7-4

「周先輩……」


 周は静かにこちらを眺めている。

 それから、梢に向かって口を開いた。


「梢ちゃん……君はどこまで知ってるの?」


 初めて見る周の冷たい表情に、梢は戦慄した。


「あ、周先輩。聞いてください! 私は……」

「心配するふりして尋問だなんて、梢ちゃんも人が悪いな」

「違います! 本当に私はふたりを……野神沙耶香さんを救いたいんです!」

「どうだか。いいよ、全部教えてあげる」


 そう言って、周は銀色に光る小さな金属を右手の親指と人差し指で摘んで持って見せた。


「……それ」

「梢ちゃんたちが探してる鍵だよ。兄ちゃんが持ってると色々と危ないからね。俺が持ってた。佐野たちも学校でなんか探してるみたいだったけど、これ探してたんでしょ?」


 鍵がこの家にあるということは、やはり犯人は――尊。


 この部屋は密室ではないが、中には尊、入り口には周が立っている。事実上密室と同じだ。逃げられない。


「そんな怯えなくても大丈夫だよ。これから学校に行こうか」

「が、学校?」

「全部教えてあげるって言ったでしょ?」


 差し出された手を梢は固唾を飲んで見つめた。



***



「……アイツ、切りやがった」


 理恩と黒猫に憑依している優花は小嶋家の屋根の上にいた。

 周が梢との待ち合わせに家を出て行った直後の午前9時半からずっとだ。4月後半といえど日差しが辛い。昼過ぎにやっと帰ってきたかと思えば通話が繋がっているというのに堂々とラブシーンを繰り広げ、挙句に通話を切られた。


「すまん、優花。通話切られたから気づかれないように様子見てきてくれ」


 「にゃあ」と鳴き声をあげると、軽やかに優花は屋根の上から姿を消した。


 それからどのくらいの時間が経っただろうか。

 いつの間にか、うとうとしてしまっていた理恩の膝の上に暖かく柔らかな重みが乗った。優花だ。


「やべ。寝てた。なんかあったか?」


 しかし、中身は優花でも肉体は猫である。

 優花は必死になにかを訴えようとしているが、にゃあにゃあとしか理恩には聞こえない。


「なるほどわからん。これに打って」


 スマホを優花の目の前に置くと、優花は肉球を画面に押し当てた。結果としてわけのわからない文字が羅列されるだけだった。


「無理か」

「みゃあ! にゃあ!」

「もしかして、ここから出たのか?」


 必死に理恩のシャツの袖を咥えて引っ張る優花に嫌な予感が湧き上がる。


「どっちいった! 行くぞ」


 屋根の上からベランダへ、さらにそこから裏庭に生えている木へと飛び移る。流れるような動作で地上へと音もなく降りると、理恩は優花と共に走り出した。


 だが、家の前の道路を見渡しても梢の姿はなかった。


「くそ」


 その時、ズボンのポケットに入れてあるスマホが震えた。


「もしもし」

『もしもし、宝生くん? これ関係ないかもしれないんだけど一応報告しておかないといけないと思って』


 佐野だった。


「なんだ? 今ちょっと急いでるから手短に」

『何かあったの!? ええと、僕のクラスに多田さんって女子がいるんだけど、彼女から言われたんだ。小比類巻さんが小嶋くんに騙されてるんじゃないかって』

「え?」

『彼女、小嶋くんと同じ中学だったみたいなんだ。その頃の彼は今の温和な感じじゃなくて相当荒れてたって。女の子もとっかえひっかえしてたみたいで、いい噂は聞いてなかったって』

「……どうでもいいな」

『そう、ここまでは僕も過去はどうあれ今はそんなことないんだからって言ったんだけど……。彼女の口から野神沙耶香の名前が出たんだよ。一時期ふたりがゲーセンで一緒にいるところをよく見たって』

「何だって?」


 野神沙耶香と小嶋尊が交際を始めたのは高校に入ってからだと聞いている。

 その前に、弟の周と沙耶香が知り合っていた……?


「悪い、佐野先輩。部員集めて小嶋尊の家に行ってくれ! 小嶋尊が妙な行動を起こさないように見張っていて欲しい」

『え? 宝生くんがいるんじゃないの?』

「梢がいなくなった。多分、小嶋周と一緒だ。俺はこれからふたりを探すから、頼みます」

『わ、わかった! 見つけたら連絡して!』


 通話を切ると、理恩はダメ元で梢に電話をかけたが、機械的な音声が聞こえてくるだけで呼び出し音は鳴らない。

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