第3話 過去の盟友と未来の希望−1

 ここは円錐状立体都市サンライズ・ドーンの底辺。【イネイブ】はこの大戦から五年で急発展してきた国だ。そうなればどこかで歪みが生じるのは道理。この立体都市では陽の当たる上層と当たらない下層がその歪みの象徴だった。下層には権力が行き届かないため犯罪が横行している。そんな場所、まともな思考を持つヒトビトが近づくはずがない。結果、まとも『じゃない』奴らの巣窟と化している。


 それでは誰がこの下層(スラム)を支配しているのか。



「テメェ! ここらでクスリ売るってェ、どういう了見だ⁉️ アァ!!」



 街の一角で怒号が鳴り響く。その声の所在は街の権力者の一人、ロウ商会・本部にいるロウ・ブラウス商会長当人だった。現在ロウが縛られた人間の男を見下ろすよう対面して、その周りを側近やら子分で囲んでいるといった状態。

彼は狼の獣人で身長は二メートル半と人間よりもひと回り大きく、獣人の男は人というより獣に近くロウも銀色の体毛に覆われている。そんな大男がものすごい剣幕で怒声を響かせるのだから、日の浅いような子分たちは戦々恐々といったところ。対して側近や彼と付き合いが長い者達は、我関せずといった様子で目を瞑(つぶ)ったり、そっぽを向いたりしている。

 そして狼に睨まれている哀れな子羊の人間の男は顔が恐怖でクシャクシャになり、今にも下の方があったかくなりそうである。人生万事休すになった時、人間はこういう顔をするという良い例である。



「こんちわー。デッカいオッサンはいますかー。・・・って今は取り込み中か」



 部屋がキンと張り詰めている中、空気の読めない男が一人入ってきた。言わんでもわかると思うが俺、ササミヤアラタである。堂々と部屋に入ってくる俺を見た子分さん達は一斉に各々の武器を取り出す。エルフは魔法行使のための小型の携行杖、獣人は己の爪、人間は大戦時に開発されたヴィンテンス拳銃を。個人個人がなかなか洗練された動きだった。

 俺は即座にハンズアップ。無抵抗の意を表す。こんなところで蜂の巣にされたらたまったものじゃないし。


「ここは部外者立ち入り禁止です。すいませんが回れ右して帰ってもらえませんか?」


拳銃を構え、子分Aが俺にそう言いながら近づく。慣れた手つきなので、子分Aさんは子分の中でもベテランなのだろう。現在背中に拳銃を突きつけられているわけだが、そろそろ誰かネタバラシしてくんねぇかな。このままだと来て煽って追い返された頭イってる教師になっちまう。


「お仕事熱心なとこ申し訳ないですが、俺友人とこのあと飲みにいく約束があって」

「はい? それとこれとは」

「お前が銃を向けているその人、アラタササミヤだぜ?」


クックックと人間の側近の男が微笑う。こっちは絶体絶命のピンチなんだが、なんであいつ笑ってんの?殺すぞ。殺せねぇけど。


「あ、アラタササミヤって、あの大戦の・・・・?」

「そうですけど、そんなにガクガク震えないでもらえます?」

「いや、その、アアア」


 ベテラン子分さんは俺の素性を知って、完全に壊れたロボットと化している。流石にコレでは可哀想だから、振り向いて拳銃を下げさせる。恐怖を抱かせないようにニヤッと笑って


「さすがロウに着く人たちだ。よく訓練されているな。これからも訓練を怠らずに頑張れよ」


賛辞を送りつつ、皆の肩をポンと叩いていく。さっきまで気分的に大変だった子分達は「ありがとうございます!」「これからも精進します!」と嬉しそうに謝意を述べていく。そんなことで喜んでもらえなるなら、いくらでもするけどな。

 子分達に賛辞とちょっとしたアドバイスをし終えたあとで、俺はとある人物を睨む。その人物とは例の側近の人間。俺は一瞬で間合いを詰め、側近の殴打・・・のカウンターを払う。そして本命の回し蹴りを避けた後、がら空きの股間にサマーソルト気味に蹴りを入れてやった。結果悶絶する側近と久しぶりの運動で息絶え絶えの残念教師。取り敢えず復讐を果たした。

 

 こんなことをしたら側近どもに鎮圧されかねんが、生憎そう逝ったこともなし。ネタバラシすると、ここにいる側近とロウのオッサンとは顔なじみである。

そもそもこの『ロウ商会』というのは大戦終結によって急激に減った軍人・傭兵需要の受け皿としてロウのオッサンが立ち上げたもの。故に商会なんて名乗っているが、実のところ主な活動は自警団というわけだ。そんで、ここにいるのは大戦時のイネイブの軍人で、俺とも面識があるというカラクリだ。


 この目の前で股間抑えて唸っているやつも同様で、後方支援を担当していたやつだ。こいつ昔はよくビクビクしていたのに、今やそれなりに体術を使えるようになるとはロウの指導も流石である。多分ロウの仕業じゃなくて、隣のイケメンエルフだと思うけど。



「突然お邪魔してすいませんね、ウィスカーさん。そこのオッサンと今日『あそこ』に行くって約束してたのに一向に待ち合わせ場所に来ないもんで来ちゃいました。オイ、オッサン。今日定時で終われるつったの何処のどいつだ」



 ロウ商会の頭脳というべきイケメンエルフの側近、ウィスカーに謝意を述べてから、フサフサ野郎を一瞥する。ロウのオッサンはハッと時計を見て、約束の時間を長針一周分すぎてることに気づいた。


「悪りぃ! もう少し待ってくれ。コイツに入手経路を吐かしたら終わるから」


ロウは腕をまくり短期決戦に移行。事態に置いてきぼりにされていた縛られ男は自分が再び危険な状況に移行したと分かって、『この世の終わり』って題名付けられそうな顔をしている。

 そこでウィスカーはロウを制す。


「待ってください。今、ロウさんが焦っても解決する問題ではありません。それに残業続きでお疲れでしょうから、今日はササミヤさんと楽しんできて下さい」

「しかし・・・」

「いいから行ってください。そもそも貴方がいては恐怖で真偽が量れず、碌に尋問もできません。ササミヤさんお願いしてもよろしいでしょうか?」


ウィスカーはそう言ってロウに外套を渡す。ロウは渋々受け取り、俺と二人部屋から出ていくことになった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 俺たちは目的地を道のりで、夕暮れの出来事を思い出す。


「俺たちって優秀なやつの尻に敷かれててるのな・・・」

「いつの時代、人種が変わろうとトップのやつは賢いやつの尻に敷かれるのだけはかわらねぇんだな」


ポツリと出た言葉にロウが反応する。お互い溜息が出て、この雑多な街の空に消えていった。



そして俺たち二人は目的地『BAR Fortune』にたどり着いた。




※ヴィンテンス拳銃・・・大戦時に作り出された十二発AT拳銃。魔導射出技術により、反動がなくなり従来の拳銃より格段に使いやすくなった。名前の由来はイネイブ所属の兵器工、クラウス=ヴィンテンスより。

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