2-22 残照

「全機発進。上がれ!」


 照の声と同時に耐圧隔壁が外れ、全機体のロックが解除され海中へと落とされる。同時にバーニア最大出力。上下左右もわからない漆黒の闇の中を、頭の中に流れ込む計器が弾き出した情報を頼りに駆け抜けてゆく。


「エインヘリアル6、そっちは下です!」


 照の声が響いてすぐ、レーダーから6番機の反応が消える。計器の情報をモニター表示に設定していたのだろう。水中でバーディゴを起こし深海へ進み、水圧に潰されたか。


 それでも戦士たちは水をかき分け空を目指す。そして照のGleipnir《グレイプニール》が最初に水上へ到達。次にノルンとリコの羅刹、追って残る戦隊機が浮上。ジェットエンジンの出力を上げ空へ上がる。


 現在は午前5時。未だ日は昇らない。高空へ上がり周囲の状況をレーダーでスキャンした照が絶句する。


「各機戦闘態勢。ウェポンズフリー。セヴンス30機。うち15機が八洲制式セヴンス、天雷。5機が羅刹と同型――八洲のデータベースに『修羅』で登録されている機体です」


「残りの10機は」


「――米空軍制式機、F/S-14EX トムキャット2nd。更に遠方から空中空母2機。それぞれ八洲と米空軍です」


 たったの9機、うちファイター8機でこれを相手取る。八洲とアメリカを正面から。


 ノルンとリコの乗った羅刹が先陣を切る。


「リコ。あれには人が乗ってる。上手く翼だけを落とそう。脱出ができれば生き残れるはず」


「わかった」


 羅刹の装備は短機関銃二門。最優先で爆装した天雷を処理に移る。羅刹の動きは正に踊るようと言うべきだった。従来の戦闘機的な動きの補助に人間的な動きが加わっていたものではなく、人間的な機動を戦闘機の大出力で加速させたと言うべき動き。常に相手の予想の三手先を往くその羅刹の機動に1対1で追いつけるセヴンスはいなかった。


 一度の交差で3機の噴射飛翔翼を破壊。敵のロックオンを一身に浴びながらセヴンス同士が争う戦場を縫うように飛ぶ。


 八洲カラーである純白に塗装された、羅刹と同型の機体、修羅であってもノルンとリコの敵ではなかった。修羅の動きはぎこちない。翼も二対、頭部のカメラアイも一対だ。修羅は羅刹の単座型であったが、複座型の強みは二人の連携により単純な二人以上の性能を発揮できる点だった。


 エインヘリアル戦隊の天雷も羅刹に続く。しかし対ベイカントのみを想定した装備であるノルンたちと、初めから対セヴンス戦を想定していた彼らとでは戦力だけでなく、装備面において圧倒的に不利だった。


 特にミサイルの有無の差は大きい。戦隊機が一機、また一機と落とされる。Gleipnirの狙撃と羅刹の連携で押し返そうとする。空中空母は一機が照の狙撃によって操舵室が壊滅、撃墜。残る敵セヴンスも11機となっていた。


 米空軍のトムキャット2ndから何かが発射される。空対地ミサイル。それはセヴンスではなく、八洲軍基地を狙っていた。Gleipnirの解析。


「さっきまで落としてきてた表面を破壊するだけのかわいいのじゃない。バンカーバスターです!」


 あれが落ちれば基地ごと、そこにいる侵入者もろとも沈む。輸送機で待っている民間人とともに。


 だめだ。全員が思った。しかし、海中から紅い影が無数に現れる。それは重なり合い、壁となり、バンカーバスターを防ぎ切った。


「リコ!?」


 海中に漏出した八洲軍基地のDDLから生み出された、ベイカントの大群だった。それらは役目を終え、再び液状となって海中へと戻っていく。


「来てくれた。よかった――」


 更に彼方。紫色の光が星のように空の彼方で無数に輝く。八洲軍基地周辺にいたベイカントが、この地に終結していた。


「この子たちは戦えない。けど、みんなを守ることならできる」


 ベイカントがエインヘリアル戦隊各機に随伴する。それはまるで盾となるかのようだった。紅のベイカント。白の天雷。そして紅と白の羅刹。


 紅と白の大編隊が、八洲軍基地を背に並ぶ。


 それを見た八洲軍と米空軍混成部隊は撤退を始める。北への道が開けてゆく。残ったのはたった4機だったが、制空権を確保した。


 レーダー上でそれを確認した照は勝利を確信した。長い夜が明けた。東の彼方から太陽の光が差し込む。照は基地へ輸送機の離陸許可を送ろうとし、機体の右腕が爆ぜる。咄嗟に照はGleipnirの姿勢を回復。レーダーを見る。何もいない。ロックオンの警告すら出なかった。ミサイルではない。狙撃でもない。センサーを使用しない原始的な狙撃であれば可能だがここは高度2万5千メートルだ。


 はっとする。照は即座にレーダータイプをパルスから熱源探知へ。しかし見つからない。途端、反応が現れる。すぐ後ろ。膨大な熱量と蒸気を身に纏う、セヴンスの形をした闇がいた。黒ではない。太陽の光を受けてなお機体の凹凸すら判別できない程の、闇の塊がそこにいた。辛うじて赤黒い血のような色をしたカメラアイだけが確認できる。


 機体の名をF/SX-05 ガルム。ノルウェー・米空軍共同開発の最新鋭対人特化型ステルスセヴンス。照はこの機体の名を知ることはなかった。だが、照は直感でこれをステルス機と断定。下へ通してはいけないと悟った。


 噴射飛翔翼に懸架していた機関砲を放つ。それと同時に闇色の機体が持つ散弾型の銃によってコクピットが撃ち抜かれる。大穴が空き、DDLによる衝撃緩和がなくなる。照の全身を割れたモニターのガラス片が襲う。落下してゆく。その闇の塊は機関砲によって左腕を奪われながらも追撃を仕掛け、レドームを、翼を、足を破壊してゆく。遂に出火し小爆発とともにGleipnirは炎に包まれ、その明け方の空を模した青い装甲が焼かれてゆく。


 死ぬ。照は思った。クレイドルシステムの影響か、加速した思考によってこれまでのことが映像のように流れ出す。


 自分を送りだしてくれた両親。自分の隣にいてくれたノルン。最愛の家族のリコ。


 みんな、悲しんでしまうだろうか。今起こったことを伝えなければならない。けれどもう指先すら動かない。データリンクも途絶えてしまった。ここで私は終わってしまうのか。


 こんな大事なところで、自分だけゆっくりと走馬灯なんか見ながら終わってしまうのか。


 ふと、なくしたものを忘れることで人は前に進め、それを思い出すことで人は自分の進んできた道を思い出せるという言葉を思い出した。その言葉が本当なら、走馬灯というものは親切なシステムだな、と照は思う。


 そんな走馬灯が最後に、最も長く映したのは照の幼馴染の少女だった。枝奈えなという名の、優しく、本好きで、ずっと自分を支えてくれていた人。高くにある目標を目指し過ぎて見えなくなっていた人。本当はとても大切で、だからこそ失ったあと名前すら忘れてしまっていた人。ごめん。リコ。ノルン。どうか、生きて。


 今行くよ、枝奈えな――

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