第6章 疾走④

「異端者(イレギュラー)だって…?」

私は極力相手の言葉に耳を傾ける素振りを見せた。渡り烏に繋がる情報を引き出すためにミラルダを饒舌にさせる必要があったのだが、もうひとつ、近くに隠れているであろう『深い森のエルマ』が、ミラルダに奇襲をかけるための時間を作る目的もあった。

ミラルダは自分自身の話に酔っているのか、上機嫌で話を続けていた。

「そうよ、神様が造ろうとする世界に現れた異物。『不死人の英雄』、『闇の王』、かの者を呼び表す名前はいくつかあったけど、多くの人々は彼をこう呼んだわ、『暗い灰』と。」

ミラルダは慰霊婢に腰かけたまま、足をぶらぶらと遊ばせた。

「神様は『暗い灰』を殺すためにたくさんの刺客を差し向けたわ。だけど、『暗い灰』はそのことごとくを打ち倒した。

困り果てた神様は、考え方を改めたわ。『殺すことができないのなら、不死であるままその力を利用しよう』とね。神様は『暗い灰』に更なる力を与えるとそそのかし、神様の力の源である『原初の炉心』に『暗い灰』を呼び寄せた。神様は『暗い灰』を炉心の中に突き落とし、その不滅の肉体を燃やすことで、永遠に『原初の炉心』を動かすための薪(まき)にしようと考えたの。だけど、その目論みは大きな誤算だった。」

そこまで話すと、おもむろにミラルダは腰かけていた慰霊婢からぴょんと飛び降り、ゆっくりと私に向けて歩を進めてきた。

私は後ずさりしたい気持ちを我慢しながら、ミラルダを睨み付けた。ミラルダの淀んだ瞳が近付いてくるごとに、私は全身の肌が粟立つように感じた。

目前に迫ったミラルダは、まばたき一つせずに私の目をのぞきこんできた。まるで私の瞳の中にとびきり魅力的な宝物でも発見したかのような好奇心に満ちた眼差しだった。

「『暗い灰』が『原初の炉心』に突き落とされてからしばらくたった後、人間たちの中に、再び不死人が現れだしたの。しかも、大量にね。不死の力はもはや特別な物ではなくなり、世界の秩序は大いに荒れ始めた。神様はあわてて原因を探ったわ。やがて、神様は自分が重大な過ちを犯したことを知った。『原初の炉心』から吹き上がる噴煙の中に、ほんの少しだけ、暗い色をした塵が混ざっていたの。『原初の炉心』の噴煙は世界中に撒き散らされていたから、人間たちの多くがその暗い色の塵を吸い込んでいたことは容易に想像できた。」

ミラルダの淀んだ瞳が私の視界いっぱいに広がった。

私は深淵の底に繋がるような暗い穴をのぞき返しながら、思わず自らその中に身を投じたくなるような強烈な欲求に駆られた。

「その暗い色をした塵こそが、まさに人間たちを不死人に変えた原因だった。すなわち、死すべき定めの人間を不死の存在に作り変える呪いの源、『暗い灰』と呼ばれた最初の不死人だけがもっていた、『暗い魂』の欠片が人間たちを不死人に変えていったのよ。」

興奮したミラルダの吐息が私の鼻腔をくすぐった。新しい墓の下を掘り返したような腐敗臭は、しかし、このときだけは甘露のように私の魂(ソウル)を誘惑し、全身の感覚が麻痺したように動けなくなっていた。

「私の『魅了』魔法に簡単にかかってくれるなんて、可愛いぼうやね。貴方は闇の王として、ふさわしい素質をもっているけれど、器としてはもう少し成長を待ちたいところだわ。」

耳元のそばでミラルダの囁き声が聴こえていた。

私は今にも手放してしまいそうな意識の糸を手繰り寄せることに必死だった。

ミラルダの声が神の啓示のように、なおも私の脳を揺らし続けた。

「私はね、その光景を見てみたいの。私の何代も前のおばあちゃんから語り継がれてきた、『深淵の底』と呼ばれた時代。世界中が不死人で溢れ、己の糧とするために他者の魂(ソウル)を喰らい合う、凄惨で、狂気的で、それでいて美しいその景色をね…!」

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