2-9 燐光

 天螺あまつみの帰還から47時間後。リコが目を覚ました。ベッドの両脇にはノルンと照。二人はそれに気付くや否やリコに抱き着いた。照はリコが引くほどにべしゃべしゃに泣いていた。


 フェンリルの残骸は天螺とともに厳重に捕縛され、天螺が秘匿されていたドックの更に奥へ収められた。各種検査が終了した後に調査と解体が始まるだろう。


 その前に、懸念事項が二点。


 一つ目はリコのことだ。クレイドルシステムを用いて通常のインターネットへの接続。情報が限定されている戦術ネットワークではなく今や無限と言って良いほどに広がったインターネットへの接続は、クレイドルシステム実用化までの実験で多くの事故を引き起こした。過負荷による脳機能障害によって廃人となった者も多くいる。そのため現在のクレイドルシステムは決してそこに触れないよう規制がされていたが、先日の実験の際その規制を越えた。また天螺との接続も確認されている。リコの脳にどれだけの負荷がかかっているのかは見当もつかなかった。


 二つ目は天螺のこと。帰還後、ブラックボックスと化していたアクセス不可領域のロックが全て解除されていた。現在その内部情報の解析が行われている。セヴンスの整備スタッフだけでなく小糸や周詞といった他部署のスタッフも総出だ。


 一つ目の懸念事項については、さして問題はなかった。身体操作、発話等問題は見られなかった。


「あの子たち、昔からずっとあそこに閉じ込められてたの。だからみんなと一緒じゃなかったの。ああいう方法でしか、誰かと繋がる方法を知らないから」


 リコは輸送機を襲撃したベイカントについてそう語った。


「それで、あの時あそこにいた子に助けてもらったの。そうしろって、言われたから」


「誰に」


「わからない。けど、あれに繋がったら、そう声が聞こえた」


 的を得ない答え。それは仕方がなかった。リコが知っていることはあまりに少ない。言語化するための知識がない者の言葉を拾い、解釈するのであれば。


「天螺がリコに、何かしらの命令を下した」


 次に天螺について。サルベージされたデータを確認するため、八洲軍の研究スタッフたちとともにノルン、照、リコも含めたチーム全員が一堂に会していた。


 まずモニターに映されたのは三年前の映像。天螺のカメラが捉えた一部始終だった。


 フェンリルにコクピットを貫かれ、それでも尚立ち向かった天螺。旧軌道エレベーターの内部。そしてDDLと思われる液体が満たされた巨大なカプセルの中で揺蕩っていたリコ。


 人類が初めて見た、旧軌道エレベーター内部の映像だった。同時に、そのパイロットの死亡が確実となった。


 報告はそれだけではない。その映像と合わせて機体のログが表示される。


 クレイドルシステムの出力が異常値を示していたこと。フェンリルと通信を行っていたこと。リコを回収する前、旧軌道エレベーターのシステムと何らかのデータを莫大な量やり取りしていたこと。それ以外のデータは完全に消去されていたこと。


 更にモニターに先日のデータが映し出される。


 天螺側からリコの繋がるクレイドルシステムへ侵入、外部ネットワークへ接続するよう働きかけていたと見られる。そして再び旧軌道エレベーターのシステムとの接続、フェンリルとのデータのやり取り。


 クレイドルシステム間で行われた思考やデータのやり取りは通常、再言語化処理を施すことで圧縮された情報を解凍し外部からモニターすることができる。


「タスケ タメニ フェンリル ウミダセ」


「データ オクル ソノトオリ ウミダセ」


 人類の言語に戻せたのはこれだけだった。天螺からの命令。天螺からリコへ、その言葉とともにフェンリルの映像データが送られていた。


「そう。言われた通り、あの子を作ったの」


 何から? DDLから。あの旧軌道エレベーター内部に満ちたDDLから。天螺から与えられたデータをもとに旧軌道エレベーター内のシステム――恐らくDDLが収められたカプセル――にアクセスし、フェンリルを復活させた。この解釈が最も的を得ていると考えられた。まだ断定はできない、断片的な情報を統合し解釈しただけのものであったが、DDLの性質を定義するための選択肢として大きな発見だった。DDLは物質を生成できる。否定できる材量はなかった。


 それと、とスタッフの一人が続ける。ノルンを名指ししてのことだった。


「こんなテキストファイルが、新しくローカルに保存されていました」


『to ノルン ありがとう。もし怒ってたらごめん。連れて帰る子を、どうか守ってやってほしい』


 私信。署名もない、不器用なメッセージ。けれどノルンにはその送り主がわかった。


 勝手な人だとノルンは思った。本当に、勝手な人。3年も放っておいて、怒るも何も、そんなものとうの昔に通り越してしまっている。


 けれど、未宙はまだ、先輩はまだいる。その事実が、ノルンにとって何より幸せだった。純粋によかったと、そう思えた。そのことが、ノルンにとっての救いだった。


「言われなくても、リコのことは私たちが守りますよ。絶対」

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