1-4
彼に腕を掴まれていなければ、そのまま卒倒していたかもしれない。
けれど、意識はどんどん自身から離れていき、視界も霞んできた。
くる。
この感覚は今まで何度も経験した。梢は最後に「宝生……お願い……誰にも……」そう呟くとガックリと
「梢……」
一度、全身の力が抜けた後、目を開けた梢に対し、理恩は眉を潜めた。
「……じゃねえか」
梢の桜色の唇から呟くような声が発せられた。
「……やっと……」
と思ったら次の瞬間には梢の両腕が理恩の首へと思い切り絡みついた。緊張が走る。
「うお!? あぶね!」
ここは階段の途中で、体制を崩しかけた理恩は咄嗟に手摺りへと右手を伸ばし、掴んだ。
「やっと会えた! りおーん!」
この場に似つかわしくない明るい声が響き渡り、理恩は一気に脱力した。
「そのダッサいメガネ外しなよお。会いたかったよ、理恩!」
「おまえ……
“優花”と呼ばれた彼女はうんうんと笑顔で首を縦に降る。
「驚いた? サプライズ成功!」
「何やってんだ、こんなところで」
「えー、ずっと理恩の近くにいたんだよ? 気づかなかった?」
そう言って優花は両手で拳を作り、猫の仕草を真似してみせた。
「……あの黒猫か。どうりで行く先々にいると思ったら」
理恩は、はああと深いため息を吐くと、首に纏わりついた優花の腕をゆっくりと引き剥がした。
「成仏したんじゃなかったか?」
「しようとしたんだけどねー。理恩と離れるのはちょっと」
「ちょっとじゃねえ。自分で行けないなら俺が強制的に送るぞ」
「えー、待って待って。やっと話せるんだからさ。ずっと憑依できる人間の身体探してたんだから! それにこの身体最高なんだけど。霊感あるから同調しやすいし、なんせ美人だし!」
「……こんなに喋るやつだとは思わなかった」
理恩は頭を抱えた。
彼女は以前、列車事故で命を落としたのだが、その原因が歩きスマホをしていたことによるホームからの転落だった為、本人は自分が死んだことを理解していなかった。
いつも通りに制服姿で電車へ乗ろうとするのだが、どうしても学校までたどり着くことが出来ない。電車に乗ってもすぐに事故のあった駅のホームへ戻ってしまうのだ。誰かに話しかけても誰も見向きもしれくれない。困っているところで理恩が彼女を見つけた。
優花にとって、理恩はこの無限ループから救い上げてくれる、まさに救世主であった。彼女にとって理恩は不幸な
だが、理恩には優花の姿が視えているのに、いくら話しかけても声は届かなった。
「あの時だって本当はもっと話したかったんだよ。でも私の声は理恩に聞こえないし、紙とペンも触れないし、浮遊霊のはずなのにホームから移動も出来ないし……自分が死んでるって理恩に教えて貰ってようやくこうして自由に動けるようになったけど」
理恩からの説明によって、自分がすでにこの世のものではないことを知った優花は、理恩に促され冥界へと旅立ったはずだったのだが。
「つか、ここでゆっくりお喋りしてる場合じゃないと思うんだけど」
優花は視線を理恩から上階へと移すと「ああ。うん。そうみたいだね」と頷いた。
「行くの?」
「うーん。どうすっかな。ちょっと厄介そうだし、やっぱもう少し調べてからにすっか」
「じゃあ、これからデートしよ、デート」
「は? っていうか梢の身体返してやれ」
「えー」
「今すぐ送るぞ」
「やだ。せめてあと少し……」
「おまえな……ってマジで喋ってる場合じゃねえ。取り敢えず校舎から出るまでな」
「やった!」
そう言って2人は階段を駆け下りた。
上階に渦巻いているどす黒い思念の塊は、階を降りる度に薄れていく。だが、油断はできない。
「あ! よかった、戻ってきた!」
昇降口で大森たちが興奮を抑えられないような面持ちで理恩たちを出迎えた。
「どうだっ……」
「話は後で。取り敢えずここから出る」
神楽坂の言葉が言い終わらないうちに理恩は言葉を被せた。
「そゆこと! ここは危ないよーん」
「よ、よーん?」
いきなりキャラを変えたかに見える梢の言動に神楽坂は目を白黒させた。
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