3-4

 理恩は音を立てず教室へ入ると、スーツ姿の男性に向かって「あんたには悪いけど、ここにいられたら困るんだ。返ってもらう」と声を発した。


 ゆっくりと振り向いた男性は憔悴しきった顔をしていた。年齢は40代後半といった感じだろうか。


 男性は理恩に何かを伝えようと必死に口を動かしているが、理恩には聞こえない。


「ごめん、俺には聞こえない」


 そう言って、理恩はその金色の双眸そうぼうで真っ直ぐに男性を捉えた。


「じゃあな」


 そのひと言と共に、理恩の身体に目の色と同じ金色のオーラが出現した。教室内が眩い光に包まれていく。


「やば!」


 扉に引っ付くようにしてその一部始終を見ていた優花がオーラから逃げるようにして扉から離れた。


 圧倒的な霊力を持って強制的に霊を浄化する。これが理恩のやり方であった。



「もうメガネかけちゃうのー? 理恩の目、すんごい綺麗なのにー」

「ああ。素顔晒すとめんどくせえのが湧くからな。それにこのカラコン、度が入ってないからメガネないとなんも見えねえの」

「度入りのカラコンにしなよー。でも確かに。そこで井戸端会議してるおばちゃんの浮遊霊たちも目がハートになってる。ライバルは増やさない方がいっか!」


 理恩は優花のことを言ったのだが。当の本人は気がついていない。


「ま、とりあえず生霊は返したし、おまえも出てけよ」

「まだデートしてない!」

「デートしたら成仏すんのか」


 優花はコクコクと頷いた。


「じゃあ学校出たらサクッとその辺散歩してやる」

「えー! そんなのヤだよー。ちゃんとお休みの日にデートスポット巡ろうよ」

「あのな……まあ、それが優花のやり残したことだって言うなら考えとく。取り敢えず……」

「はーい。わかったよ、今日のところは理恩の素顔も久しぶりに見れたし、退散しまーす」


 次の瞬間、梢の膝がガクンと折れた。ので、理恩がその腕を掴んだ。


「……う」

「梢。大丈夫か?」


 自分に話しかけているのが、理恩だということは理解出来る。

 そして、ここが学校であることも。

 けれど、廊下ではなく、確か音楽室にいたはずだ、と梢はぼんやりとした頭で記憶を手繰り寄せた。


「あの黒猫……」


 また憑依されたのだとわかると梢は理恩をキッと睨んだ。


「大丈夫か? じゃないわよ! 宝生くんはあの黒猫……優花さんだっけ? 彼女と知り合いかもしれないけど関係ない私を巻き込まないで!」

「怒るなよ。っていうか、そこの教室に生霊らしいのがいたぞ」


 梢の腕からゆっくりと手を離すと、理恩は1組の教室を指差した。


「は? 生霊?」

「リーマンぽいスーツ姿のオッサン」

「で、どうしたの?」


 キョロキョロといえば周囲を見渡すも、梢にはなんの気配も感じなかった。


「俺が返した」

「え、あ、そう。解決済みなのね。って、他の皆は?」

「ああ、そうだ。梢がトイレに行きたいって言ってるからって、先に部室に戻ってもらってるんだった」

「は!? 私トイレに行ったの!?」

「そこかよ。行ってない。大森さんたちがいると厄介そうだったから適当に理由つけただけだ。行くぞ」


 歩き出した理恩の後を、梢は釈然としないまま追いかけた。


 部室に戻ると「小比類巻さん、トイレ遅かったね」と柏木に言われて、理恩を恨んだ。


 この生霊らしきものが、野神沙耶香と深い関係にある事など、この時の理恩は想像もしていなかった。



***


「へえ、オーブ!」


 翌週月曜日。


 また木の上で聞き耳を立てられるのは嫌なので、梢は制服のポケットにスマホのボイスレコーダーを起動させて忍ばせ、中庭のベンチで周と昼食をとっていた。


 今の話題は、金曜日に決行された“学校の七不思議ツアー”の結果についてである。


「でもオーブってフラッシュの光が空気中の粒子かなんかに影響したものなんでしょ?」


 オカルトが好きだと言いながら、意外と科学的なことを言うのだな、と梢は思った。


「そうですね。そう考えた方が理解はしやすいと思いますよ。でも、実際に霊っているから……写ってもおかしくないというか」

「ああ、ごめん! 別に梢ちゃんを疑ってるわけじゃないんだけどさ。俺、理科の選択化学なんだよね。心霊現象も科学的に解明したくなるというか」

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