2-1『ファーストミッション』

「失礼しまーす。小嶋先輩いますか?」


 ここは2年生の教室が連なる新校舎3階だ。

 ちなみに1年生は4階、3年生は2階に位置している。


 梢が3階の廊下を歩き出した時、周囲の視線が一斉に梢へと注がれた。

 注目されるのには慣れているとはいえ、若干居心地が悪い。

 しかも、これから好きでもない相手に告白をしなければならないのだ。気が重い。


 2年4組の教室の後ろ側のドアから顔を覗かせると、まず佐野の姿が目に入ったので軽く会釈をしてから、近くにいる女子に小嶋を呼び出してもらうように声をかけた。


「小嶋くん? ああ、まだ帰ってなかった。小嶋くーん、1年生が呼んでるよ」


 女子生徒はにやにやしながら小嶋の名前を呼んだ。

 すると、女子に囲まれていた男子生徒が視線をこちらへ向けた。


「え? 1年?」


 最初は怪訝な表情をしていたが、梢の姿を見るとパッと表情を明るくした。


「どうも。小比類巻梢と言います。ちょっと小嶋先輩にお話があったんですけど、忙しいですか?」


 近づいてきた小嶋に言うと、小嶋は「全然! 暇してたとこだし。いいよ、どこで話す?」と軽い感じで返してきた。いや、実際軽いのだろう。


 佐野が小嶋は一軍だと言っていたのも頷ける、人当たりもいいし、なにより可愛らしい顔をしているから人気があると聞いていた。梢はイケメンは好きだが、一途な男が好きなので、小嶋のようなタイプはうっかり好きにならないようにと心に決めている。


「人には聞かれたくないので、なるべく誰も来ないところがいいです」


 小嶋はニコニコとした表情を崩すことなく「じゃあ視聴覚室行こうか。あそこなら誰も来ないし、防音だし」とこちらをじっと見ている女子生徒たちに「じゃあまた明日な!」と手を振ってから、梢の肩に手を置いて、歩くように促した。


 梢は制服のスカートのポケットに忍ばせたボイスレコーダーの存在を手のひらでさりげなく確認すると、小嶋と共に1階の視聴覚室へと移動した。


「ええと、小比類巻梢ちゃん、だっけ?」


 視聴覚室は小嶋の言う通り誰もいなかった。

 扉は施錠されていたのだが、壊れているらしく、簡単に外れてしまった。


「勝手に入って大丈夫なんでしょうか」

「大丈夫、大丈夫。それで、話って?」


 先に室内へ入れられたのは梢で、小嶋は入り口を背にして立っている。


「単刀直入に言います。小嶋先輩のことが気になってます」


 ああ、何故気にもなっていない人にこんなことを……梢は内心舌打ちをしながらも笑顔を崩さなかった。


「それって告ってる?」

「はい」

「こんな美人から言われて、ものすごく嬉しいんだけどさ。俺たち接点ないよね?」

「全校集会の時に見かけたんです。一目惚れってやつです」


 「ふうん」と小嶋は梢をじっと見た。

 流石に女慣れしているのか、突然の告白にも動じていない。


「なので、少し調べたというか……」

「調べた? 俺を?」


 ここで始めて小嶋は眉間にしわを寄せた。


「調べたっていっても、小嶋先輩を知ってる人から話を聞いただけなんですけど。彼女はいないんですよね?」

「いないけど……」

「入試の成績はトップ。バスケ部エースで、時期主将候補。モテるけど、特定の彼女は作らない」


 佐野から聞いた情報を一気に言うと、小嶋はふっと息を漏らした。


「今は4組まで下がっちゃったけどね。それから?」


この学校のクラス分けは1組からの成績順なのだ。4組と言っても2年生のクラスは8クラスあるからそこまで成績は悪くはない。


「お兄さんがいますよね」

「ああ、うん」


 小嶋は扉へと背中を預けた。


「勝手な憶測ですけど、小嶋先輩が彼女を作らないのはお兄さんのことがあるから、じゃないですか?」

「どう言う意味?」

「気を悪くしたらすみません。お兄さんの彼女はこの学校で自殺をした――それでお兄さんは引きこもりになったと聞きました。未だに苦しんでいるお兄さんの手前、小嶋先輩は彼女を作れないんじゃないですか?」


 今度は梢がじっと小嶋を見ると、小嶋は「あはは!」と笑い出した。


「梢ちゃん、キミ面白いね。今まで腫れ物に触るようにして誰も……両親ですら兄ちゃんの話なんてしてこなかったのに」

「その笑顔も……無理をしているんじゃないですか? 周りに気を使わせないように」


 小嶋は足元に視線を落とすとこれまでと打って変わり静かに話し始めた。


「あの事件以来、兄ちゃんは変わった。俺の自慢の兄ちゃんだったのに……」


 小嶋の兄であるたけるは、1年生の時、野神と同じく1組であったと聞いている。成績優秀な兄に憧れ、追いかけてこの学校に小嶋も入学したのだろう。


「彼女になれなくてもいいです。私は小嶋先輩の力になりたいって……そう思ったんです」


 梢の言葉に小嶋は顔を上げた。

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