魔法使いに恋して

抹茶ロール

 

 大和やまとさんと出会ってどのくらい経っただろう。一年? 二年? いや、半年か。

 正直、毎日毎日魔法使いの戦いに巻き込まれて月日の流れがよくわからなくなる。

 そして今日も大和さんは私の部屋で、自分の部屋のように寛いでいる。……私の部屋なのに。

 大和さんと出会う一ヶ月程前にようやく元カレが私の部屋を出ていってくれて、やっと一人でのんびり暮らせると思っていたのに。


「……大和さん」

「ん? 何?」


 ソファに座りながら、コーヒーを飲む大和さんはテレビを見ながら、返事をする。目線はテレビに向いたままだが。


「この部屋の隣、空いてるので自分で借りたらどうですか?」

「どうして借りる必要あるの?」


 私のこの言葉はもう、何度目かわからない。というか何度も言っていたせいで回数なんて忘れた。

 しかし、大和さんはいつものように笑顔で私を見て言ってくるもんだから、言い返せなくなってしまう。

 彼のこの返しの言葉も、もう何回も聞いていて、「私が一人でゆっくりしたいから」と言えば、契約の事を持ち出されて反論できなくなってしまうのだ。


朱里あかりちゃん」

「はい」

「僕は別に他の魔法使いに襲撃されても大丈夫なんだけど、朱里ちゃんはまだ魔法を上手く使えないだろう?」

「はい」

「だから、もし襲撃されたときの為に常に一緒にいるんだよ。 朱里ちゃんに怪我をさせたくないからね」

「大和さん……」


 ニコッと笑顔でそんな事を言われ、私はまた不覚にも胸がキュッとしてしまう。これは所謂胸キュンなんだろうか。

 それにこんなやりとりはもう何回もやっているし、大和さんは天然タラシなのか、私はこの半年で彼に恋をしてしまったのである。

 何故好きになった相手が魔法使いなのか。最初は散々悩んだし、戦いが終われば、魔法使いの決まりで魔法使いの情報を消去され、大和さんとはさよならしなければいけない事くらいは説明されたからわかる。


 そして何故彼が私を魔法使いの契約者として選んだのか疑問だった為、私は尋ねたことがある。


<大和さん、何で契約者を私にしたの?>

<人はね、魔法が使えなくても魔力は持っているんだ。そしてその中で魔力の強い人はいるんだよ>

<もしかして、私がそうだったから?>

<……。 んーまぁ、今はそうだって言っておくよ>


 何だか、はっきりしない答えだったけどあの時の会話で、大和さんは私の事を本当にただの契約者としか思っていない事がわかり、あの日から私は大和さんに対しての恋心に蓋をした。

 ……はずなのに。彼の先程の行動のせいで、最近は気持ちを抑えきれずにいる。


「朱里ちゃん?」

「!! はいッ!!」


 つい考え込んでいたらしく、キッチン立っていた私の背後から大和さんに声をかけられて我に返る。

 振り向き、大和さんの顔を見上げれば彼は、少し不安そうな表情を浮かべていて、またその顔を見てキュンとしてしまった。


「何だか考え込んでたみたいだけど、大丈夫? 体調悪い?」

「ッいえ! 大丈夫です!」

「そう、なら良かった。 昨日は三人も襲撃してきたらね」

「……あの」

「ん?」

「魔法使いの戦いって……いつ、終わるんでしょう」

「……」


 聞きたいけど、聞きたくない質問をついしてしまった。こんな事、大和さんでもわかる筈ないのに。

 勿論、最初は戦いが嫌で早く終われと毎日思っていた。でも大和さんが私の中で大切な人になった今、最初の時とは全く逆の事を思ってしまっている。


「ごめんなさい、大和さんでもわかる筈ないですよね……」


 言葉に出してから、後悔した。そんな事、大和さんがわかる筈ないんだから。魔法使いは世界に何千人といるらしいけど、なぜ戦っているのかは大和さんに何度も聞いているのに教えてはくれない。

 でもいい加減気持ちが辛くなってきた。このまま想いを伝えて、大和さんに、彼の事が好きだった気持ちを消してもらおうか。


「!!」


 また考え込んでしまったらしく、手に温かいものが触れたことによりまた我に返った。

 そして自分の手を見てみれば、それは大和さんの手で。


「朱里ちゃん、ちょっと散歩でもしようか」

「え、あの……」


 なぜ急にそんな事を言い出したのかわからず、私は手を引かれるがまま彼に着いていくしかなかった。





 ***






「大和さん……」


 大和さんに連れてこられたのは、私の住む町が見渡せる丘公園。

 今日は休日で、時間も午後2時な為、人が結構いて公園は賑わっている。

 でも何で大和さんがここへ来たのか。彼の事なら、もし襲撃されたらとなるべく人が多い場所を避けるのに。


「何で、僕がここに来たのか気になってる?」

「え、あ、その」

「いつも一般人に被害が行かないように気を付けてるから、そう思うのも仕方ないよね」

「……はい」


 心を読まれたかと思い、慌てたが大和さんは公園にあるベンチに腰を下ろして、私も隣に座った。

 でも一般人に被害があっても、戦いが終わった後、勝者が魔法で元通り(怪我した人を治癒、破壊したものを再生、魔法を見た人の記憶を消去)にするんだけど。

 ベンチに座れば、目の前のにある遊具で遊ぶ子供達。そしてそれを見守る母親達。

 ただそれを見ているだけで、気持ちが少し落ち着いてくるのと同時に優しい風が、私の長い黒髪を靡かせた。


「朱里ちゃんはこの魔法使いの戦い、早く終わってほしい?」

「え、……」


 大和さんの突然の質問に私は口ごもってしまい、答える事はできなかった。

 確かに、戦いはまだ怖いとおもうけど、でも、この戦いが終わってしまったら……。


「僕は終わってほしい……」

「え?」

「元々戦いなんてあまり好きじゃないからね。それに……」

「……!!」


 話を聞いていれば突然肩を抱かれたかと思えば、そのまま彼の腕が背中に回ってきて。

 大和さんの腕の中に私がすっぽりと収まってしまった。

 急に抱きしめられたことで、頭が追い付かなかったが彼の香りが鼻を通り、鼓動が急激に早くなっていくのがわかる。

 このまま抱きしめられたら、私の鼓動が聞こえてしまうんじゃないかと思うも、大和さんの胸に顔が当たった事で彼の鼓動も聞こえてきて。


 ──バクバクって、鼓動がすごい早い。


 彼の鼓動も私と同じくらい早くなっていた。


「大和さん」

「僕の鼓動聞こえた?」

「……はい」

「今、すごく緊張してる」

「え、……何で」

「……全く、朱里ちゃんって天然タラシだよね」


 彼の胸の中に収まっている私は、頭上からため息混じりで聞こえてくる言葉につい反論したくなってしまう。

 それは貴方でしょう。と。


「僕が何で朱里ちゃんを契約者にしたのか。魔力が強かったからとしか話してなかったよね」

「はい」

「それもそうなんだけど、本当の理由はね。……一度君と対面したことあるんだ」

「え?」


 衝撃的事実を聞かされ、私はつい顔をあげて彼を見れば、微笑んでいた。

 私が大和さんと会ったことがある?

 でも全く記憶にない。


「覚えてないのも無理はないよ。 それは魔法使いの戦いが始まってすぐの事だし」

「そうなんですか」

「うん。 でも僕からしてみたら、忘れられない日だったけどね」

「え?」

「僕は最初、一般の人を巻き込みたくなかったから一人で戦っていたんだけど、空から叩き落とされた時に、普通なら驚いて逃げるのに、君は僕に駆け寄り『大丈夫ですか?』と不安そうな表情をしながら声をかけてくれてね」


 大和さんが説明してくれるも、やはり全く思い出せない。

 戦いの中で遭遇したのなら、記憶を消されたのかな。


「その時に、怪我をして血を流していた僕に君はハンカチを貸してくれたんだ」


 そう言った大和さんは私を抱きしめていた片方の腕を解いて自分のポケットに手をいれる。何をしているのか、不思議に思いながら見ていれば、そこからは見たことのある水色のハンカチが出てきたのである。


「これ、見覚えない?」

「私のハンカチ……無くしたとばかり思ってました」

「これを朱里ちゃんが僕に貸してくれたんだよ。でも記憶を消してしまったから、無くしたと思ってたんだね」

「これ、お気に入りだったんです」

「そう、返すの遅くなってごめんね」

「いえ! 戻ってきただけで良かったです」


 大和さんから体を離して、ハンカチを受けとれば確かにそれは私の無くしたと思っていたハンカチだった。

 まさか、大和さんが持っていたなんて。


「……僕はあの日、君の優しさとその笑顔に一目惚れをしたんだ」

「!!」

「確かに朱里ちゃんは、他の人に比べて魔力は強い。でも僕はそれ以上に君と一緒にいたいと思うようになってしまって……」

「あ、大和さん……」

「最初は我慢したんだ。 一般の人、しかも一目惚れをした人を危険な戦いに巻き込みたくないから。でも"好き"だという気持ちの方が強くなってしまってね」

「え、……あ……」

「契約の仕方は多少強引だったけど、今、朱里ちゃんのそばにいれて僕はすごく嬉しい」


 突然すぎる告白ともとれる言葉に私の頭の中は真っ白になってしまう。

 まさか、好きになってしまい、諦めなければと思っていた大和さんからそんな事を言われるなんて。


「だから、朱里ちゃん」

「ッはい!」

「契約者としてもそうなんだけど、これからは恋人としてもそばにいたい。 戦いでは必ず君を守るから」

「あ、……う、…え……」


 全身が暑くて暑くてたまらない。

 それに若干めまいもしてきた。

 大和さんの言っている事は、夢じゃない?本当なの?

 絶対に無理だと思っていたせいで、受け入れるのに今、とても時間がかかってしまっている。

 固まる私を見て、あゆむさんは少しだけ表情を曇らせる。


「ご、ごめん……。 急にそんな事言われても困るよね」

「!! い、いえ!! その、う、嬉しすぎて、受け入れるのに時間かかったと言いますか!!」

「本当? 迷惑じゃない?」

「ッ全然!! 寧ろ嬉しいです!! その私も大和さんが大好きでして!!」

「……ぷっ」

「!!?」

「朱里ちゃん、声大きすぎ」

「え、……あ……」


 大和さんの言葉で、周囲を見てみれば遊具で遊ばせている子供のママさん達がこちらを見ていて、微笑ましい笑みを浮かべていた。

 うわ、まさか聞こえてた!? 恥ずかしすぎる!!


 慌てて口をつぐみ俯くも、恥ずかしさからかまた全身暑くなってきてしまう。


「本当に朱里ちゃんって面白いね」

「からかわないでください。 今、めちゃくちゃ恥ずかしいんですから」

「じゃあ、もっと恥ずかしい事していい?」

「え?」


 急に私の顎を掴み、顔をあげさせ微笑む大和さん。

 いったい何をするっていうのか。


「キス」

「!!」


 そう言ってきた大和さんはゆっくりと私に顔を近付けてくるもんだから、逃げようとすれば腕を腰に回されて逃げられなくなる。


「恋人なら普通でしょ?」

「ッいやいや!! ダメです!! ここ野外!! せめて家でお願いします」

「家でなら良いんだ」

「!!?……いや、その」

「本当に朱里ちゃんって面白くて可愛いなぁ」

「からかわないでください!」


 結局、公園でのキスは免れたが、家では彼に翻弄されてしまった。


 そしてこの後、大和さんから恋人関係という事は魔法使い関係者には絶対に内緒だと言われた。

 なぜ隠さなければいけないのか、それはまた別のお話で。

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