第6章 疾走⑦

私とエルマの危機を察知した4体の魔女の霊体たちは、救援のために即座に反転したが、その行く手は幽鬼(ファントム)たちに遮られた。

「参ったわね。」

こちらを肩越しに振り返るエルマの顔からは余裕が消えていた。

「ごめん、流石にピンチかも。」

ミラルダの合図で、幽鬼たちが一斉に石弓を構えた。

「怖れる必要はないわよ、エルマ。」

ミラルダの顔には勝利の笑みが張り付いていた。

「死ぬ時間がきただけなのだから。」

ここが、限界だった。

私は即座に馬から降りると、エルマとミラルダの間に進み出た。

「あら、どういうつもりかしら、坊や?素直に私の元に来る気になった?それとも、まさかとは思うけど、そのおてんば魔女をかばうつもり?」

ミラルダは嘲笑いながらも、幽鬼たちへ待機するように指示した。

「ラルフ君、貴方正気!?」

慌てて右肩をつかんだエルマの手を、私は振り払った。

私は自分自身を落ち着かせるために、短く深呼吸した。

「エルマさん、今から奴らを無力化します。巻き込むかも知れないので、タイミングを見て僕から離れてください。」

ミラルダの表情が一瞬、硬直したが、直ぐに口の端を吊り上げた。

「私達を無力化するですって?貴方が?たしかに王の素質はあるけれど、今の坊やには何の力もないのよ。貴方にできることなど、なにもありはしないわ。さあ、大人しく私の方へ…何をするつもり?」

私はミラルダの挑発を無視して目を閉じると、エルザ師匠の教えを頭の中で繰り返しながら、鍛練での感覚を呼び戻した。ほんの一瞬、私の思考は過去の時間へと巻き戻っていた。


「まずは『目を閉じ、第三の眼を開け』。」

暗闇の中で、エルザ師匠は何度も同じ言葉を繰り返した。燃え盛る呪術の炎に周囲を囲まれながら、私は座禅を組んで瞑想を続けていた。身体中から滝のように汗が流れだし、炎の熱気は皮膚の下の肉をも焦がし、血液を沸騰させるようだった。

エルザ師匠の不死人への鍛練は、肉体だけではなく、精神を、いや、魂(ソウル)そのものを鍛えるものが多く、その鍛練方法は修行僧さながらだった。

炎の外からエルザ師匠の声が響き続けた。

「不死人に至る第一歩は、"闇の中に魂(ソウル)を見いだすこと"だ。意識を己の内に向け、自分の中の闇と向き合うのだ。己の中の魂(ソウル)に形を見いだすことができれば、自ずと他者の魂(ソウル)を透視する眼が開かれる。」

肉体で感じる感覚を全てシャットアウトし、意識を己の魂(ソウル)に向ける。まるで、自らの内蔵を手でこねくりまわすようなひどい違和感の中で、私はついに、自分の中の『暗い魂』と呼ばれる暗い"穴"の形を見いだしていた。その穴は綺麗な円形で、深さは底が見えないほどに、どこまでも深淵の底を映し続けていた。。。


額に開かれたイメージの『第三の眼』で、私は周囲を見渡した。

『第三の眼』で視る世界は、通常の視覚で見る物とは大きく異なっていた。紅葉が映える彼方の霧降山の山嶺も、冬枯れが始まる黄金色の草原も、突き抜けるような青の秋晴れの空も、全てが無色で輪郭がぼやけていた。

私の視界の中には、エルマや、霊体召喚された魔女を含めて、6体の魔女の魂と、9体の幽鬼(ファントム)たちの魂が写っていた。

魔女の魂は、それぞれに形や色、光の輝きに違いがあった。エルマの魂(ソウル)は小さいが、新緑を思わせるような、鮮やかな色彩に輝いていた。霊体召喚された魔女たちの魂は、あくまでも転写された物のためか、いずれの魂も淡白な灰白色で、鈍く光っていた。

ミラルダの魂(ソウル)は、彼女の瞳と同じく、暗く淀んだ沼のような暗い色だったが、それでも光を放っていた。形は不定形で常に揺れ動き、その表面には燻るように炎が灯っていた。

一方で、幽鬼(ファントム)たちの魂(ソウル)は、一切の光も色彩もなかった。彼らの魂(ソウル)の形は歪んでおり、その色は、どこまでも暗く、まるで。。。

思索にふける余裕は無さそうだった。幽鬼(ファントム)の内の一体の魂(ソウル)が、私に向かって急速に近づいてきていた。魂(ソウル)を透視する時は、肉体への意識を極力カットするため、私はすぐに身体を動かすことができなかった。

正面から首を捕まれたようだが、その感覚さえも曖昧なものだった。

このままでは肉体の方が先に持たないと判断した私は、次の段階へと進むことにした。

「『解放せよ。』」

頭の中でエルザ師匠の声が、洞窟の中の反響のように何度も私の脳を揺さぶった。

「『解放せよ、暗い魂を。人間の闇が溢れだす、暗き太陽の印を。』」

私は幽鬼(ファントム)の腕と交差するように、そっと両手を前に差しのべた。

そこに出現する、自らの魂(ソウル)の姿を思い浮かべながら、そっと慈しむように呟いた。

「『我が深淵の穴よ、炎の封を破りて顕現せよ。全ての暗い魂よ、この太陽の元へと参集せよ。玉座はここに在りて、全てを待つ。』」

『第三の眼』で視る無色の世界の中に、風が巻き上がった。

差しのべた私の両の掌の上には、ぽっかりと世界に穿たれた小さな穴が空いていた。

どこまで、深く、暗い穴からは、今にも溢れだしそうな深い深い闇が私をじっと見返していた。

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