転生したら乙女ゲーム内に出てくるモブ(使用人)だったのに何故か攻略対象に惚れられてしまった

抹茶ロール

 

 突然、柊家にやってきたのは、長い黒髪を靡かせつつもまだ戸惑っている円香まどか様。彼女は旦那様が外で作った子だったような。そして私が恐らく前世でやっていた乙女ゲームのヒロイン。

 確か、こうして連れてこられた彼女は柊家の令嬢として教育され、何処かの御子息と恋に落ちて結婚する話だったような気がする。

 そして攻略人数は五人。乙女ゲームでは一般的な人数だと思うし、よくある性格の五人だったような。




 そんな事を考え、きっと私には関係の無い話だと思っていたのに、円香様専属の使用人になってしまったことで私の運命はガラリと変わってしまったようだ。







優那ゆうなちゃん、うちの使用人になってよ」

「あの、何度も申し上げていますが私が決められるような事ではありませんので」

「んー、これで58回目か」


 目の前で眉をハの字にしながらため息を溢す黒髪でさらさらヘア、タレ目で爽やかな男性は、東雲 元弥しののめ もとや様。東雲家の御子息で、攻略対象の一人である。そんな彼にどうやら私は気に入られてしまったらしい。

 そして、柊家へ訪れる度に彼はこうして私に聞いてくるのである。いい加減、めんどくさいぞ。早く、円香様とくっついて結婚してしまえ!


「元弥様」

「あ、円香ちゃん」

「今日も優那さんにフラれたのですか?」

「うん、そうなんだよ~」


 屋敷の玄関先で元弥様に捕まっていれば、円香様がおしとやかに現れ、微笑みながらも歩み寄ってくる。こんなやり取りもきっともう58回目なのだろう。円香様は元弥様が私を自分の家の使用人にしたいという事を知っている。しかし、彼女はその事に関しては何も言わない。

 使用人の事に関しては全て旦那様に権限があるからなぁ。


「でも優那さんは私にとって大事な方なので、譲れません。申し訳ありません」

「!?」

「お、……おぉ。 わ、わかった。……円香ちゃんがここまで言うってことは本当に大事なんだね」


 円香様は元弥様に深々と頭を下げている。その光景や言葉に元弥様はもちろん、私まで驚いてしまった。彼女が自分からこうしてハッキリと意見を言うなんて今までなかったから。

 柊家に来たばかりは戸惑い、立派な令嬢になろうと必死で、元々自分の意見を言えない子なのか、使用人にも言ったことがなかったのに。

 でも、彼女の使用人になってから私と彼女は、年齢が同じせいか仲良くなり、一度円香様に「優那さんと話している時が一番落ち着く」と言われたことがある。だから円香様なりに私を必要としてくれているのだろう。

 なんだろ、すごく嬉しいし、円香様ってなんて良い子なんでしょう。すごく可愛いよ。


「そうか、じゃあ……本格的に動くしかないかなぁ」

「?」

「じゃあ、俺はこれで」


 しかし、円香様の言葉も虚しく、元弥様は諦めてくれる様子ではなかった。

 何か意味ありげな言葉を残して、柊家を後にした元弥様。その言葉の意味がわからず、私と円香様は目を見合わせ小首を傾げるしかなかった。



 しかし、その意味を知ったのは数日後の事。



 あの日から、元弥様は円香様や旦那様が不在の時でも私に会いに来ては、一本の薔薇の花を持ってくるという異様な行動を始めたのだ。


 最初は勿論戸惑ったし、円香様と早く恋に落ちろとも思っていた。


 なのに……。


 気がつけば、私の部屋には100本の薔薇の花束が完成してしまっていた。

 そして、私の元弥様に対しての気持ちも変わってしまっていた。


 彼が来ればドキドキして、話せれば嬉しくなって、話が出来なかった日は気持ちが落ち込んで、彼が他の女性と話していればモヤモヤした気持ちになって。

 この気持ちの正体はわかっている。でも使用人の私が、本来持ってはいけない感情。だからその感情を捨てたいのに、蓋をしたいのに、もう手遅れなのか気持ちが溢れだし、止まらなくなっていた。



「やぁ、優那ちゃん」

「元弥様、こんにちは」


 今日もやってきた元弥様。いつものようにドキドキして嬉しい筈なのに、胸が苦しくなってきてしまう。だから、もう放っておいてほしいのに。


「どうしたの、顔色悪いよ」

「いえ、何でもありません」


 屋敷の回廊を掃除しながらも、元弥様の顔を見ないよう手を動がしていたのに。元弥様に顔を覗き込まれて、元気がない事を気がつかれてしまった。

 だからといって"貴方の事が好きになってしまったから"だなんて言えるはずもない。

 もう、元弥様の顔を見るのも、声を聞くのも辛い。


「優那ちゃん、最後にもう一度言うね」

「は、はい」


 覗き込むのをやめ、元弥さんは優しい声で言葉を続けた。


「うちの使用人になって」

「何度も申し上げてますが、……私が決められる事ではないので」


 まただ。また使用人になってって。

 だから何で私をそんなに自分の屋敷の使用人にしたいのか。理由がわからない。それに私は他の人より仕事が出来るわけではない。

 元弥様は一体何を考えているんだろう。


「そう、じゃあ本音を言うしかないね」

「ッ!! も、元弥様!!」


 掃除をする私の背後に回り込んできた元弥様は突然私を後ろから抱きしめてきたのだ。

 突然のことすぎて、頭の中がパニックになるも初めて感じる元弥様の鍛え上げられた体に、体温、それに香り。それらが私の鼓動を早めていく。


「元弥様!! 誰かに見られたら大変です! 離れてください!」


 他の使用人や旦那様、それに円香様に見られては大変な事になってしまう。


「ダメ」

「か、からかわないでください」

「からかってない。 俺はいつも本気だった」

「え、あの……」


 早く、離れてと言わんばかりに暴れるも全く離してはくれない元弥様は後ろから私の耳元で囁いてきて。少しだけかかる吐息に、さらに鼓動が早くなってしまう。

 何でそんな事するの。そんな事されちゃ、余計好きになってしまうのに。


「本当はうちの使用人にしてから、言おうかと思ったんだけど……今言うことにするよ」

「え……」

「俺はね、君の事が好きなんだよ」

「!!」


 突然の告白。

 後ろから抱きしめられているせいで元弥様の表情が見えなく、真意がわからない。

 本人は"本気だ"と言うけれど、そんな事信じられるはずがない。だって、元弥様は御子息で私はただの使用人だ。それに東雲家の使用人ですらない。

 なぜそこまではっきりと言えるのか。

 元弥様は私の気持ちを察したのか、理由を教えてくれる。


「初めて柊家に来たとき、君を見かけてね。 最初はただ使用人の中で一番可愛いな、くらいだった。 でも円香ちゃん専属使用人になってから、会うことも増え、円香ちゃんから君の話を聞いて好きになった」


 円香様、元弥様に私の事を話してたんだ。どんな話したんだろう。

 そんな呑気なことを考えている場合じゃないのに、その時の和やかに過ごす円香様がイメージ出来てしまうのは異常なのだろうか。


「不純な理由かもしれないけど、俺は君が好き。それは変わらない。それに君の部屋に俺の想いを表しているものがあるはずだ」

「!!……もしかして、薔薇……ですか?」


 元弥様の言葉で頭に浮かんだのは、部屋に置かれた花瓶の中に並ぶ100本の薔薇。

 あの薔薇が元弥様の想い?


「薔薇100本は〈100%の愛〉」

「!!!」

「そして、はい」

「え……」


 抱きしめられたまま、私の前に出してきたのはまた一本の赤い薔薇。101本目になるこの薔薇には何か意味があるのか。

 バクバクと激しく動く鼓動が元弥様に聞こえてしまうんじゃないかと焦りつつも、ゆっくりとその薔薇を受けとれば彼はまたその意味を教えてくれた。


「101本は〈これ以上ないほど愛しています〉」

「ッ、元弥様……!」

「これで、俺の気持ちが完成した。 本気だと分かってくれた?」

「あ、あの……しかし」

「立場が違うからって理由で断るのはダメだよ」


 今まさに「私はただの使用人ですから」と言おうとしたが、元弥様に勘づかれてしまい、言えなくなってしまう。

 そして戸惑う私に元弥様は「君のホントの気持ちが知りたい」と耳元で囁かれ、気持ちに嘘をつけば良いのか、ホントの気持ちを言ってしまって良いのかわからなくなる。

 でも、元弥様ルートでない場合、彼は幼馴染みと婚約するはずだ。元弥様の幼馴染みはずっと元弥様の事が好きで、元弥様ルートにすると散々嫌がらせをしてきた人物。分かりやすく言えば悪役令嬢だ。

 円香様と結ばれないなら、悪役令嬢と結ばれるはずのストーリーに私なんかが入り込んで話をめちゃくちゃにして良いのだろうか。


「黙ってるって事は、優那ちゃんも俺の事好きだと解釈するけどいい?」

「っい、いや、あの……」

「俺を焦らすつもりなら、止めた方がいい。 それに俺は欲しいものは必ず手に入れるタイプだから」


「ね?」と後ろから私の顔を覗き込んできて、しかも笑顔で言ってくるもんだから、私の鼓動が限界に達しそうになってしまった。

 そしてもう気持ちが、"どうにでもなれ"と投げやりになってしまったせいで、私は彼に自分の気持ちを話してしまった。


「好きです! 大好きです! もう話しているだけでドキドキしておかしくなってしまいそうなくらい……。一人になれば、元弥様の事が頭に浮かんできてしまって、会いたくなって、話したくなって、でも円香様と話している姿を見るだけで胸がキュッって締め付けられるような苦しさがあって、でも私はただの使用人だからって我慢してて。 でもやっぱり私は元弥様が大好きで大好きでたまらないんです!! だから──」

「ゆ、優那ちゃん!!」

「ッ!! はいッ!!」


 投げやりになってしまったせいか、思っていたとこと、余計なことを言ってしまったらしく、元弥様からストップの声がかかり、私はその声の大きさに驚き、体を震わせ、言葉を止めた。

 喋りが止まり、更に強く抱きしめてきた元弥様は、私の肩に顔を埋めたまま黙り込んでしまう。

 その様子にどうしたのかと思うも、正直、勢いで言ってしまったというのもあり、数秒前の自分の発言が思い出せない。もしかして、私失礼なこと言っちゃった?


「あ、あの……」

「優那ちゃん……」

「はいッ」

「無理、耐えらんない」

「え!? どういう意味ですか!?」

「だってさ、好きな人に毎日思われてたって知ったら嬉しいに決まってるでしょ……。 もう……」


 私の肩で唸るように喋る元弥様。どうやら、私の発言が嬉しかった?らしい。どの辺りが嬉しかったのか、自分ではイマイチよくわからないけど、怒らせてしまった訳ではなさそうなので良しとしよう。


「じゃあ、もう何としてでも優那ちゃんをうちの屋敷の使用人にして、それから」

「?」

「俺の恋人になってもらわなきゃね」

「え!!? や、……あの」

「ん?」


 突然の台詞に驚きの声をあげてしまった。

 今この人何て言った!?恋人!? 確かに自分の気持ちを言ったけど、使用人が恋人じゃあダメでしょう!


「私、使用人ですから……」

「だから、そんなの関係ないって。 最初は内緒で、そのうち両親を説得するつもりだから」

「あ、の……両親に説得って」

「え? 俺はもう優那ちゃんと結婚する事まで考えてるけど」


「!!?!??!!??!」




 この人むちゃくちゃすぎる!!




 この直後に旦那様と円香様がご帰宅し、元弥様がお二人に私を自分の使用人にしたいと深く頭を下げていたという事実は、この先、一生忘れないだろう。

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転生したら乙女ゲーム内に出てくるモブ(使用人)だったのに何故か攻略対象に惚れられてしまった 抹茶ロール @yururun

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