第5章 暗い魂の炎③

「人間の不死化…!?」

人間がもつ秘められた力について、唐突な情報の開示に私の頭は理解が追い付かなかった。

「それは、人間が魔女のように不老不死になるということでしょうか?」

私にとって、不死である、ということは、エルザ師匠や他の魔女のように、長く生きられるということだと理解していた。しかし、私からの質問にエルザ師匠は首を横に振った。

「いいや。魔女のように"不老"であることと、"不死"であることは違うものだ。確かに魔女の肉体は時間によって衰えることがなく、何もなければ悠久の時を生きながらえることができるだろう。しかし、先ほども説明した通り、魔女を殺す方法は存在するし、現に、これまで多くの魔女が肉体を破壊され、その魂は保管庫に移動している。そういう意味では、魔女であっても死から逃れられるわけではない。一方で、暗い魂を覚醒させた"不死人"には、死という概念そのものがない。不死人となった者の魂は不滅であり、例え肉体が傷つき、滅びたとしても、ある条件の元で完全な復活が可能だ。しかも、無制限にな。」

その時の私はエルザ師匠からの説明を完全に理解できたわけではないが、それでも"不死人"という存在が、この世で異質な物であることは理解できた。

「でも、僕がその"不死人"になれたとして…」

言葉に出したことで、自分が不死になるということそのものに言い知れない恐ろしさを感じたが、それでも、私は最も重要な目的について忘れることはなかった。

「それで、あの渡り烏に勝てるのでしょうか?ただ死ななくなっただけでは、あの恐ろしい魔女に勝てるとは到底思えません。」

私の疑問に、エルザ師匠は大きくうなずいた。

「その通りだ。例え不滅の身体を得たとしても、相手を打倒できる力を持っていなくては意味が無いだろう。そこで、ユーリアの研究書の中には、不死人が持つもうひとつの力が示されている。」

エルザ師匠の指先が、開かれたページの最後の文章の上を滑った。

「『不死人は魂(ソウル)の器なり。その肉体は死者の魂を引き寄せ、その力を我が物とする。』」

エルザ師匠はそれだけ読み上げると、椅子の背もたれに身体を預け、研究書に視線を落としたまま説明を続けた。

「端的に言うと、不死人は死んだ人間の魂を取り込み、その魂に由来する力を己の力として使うことができる、ということだと私は理解している。

我々が魂と呼んでいるものは、通常であれば、目に見える物ではない。だが、ユーリアは生物に宿る魂のことを、"孔(あな)"と表現していた。魂とは私たちが生きるこの世界とは異なる場所につながる洞窟の入り口であり、私たちはその洞窟を通じて異次元の空間からエネルギーを取り出し、生きるための糧としているということだそうだ。」

この時点で、私はエルザ師匠の説明について行くことができなくなったが、彼女は独り言のように続けた。

「不死人は、死んだ人間の持っていた魂をその身に集め、そこから取り出されるエネルギーを己の肉体の強化に利用することができるとユーリアは言っていた。だが、その効果が具体的にどのような形で表れるのかについては、私も知ることはなかった…」

しばらく研究書に目線を落としていたエルザ師匠は、やがて顔を上げるとまっすぐに私を見つめた。

「ラルフ。お前自身の手で渡り烏を討ち取りたいと思うのなら、暗い魂を覚醒させ、不死人となる選択をするべきだと私は思う。だが、一度その道を選べば、もう後戻りすることはできない。私の教えを受けたいのであれば、不死人となるか、復讐を諦め、普通の人間として生きるか、今ここで決めろ。」

私は椅子から立ち上がると、テーブルの上に身を乗り出し、エルザ師匠の目をまっすぐに見上げた。

「エルザ師匠。僕を"不死人"にしてください。そのためなら、どんな鍛練でもこなして見せます。」

エルザ師匠の深い深淵から沸き上がる水源のような青い瞳を見つめながら、私は未だ得体の知れない"暗い魂"とやらの力を享受する覚悟を決めた。その決意が、大きな代償を必要とすることを知る由もなく。


エルザ師匠は黙したまま私の目を覗き込んでいたが、諦めたように顔をうつ向けると、ユーリアの研究書を手に立ち上がった。

「今日は家事はやらなくていい。明日からの訓練に備えて、身体を休めておけ。」

そう言って書庫へ入ろうとするエルザ師匠の背中を私は呼び止めた。

「師匠は、ユーリアという人が、渡り烏だと思いますか?」

エルザ師匠はドアに手をかけたまま、硬い声で答えた。

「可能性が無いとは言えない。ただ、」

エルザ師匠はこちらに向き直ると、珍しく悲しげな表情を浮かべていた。

「私が知る彼女は、人間を虐殺するような魔女ではなかった。先生は…ユーリアは母の友人であり、私の命の恩人であり、なにより、私に生きるための力と希望を授けてくれた人だった。」

そう言うと、また背中を向けた。

「ユーリアの最期を看取ったのは私だ。仮に『墓守りのミラルダ』のように魂を分割して生き残る術を持っていたとしても、それを悪用する人だとは思いたくない。」

それだけ言い残すと、書庫の中に入っていったまま、夕食の時間まで出て来ることはなかった。

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