第10話 とある決意のこと

その日、あたしは珍しく長い一人の時間を過ごしていた。

いつもなにかと絡んでくるミハルはギンガとお花を摘みに行っているし、コハクはアイツの施すカリキュラムのため研究室に籠っている。


何もない午後、ベッドの上に腰かけたまま、ほんの少しの白い雲が流れていくのを見ていた。

こんなにも一人で時間を過ごすなんて、いつぶりだろう。

一人の時間はあたしの思考を自由にする。

そしてあたしはいつになく、思いつくまま様々にゆるやかに思考を巡らす。


いつから壊れてしまったのだろう、なんて考えている。

あたしたちは壊れている。それはもう確実に。

それを正すために一体何をすればいいか。

そもそも、正すべきなのか。


考えても考えても、答えは出ない。


そもそも、あたしたちが壊れていなかったことなんてないのだ。

だってあたしたちは、その出会ってから今まで、いついかなるときも間違いなく壊れていたから。


その始まりを知らない。

アイツがミハルを好きになってしまった時なのか、人を善と悪に色分けする人体実験を行うことを決意した時なのか。

いずれにせよ、アイツが原因の一つであることだけは揺るぎのない事実だ。


アイツはきっと、どこか歪んだ思考の持ち主だったのだろう。

それがなぜか、純粋に恋なんてものをした。

だから壊れてしまったのだ。こんなに歪に、もうほどけないくらいに。


でもあたしはそれを恨むことはできなかった。

だって、あいつが好きだから。

認めなくなかったこの感情も、これほどにまで育ってしまえば目を背けてはいられない。

こんなおかしな状況であんな奴に惚れてしまったあたしにとって、自分自身が壊れてしまうほどの恋をしたアイツは尊敬に値する。


これは報われない恋の物語だ。

あたしは憎むべき相手を好きになってしまった。

そいつは愛の向け方を間違って、愛していた少女の精神を崩壊させた。

少女は無条件にあたしを味方だと信じた。

少女の生み出した命たちは、抑圧された本来の自分の姿に恋い焦がれた。

もう、目も当てられないほど報われない恋。


だからあたしは一つの決意をした。

もう、壊してしまおう、と。


報われない思いを抱えたままただ終わりを待つ日々は、あまりにむなしく空っぽで。

でもそこに意味を持たせることは、限りなく不毛なやりとりで。


だから、壊せばいい。


だって、もう、動けない。

この歪な形から、誰もが身じろぎせずにここにいる。

それって何か意味のある事なんだろうか。


これまでずっと息をひそめて生きてきた。

愛を愛だと認めることすらできず、明らかな解決策も持たず、ただ流されるままで。


それでもきっとそんな大それたことではないのだ。たぶん。

ただきれいな空気を吸いたいだけ。

ただ自由に呼吸したいだけ。

あるがままの姿で生きていたい。

願いなんて、それぐらいのもので。


そんなささやかな願いのために、あたしは今ここにあるすべてを投げ出そうとしている。


守りたいから、なんて言ったら、あの子は笑うだろうか。

あなたたちを救いたいから、なんて言ったら、あの子は舌打ちをするだろうか。

愛している、なんて告げれば、アイツは驚くだろうか。


それでいい。

そのままでいい。

だって、きっと否定はしないでしょ?あたしのすること。

あの子もあの子もアイツも、心のどこかでもう動くことのできない自分自身に気づいているから。

どこかで誰かが風穴を空けてくれることを、心のどこかで待っているから。


壊れるのは、あたしだけで充分だ。

ミハルは昔のミハルではなくなってしまったけれど、美しさや純粋さはあの頃のままで。

だからあたしみたいに、壊したくなかった。

ミハルがその精神のすべてを引き換えに産み落とした二つの命。

アイツの遺伝子を受け継いだ、ギンガとコハク。


ただ全てを終わらせるだけ。

この無理やり引き延ばしてきた白い時間に終わりを告げるだけ。


だからあたしは、この羽の下に密やかにナイフを隠す。

そしてあたしのすべてを込めて研ぎ澄ましたこのナイフを、アイツの胸へと突き立てるのだ。

そこにこっそりと、愛を忍ばせて。




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