9-2

「あの、これ。ありがとうございました」


 夕食を食べ終えた後、梢は学生鞄から優花のスマホを取り出し、テーブルの上へと丁寧に置いた。


「お役に立てたかしら」

「これがなかったら困ったことになっていたと思います。本当にありがとうございました」

「そう……よかったわ。ニュースで見たけど、沙耶香ちゃん自殺じゃなかったのね……」

「はい……」

「もしかして、このスマホに事件解決の糸口があったのかしら。だとしたら、あの子は沙耶香ちゃんの為に力になれたこと、喜んでいるわね」


 梢は優花の姿を思い出した。

 そして、彼女の温もりも。


「あの。この角煮、少しわけてもらえませんか?」

「いいけど、足りないならもっと食べていって?」

「あ、いえ。優花さんのお墓にお供えしようかと思って」


 優花の母は「ありがとう」と微笑んだ。

 それから、少し考えたように黙り込んでから口を開いた。


「信じられないだろうけど、少し前にあの子が来てくれたのよ」

「え……」

「しかも、沙耶香ちゃんと一緒にね。ふたり仲良さそうだったわ。寂しくないんだって思えたら少し気持ちが楽になってね。前向きになれたのよ。お父さんもそろそろ退院出来るみたいなの。これからは夫婦ふたりであの子の分も生きていくわ」

「そうですか」


 この話を聞いて、野神慎也も奥さんとやり直せたらいいのに、と梢は思った。

 そして、小嶋家も――願わくば、幸せになって欲しい。過ちは消せずとも、やり直すことは出来る。


 だって、彼らは生きているのだから。



「そう言えば聞いてなかったけど、あの時どうして私が学校にいることわかったの? 通話切れてたのに」


 優花の眠る墓まで遠くないことを知ると、梢と理恩は優花の家からそのまま墓地へ向かっていた。


「ああ、あれな。ばあちゃんから聞いてない?」


 あの日、家に帰ると祖母は眠っていて、翌朝まで起きてこなかった。事件が無事解決した事を祖母は心から喜び、そして梢がイタコとしての能力を開花させたことも非常に喜んでいた。


「特に何も」

「ばあちゃんが生霊飛ばして俺に教えてくれたんだよ。正直、あれがなかったらおまえ死んでたな」

「は!? 何それ! 大体宝生くん、どこにいたのよ? 見当たらなかったけど」

「屋根の上」

「木の上の次は屋根って忍者なの? 猿なの?」

「人間だ。上からなら死角が減るし、見つかりにくいだろ。大体おまえが色気づいて通話切るから面倒臭いことになったんだろが」


 理恩の言葉に梢の脳裏に周とのラブシーンが再生され、一気に顔を赤く染めた。


「う、う、うるさい! 悪かったと思ってるわよ!」

「まあでも、生きててよかったよ。守るって言ったからな」


 たまにこういうことを言うから調子が狂う。

 しかも、今はこの瓶底メガネの下に隠れた素顔を梢は知ってしまっているからか、妙に胸が高鳴ってしまう。


「そ、そういえばその目。治らないの?」


 ありえない答えに行き着く前に、梢は話題を変えた。


「どうだろな。呪いみたいなもんだろうから」

「じゃあ呪いを解けば治るんだ」

「簡単には解けないだろ。俺がこれまで解けてないんだから」

「俺最強! みたいに言わないでよね。私だって著しく成長してるんだから、協力するわよ。私のせいでもあるんだし」

「ふうん。まあでも」


 そんな会話をしていたら優花の墓石の前に辿り着いた。

 墓地だけあってそこかしこに霊の存在が確認出来るが、梢が以前ほど恐怖を感じないのは、イタコとして成長したからだろうか。それとも理恩が隣にいるからだろうか。

 墓石には綺麗な花が添えられている。優花の母だろう。

 その隣に角煮の入ったタッパーを置くと、線香を焚き、ふたりで両手を合わせ目を閉じた。


 安らかに眠れ、と。


「ばあちゃんが言ってたことが本当なら、梢とまた再会したことは意味があるのかもな」


 ゆっくりと目を開くと、理恩は分厚いレンズ越しに梢をじっと見つめ、そんな彼を梢も見つめ返した。


「意味?」

「ああ、運命らしいからな」


 ヒュウ、と一陣の風が吹く。

 と、共に梢はゾクリとしたものを全身に感じた。


「あ」


 なんで? と疑問に思う間もないまま、侵入者はいとも簡単に梢の身体へと入り込んだ。


「……ふふふ」


 妖しい笑い声が響く。

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