美、久しぶりだね」


「ハルちゃん、東京へ行ってから全然会えないんだもん。寂しいじゃんかよー」


そう言って、目に鮮やかなブルー地の振り袖姿の由美が抱き着いてきた。


「ゆーみ、重いってば」


「ハルー、写真撮ろうよ、写真」


「そうだね、写真撮ろう。みんなも早く来ないかな……みんなで撮りたいね」


詩織が市民会館の駐車場の方に目をやり、知ってる顔がないか探すように首を伸ばしていた。


「みんなといえばさ、千絵はどうしたんだろうね?」


「千絵ちゃん?……どうかしたの?」


そういえば千絵の姿もまだ見えないなと、辺りを見渡していた私の腕を由美が掴むと、


「ハル、千絵と最後に会ったのって、いつ?」


……そういえば、いつだったろう……


 顔を微かに上にあげ、目だけを空に向け目を左右に動かしながら考えている自分に気づき、そういえばいつ会ったのが最後だったろう?と、そのくらい覚えがないほど前だったことだけは確かだ。


「そういえば高校生になった頃に会ったのが最後だったかもしれない」


「ハル、あんなに仲良かったのに、薄情だなぁ」


由美に言われ、確かに傍から見ると誰だってそう思うんだろうなと、何も言い返せない私は、俯きながら頷くしかなかった。


 あの事があって以来、「忘れるんだ」という真生の言葉に従い、何事もなかったように千絵とも過ごしていたけれど、やはり心のどこかに千絵に対する恐怖とか恨みとか言葉にハッキリできないモヤモヤした感情が確かにあって、中学生になってクラスが離れると、だんだんと一緒の時間が減り、別々の高校に進んでからは、自転車で通っている私たちが、朝、バッタリ会ったりすると、挨拶と、ひと言ふた言言葉を交わすくらいで、顔を突き合わせて話をするということはしていなかった。


「そうだね。でも、高校も違ったし、大学に行ってからはこっちにいなかったし……っていうか、千絵ちゃんがどうかしたの?」


「なんかね、連絡がつかないみたいなんだよ。千絵も失踪したんじゃないかって……」


「えっ?そんな話、誰から聞いたの?」


「ハルちゃん、私もその話、聞いたよ。千絵ちゃん、どうしちゃったんだろうね」


詩織も知っていたようだ。


 由美から千絵も、と言われ、私は泉ちゃんのことを思い浮かべた。

 6年生のままの、子供の泉ちゃん。

 この場に振袖を着て現れることのない泉ちゃん。

 目頭が熱くなってくるのを気付かれないようにすることで精一杯だった。


「久しぶりー」


 すぐ後ろからいきなり声をかけられて、私は肩がビクッとなるほど驚いた。3人で顔を突き合わせて話していたので、すぐそこに典子と理恵が来ていたことに、全く気付いていなかったのだ。


「ああ、久しぶりー」由美が言うと、


「もぉ~!みんな、何ビックリしてるのよ」と、典子だ。


「ううん、話し込んでて気付かなかったから驚いただけ」私が言うと、


「何をそんなに話し込んでたのよ」


「ねえ、典ちゃん理恵ちゃん……千絵ちゃんと最近会った?」


「ああ、千絵も行方がわからないって話だね。理恵ともつい最近、その話をしたところだよ」


「そう、私もついこの前だけど、千絵と連絡取り合ってないか、お母さんに聞かれたっけ」


 そういえば、理恵は中学の3年のときに千絵と同じクラスだった。私の知らないところで、小学校の時のメンバーの中で、その頃とは違う関係を築いていることもあるんだなと、当たり前のことながら今さら新鮮に感じていた。


「やっぱみんな知らないんだね。ね、ハル、本当に何も聞いてないの?」


私は由美のその言葉に首を横に振った。


 なんにも知らなかった。


「千絵ちゃんも大学で上京したんだよね?」


私が耳にしていた千絵の今は、そのくらいのことだけだった。


「そう、でも確かキャンパスは神奈川にあるとか言ってたような……私も高校が違ったからさ、そこまで詳しく知らないんだよね」


「じゃあ一人暮らししてたんだよね?その部屋にも帰っていないってこと?」


「そうみたい。学校をずっと休んでて家に連絡があったみたい」


理恵もそのくらいのことしか知らないようだ。


 私はふと、千絵、山の中にいるのかな?ということが頭をよぎったけれど、いや、まさかそんなわけないかと、そう思った自分がなんだか可笑しかった。


 あのあと、千絵のお祖父さんが持っている竹林にあると言っていた穴は、真生の伯父でもある神主によって塞がれたはずだ。


 そこ以外の入り口を千絵が知るはずがない。


「ねえ、みんなで写真撮ろうよ」


 いつの間にか容子や智美など小学校のクラスメートが次々と集まってきていて、典子の合図でみんなで写真を数枚撮ると、またいつの間にか中学で一緒だった、街の小学校からの子たちと中学で同じクラスの面々で集まり始め、同じ小学校のみんなは散り尻になっていた。



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