第12話  空から降る雪のこと

「風が気持ちいいね」

「そうだね」

「寒いけど、きれいな空気だね」

「ほんとだね」


ぼーっと庭に座り、空を見ている。

寒いけれど、冬特有のキリッとした空気がキライではない。


「ホトリちゃん、ぎゅー」

抱きついてくるミハルを抱き締める。

「はい、ぎゅー」

それだけでうれしそうにクフクフ笑うミハは、まったく変わることなく以前のままだ。


あのとき、なぜミハルがあたしのナイフを奪い、アイツを刺したのか。

それはいまだ謎のままだ。

あまりの衝撃に、「どうして?」と呟いたあたしにミハルは、「ホトリちゃん大好き」と笑った。


司令塔であるはずのアイツを失ってなお、ここでの生活は破綻することなく続いていた。なぜか食事は時間になると出てくるし、それもキチンと一食分減らされている。


咎められるわけでもなく、解放されるわけでもなく、きっともうあたしたちはここで生きていくしかないのだろう。


それでも、アイツという呪縛から自由になれたギンガとコハクは、少しずつ自分たち本来の性格を出し始めている。

なんの罰もなく、支配もない暮らしは、二人の顔をどんどん明るいものに変えてくれていた。


幸せだ、と思う。

大切な二人が自由に笑えるなら、研究所の中だろうが外だろうが、あたしは幸せだ。


「ホトリちゃん、早くお花」

「はいはい」

ぼんやりと考えるともなく考えていたあたしをミハルが急かす。

ベンチから立ち上がって、抱えていた花束をミハルに手渡した。


「はい、どうぞ」

ミハルは小さな丘に花を捧げた。

アイツの眠る場所。

あの夜、二人で必死になってアイツを埋めた。

庭の片隅。ここからは、この施設を全体的に見渡すことができる。

アイツに一番似合う場所。


「ほらホトリちゃん、お手々合わせて」

二人で墓場に手を合わせる。

ミハルは何事か一生懸命語りかけているようだ。

あたしは何も言わない。

言える言葉がいまだに見つからない。


ミハルが不意に顔をあげた。

「ホトリちゃん、ずっと一緒だよ」

ぴったりくっついてミハルが笑う。

「うん、ずっと一緒」

あたしも、そんなことを言ってみる。


嬉しそうなミハルを見ていたら、あれほどまでに何も出てこなかった言葉が沸きだしてきた。

浮かんできた言葉を心の中だけで語りかける。

「愛してました。殺してしまいたいほどに」

初めて伝えた恋心。


一度も声にしたことのないその思いは、このままあたしの心の中で朽ち果て、崩れ落ちていくのだろう。


それでいい。

それがいいんだ。



----------



空から雪が降ってきました。

真っ白で、ふわりと風に揺れて。


それを見た少年は言いました。

「ねぇ、空から雪が降ってきたよ。きれいだね」

もう一人の少年は言いました。

「おい、空から雪が降ってきたぞ。早く入らないと風邪引くぞ」


ほんのり冷たい雪でした。

手のひらに落ちてきたそれは、何も言わず、静かに静かに消えてゆきました。




-羽根と爆弾・完-

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羽根と爆弾 マフユフミ @winterday

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