第6章 疾走③

奇妙な気配を感じ、私は追憶から引きずり戻された。先ほどまで散発的に響いていた鳥たちの鳴き声がぱったりと止まり、辺りは不気味な静けさの中に沈んでいた。

私は周辺を警戒しながら、ゆっくりと村の中央広場まで引き返した。

そこで、私は慰霊碑の前に佇む黒い影に気付いた。とっさに物陰に身を潜めた私は、目だけを覗かせて、その異様な人影を観察した。

複雑な模様で埋め尽くされた黒色のドレス、スカートからのぞく細い足、西日に作り出された影絵のごとく、空間の中にぽっかりと開いた異質な存在感。

それは紛れもなく、6年前に遭遇した魔女の姿だった。

「賑やかで良いところね。死んだ人間たちの魂(ソウル)が全て吸い付くされて、無くなった後でも…」

ミラルダは慰霊碑に向けていた顔を人形のようにぐるりと回転させると、沼の底のように淀んだ瞳を私に向けた。

「ここで起きたことが楽園(地獄)での出来事のように想像できるわ。恐怖の中で、必死に生き延びようとあがいた魂(ソウル)たちの、阿鼻叫喚の痕跡があちこちに染み付いているもの。」

そう言うと、おかしくて仕方がないように、肩を震わせてクスクスと口許を押さえた。

私は物陰から立ち上がると、真っ直ぐにミラルダを睨み付けた。

「なぜお前がここにいる?お前の欲しいものは魔女の魂の保管庫のはずだろう。こんなところに用は無いはずだ。死者を悼む気がないなら、早々に消えろ。」

私の声は怒りと緊張で震えていた。ミラルダの存在そのものが、この村で死んだ人々への冒涜だと感じてさえいた。

死人占い師は酷薄な笑みを顔に張り付けたまま、ヒラヒラと手を振った。

「せっかくの再会なのに、ずいぶんと連れない言い方ね。私がここに出向いたのは、直接貴方を迎えに来たかったからよ。確かに、保管庫は欲しいけど、アストラエアったら、シーレに捕まったまま、北の城壁の中から出てこないもの。このまま待っていても時間の無駄だし、それに、もうひとつ、欲しいものが出来たことだしね。」

そう言うと、ミラルダはスカートの端をつまんで、貴人のようにうやうやしく礼をした。

「お迎えに上がりました、我らが君主。闇の王子よ。不死人たちの王として大成し、我らの暗い魂をお導きください。」

呆気に取られる私に、礼を取った姿勢のまま、ミラルダはいたずらっぽく片目をつぶって見せた。

「言ったでしょう?いずれ、貴方を迎えに来ると。エルザは暗い魂を上手く熟成させているようね。ほどなく、貴方は真の不死人として覚醒し、尋常ならざる力を手にするわ。そして、この世界は再び『深淵の底』に堕ちていく。貴方を闇の王として、玉座に据えることによってね。」

相変わらず、ミラルダの言っていることは理解に苦しむ内容だったが、少なくとも、この場で私を殺す気がないことはわかった。私は少しでもミラルダから渡り烏の情報を引き出せるように頭を回転させた。

「不死人の王などと言われても、俺には意味がわからない。何故そんなものを求めるんだ?お前の目的はなんだ?」

「あら?私の話に興味を持ってくれるのね。今回は邪魔は入らないようだし、貴方も無知なままでは大事な決断はできないでしょうから、少し昔話をしてあげようかしら。」

ミラルダは上機嫌な足取りで慰霊婢に近付くと、その上に腰を下ろした。私は胃が煮えくり返りそうな思いがしたが、歯をくいしばって耐えた。

ミラルダは夢でも見るような、うっとりとした表情で空を見上げながら、語りだした。

「古い古い時代、魔女と凶竜たちの戦いが起こるよりも、さらに昔、人間たちは神様に守られて文明を築いていたわ。人間たちは神様に捧げ物を献上し、神様たちはそれに応えて、様々な知識や資源を人間たちに与えていた。一見それはとても平和な世界だったけど、でも、人間は神様が決めたルールから外れることはできなかった。

あらゆる人間たちは神様が望むように生き、神様が望むように死んでいった。でも、ある時、人間の中に神様にとっての邪魔者が現れた。神様が造ろうとする秩序を壊してしまう者。彼は人間が必ず迎える死の運命を乗り越えた存在だった。彼は人間たちの間で不死の英雄と謳われ、ほかの人間たちを率いて、神様のルールに従わない国を造ろうとした。

神様はお困りになったわ。人間は救われることを望んでいないのかってね。それでも、神様は人間を愛していたから、手を差しのべたかった。だから…」

ミラルダは空を見上げる角度から頭をひねって私に目を向けた。

「その邪魔者を殺すことにした。神様にとっての異端者(イレギュラー)をね。」

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