1-3

 大森と神楽坂が頬を膨らませた。確かにこの場所でシャッターを押せば何かしら写り込むだろう。


「私もこれ以上はマズイと思います。こんなに建物が綺麗なのに旧校舎とした理由があるとは思いませんか?」

「小比類巻さんまで怖じ気ついたの? それに何かあるなら余計に私たちは行かなければならないじゃない。っていうかここやっぱり何かいるのね!」


 怖がるどころか、余計に盛り上がってしまった。

 そうだった。

 この人たちはオカルトが大好きな人種だった。


「何が起こっても責任取れないけど」


 理恩はやれやれといった感じでボサボサの後頭部を掻いた。


 というか、この男。

 一番の下っ端だというのにやけに態度がでかいのは気のせいだろうか。


 それほどに霊能力が強いのだろうか。

 梢はじっと理恩の顔を凝視した。


 祖母には身に纏ったオーラが見える。

 だが、理恩にはそれが見えなかった。


「宝生くん、やけに余裕だけど大丈夫なの?」

「そういう小比類巻……名前が長え。梢は?」


 驚いた。

 女慣れした男子ならいざ知らず、こんなモテなさそうな……いや、絶対にモテない男子からさらっと呼び捨てにされるとは。


「何?」

「別に。怖くなんてないわよ……!」


 梢は不安だった。

 過去何度もこういった何かいる場所に足を踏み入れると決まって記憶を無くすのだ。


 そして、その記憶をなくしている間に関わった人たち……友人、彼氏たちは怯えた顔をして離れていった。

 中学ではその人たちに梢は多重人格者だと噂され、それ以来実質ひとりぼっちで過ごしてきた。

 この学校には幸い同じ出身中学の生徒はいないから安心して高校デビューを飾れるはずだったのに。


 オカルトミステリー研究部に入部したのがすべての運の尽きだ。


「……宝生くんと2人だけなら行ってもいい」


 もし、また記憶をなくすことがあっても、その間私が別人格になってしまったとしても、ここにいる全員に見られるより、理恩ひとりだけならなんとか黙っていてもらえるかもしれない。梢はそう思った。


「2人で?」


 大森は神楽坂と、佐野は田中と顔を見合わせている。


「安全が確認されたら呼びますよ」


 そう言うと、理恩はズカズカと校舎内へと入っていった。


「ちょ、待って!」


 梢はその場に佇んでいる4人に会釈をすると理恩の後を小走りで追いかけた。



 校舎内を進むと一層空気が冷たく、重くなってきた。廊下を歩く2人の足音がやけに耳に響く。


「……ねえ」

「なんだ」

「ひょっとしてもう視えてたりする?」

「まあ、チョロチョロと低級霊はいるな」


 視えていなくても恐ろしいのに、理恩の態度は一向に変わらない。こういう場面に慣れているのだろうか。


「怖いなら戻っていいぞ」

「だ、誰が……!」


 本当は足が震えていてその場に崩れ落ちそうだったが、腐ってもイタコの孫なのだ。

 梢にもプライドがある。


「どうやら噂は本当みたいだな」


 この旧校舎は5階建だ。

 その3階部分まで階段を上がってきた時に理恩が呟いた。


「え? まさか本当に花子さんが?」

「アホか。聞いたことないか? 2年前、この学校で女子生徒の飛び降り自殺があったの。その女子生徒の霊が出るって噂。だからこの校舎を使わなくなったんだろ」


 そういえば、当時新聞やテレビのニュースで話題になったことがあるのを梢は思い出した。

 確か、入学したはいいが、入ってからの勉強についていけず、苦しくなって飛び降りたとか。

 この学校は大学が付属した進学校である為、倍率が高かったがその事件があったことがあり、事件前よりも倍率が下がったことを梢は不謹慎にもラッキーと思っていた。


「残留思念がすごい。痛いくらいだ」


 確かに階を上がる度に息苦しさが増してきている。空気が圧縮されているかのような感覚を覚える。


「もう少し調べてから現場に来たかったけど……って梢」


 理恩に腕を取られた。

 まるで高山病にでもかかってしまったように頭が痛い。苦しい。意識が遠のいていくのを梢は感じた。

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