第二話 スライムすーちゃん会話する

すーちゃん氏の話すところによると、すーちゃん氏がリー&ライで私の小説を見つけたのは、それほど昔ではないらしい。

「一年ほど前だと思うのだが、英語の学習をしていたんだ。最新の、いわゆるジャーゴンやスラングを学びたくて、インターネットが使える所に忍び込んで、アクセスが活発な掲示板に出入りしていた」

すーちゃん氏はスープ皿に注いだお茶(コップに入れるとすーちゃん氏には飲みにくい気がしたので)に身体の一部を伸ばして浸しながら話す。

「掲示板のやり取り読みこなせるだけで、かなり英語読めてる気が……あー、でも言葉って生き物だから、どんどんわかんない単語はできるか」

しかも、私と話せる時点で日本語にも不自由ない事がわかる。少なくともバイリンガルなのか。すごいなすーちゃん氏。

「そこで、第二ルネッサンスの話になっていた。西暦二千年前後の文明復古を目指そうという派と、縛られずに独自の発展をすべき派で議論が交わされていた」

「高等な議論だね……」

スーパーで適当に買った半額惣菜を適当に口に運びつつ相槌を打つ。わびしい食事だと思わないでほしい、今の日本じゃ夜半に開いてるスーパーが徒歩圏内にあるだけで、ものすごく都会なのだ。

西暦二千年前後の百年は、紙ベースで知識や技術が残っている最後の時代だ。それ以降のものは電子ばかりになり、まったく耐久力がなかったので、大国同士の争いとそれに被さった氷河期で失われてしまった。発掘した紙上での知識と技術をなぞるようにして、もう一度立ち上がろうとしているのが、今の人類というところである。

でも、人間、余裕ができるとグチグチ言うんだよね。既存の発明にとらわれなければもっと素晴らしい発展の道が、とか、同じ文明を繰り返せばまた破滅が、とか。

だからって私は今の生活を捨てるのはごめんだ。女一人でも働いて食べて行けて、狭いとはいえ家電ひと揃えと部屋が手に入れられて、いつでもネットにつなげて、小説も書ける今の生活の素晴らしさを否定しないでほしい。

「でも、そこから私の小説とどうつながるの?」

首を傾げると、すーちゃん氏はお茶を飲み終わったらしく、スープ皿から身体の一部を回収しながら言った。

「そこから各国の第二ルネッサンス程度の話に移行した。日本の話が出て、アマチュア小説界の第二ルネッサンス程度は非常に高い、当時と同じように異世界転生物が溢れていると」

私は苦笑した。

「そうね、そうだよね、その中で私はひねくれ者だよね」

今の日本は大して豊かな国じゃない。西暦二千年前後の三十数年は、いいところまで行ったのに、そこから真っ逆さまに坂を転がっていくような凋落っぷりだったらしい。一番の原因は不況だけど、地理的な問題もあったそうだ。アメリカ大陸、中国、ロシアに挟まれて、特にアメリカ大陸に逆らえなくて、じわじわ弱っていたらしい。もちろん日本人の閉塞感が半端ない訳で、そんな中、人はサブカルチャーに夢を見た。こことは違う世界なら活躍できる。こことは違う世界ならお金に困らない。こことは違う世界ならハーレムだって有り得る、行けるならゲームや漫画でよくあるファンタジックな世界がいいな。

そして異世界転生物が乱立した。意外なことに、アマチュアライトノベルがその先陣を切った。創作コストが安いもんね、漫画やゲームに比べると。

なぜ私が妙に詳しいかというと、第二ルネッサンスに関わりまくってる従兄にSNSで色々教えてもらっているからだ。彼は第二ルネッサンス拒否しまくりの国にて、もう十年以上外交のため頑張っているが、たまには実家に帰って伯母さん夫婦を安心させてほしい。

すーちゃん氏は言葉を続ける。

「ひねくれているとは思わないが、その反証としてあなたの小説一覧が紹介されていた。作品数はそれなりにあるのに、異世界転生を皮肉るか、転生しないものばかりだと」

「そういうつながりだったの……」

海外にも読んでくれている人はいるらしい。

私は、出来るだけ異世界転生、それも戦闘チート物を避けて小説を書き続けている。別に嫌っているわけじゃないけど、つらい現実を生きるためのエネルギー補給なら、もっと色々なジャンルもあるだろうと言いたいのだ。一度くらい経験したほうがいいかと、異世界転生物を書いたことはあるが、異言語を全て理解できる能力を主人公に与えただけで、あとは素っ裸に剥いて異世界に放り込んで話を初めてしまった。架空の女性とはいえ気の毒なことをした。

「きっかけはそれだったが、あなたの小説は別の方面で驚いたし、感動したんだ」

「そ、それはどうも……照れるな」

「あなたの小説は、一貫して相互理解、そして互いを尊重することを書いていると感じた。これでもリー&ライの紅木空アカウントの小説は全部読んだ。最初のシリーズ『君が嫌いな君が好き』からして、主人公が好いた女性を理解するために奔走する話だったし、最新の完結作『通訳能力ひとつで異世界生きのびます!』も、主人公が通訳をすることで、異種族との意志疎通を取り持って戦争を回避するし、互いの文化の理解を助ける事で外交をスムーズに行えるようにするし、最終的に主人公自身が恋人のトラウマを理解して寄り添う話だ」

感想というか、書評の様なコメントをもらってしまった。照れるけれど、ものすごく嬉しい。思わず顔がにやけてしまう。

「えへへ、知りたいって気持ちは、人を動かす原動力になるからね……知りたい相手が好きな人なら、なおさら。わかり合えない所もあるかもしれないけど、まず知ろうとしなくちゃ、わかり合えない部分があることすらわかんないし、わからないんだってことを知って、でもその部分も尊重するってこともできない」

人の気持ちを読み取るのは難しい。本音と建前、言語と非言語、ファッションにメイク。その他さまざまの、すべての要因を総合して読み取らないといけない。

……だから、失敗しがちだ。だから、リアルでは……。

私は頭の中の連想を打ち消した。せっかくのうれしい気持ちを暗黒でつぶしたくない。

すーちゃん氏の表面がさざ波のように震えた。

「そういう考えの下で、あの小説たちは書かれていたのか……。あなたは後書きページを書かないし、感想コメントの返信にも創作動機には触れないし、非常に貴重な話を聞けた気がする……」

そう言われて私はまた苦笑した。

「後書きとか裏話とか、人の作品のを読むのは好きなんだけど、自分で書くのはまた別になっちゃうんだよね。書こうと思えばネタはいっぱいあるんだけど、ありすぎてそっちばっかり書いちゃって、小説の方書かなくなっちゃいそうで。そしたら本末転倒だから」

「確かに、メインディッシュなしでのデザートは成り立たない。メインディッシュとデザートどちらを取るかと言われたら、それはメインディッシュの方だ」

すーちゃん氏は納得してくれたようだ。透明な黄緑色の体が上下にゆれる。確かに、節度をわきまえた後書きや裏話は、甘いデザートのような満足感を与えてくれる。

「まあ、そんな感じ。でも、すーちゃんはわざわざ来てくれたんだから、たまにはデザート攻めもいいかなって思うの。今日はもう遅いから、食べ終わったら、いったん切り上げたいけど、明日明後日は私休みだし、もっと時間とっていっぱい話せると思うから」

「もっと、たくさん聞いてもいいのだろうか」

すーちゃん氏は左右に伸びたり縮んだりした。

「うん、答えられることならいくらでも」

文章書きとして、書評や感想をもらえたらうれしくないわけがない。アンチコメントだとしても、相手は対象の作品を読むのに人生の限られた時間を費やしているわけで、その部分にだけは敬意を払いたい。初めて会う好意的な読者が人外なのは予想外だったけど。

「ごちそうさま。お茶の皿下げていい? それともおかわりいる?」

「十分いただいた。これだけあれば十日は補給の必要はない」

「ずいぶんエコなんだ……」

まあ、食費がかからないのはいいことだ。自分以外の食事を三食用意する必要がないのもありがたい。総菜いくつかの乗っていた容器を捨てて、皿を洗って乾燥棚に置いておく。

時計を見ると、もうかなり遅い。今日はいわゆる花金という奴だけど、私はいつも土日は引きこもって小説書きに熱中したいので、金曜は土日に備えてとっとと寝ることにしている。三十路入ると普通に睡眠不足こたえるし。

「えーと、私は歯磨いたら寝るけど、すーちゃんの寝る所どこにしようか? 何か希望ある? それとも貯水槽の方に帰りたかったりする?」

テーブルのほうを見てそう聞くと、すーちゃん氏はまた左右に伸び縮みした。

「寝る所……意識が途切れたことはないので、おそらく睡眠は必要ないのだが、力を抜くと体が際限なく広がってしまうので、この体の体積が収まりそうな箱か何かを借りられるとありがたい」

「箱か何か、ねえ」

モルモット大のものが収まるサイズの箱ってあったっけ。ていうか今までって、すーちゃん氏は相当体に力入れてたのか。睡眠もいらないって、プロフィールが明らかになるにつれて究極生物に近づいてないか?

キッチンの物入れを探ると、もらい物のお菓子か何かの紙箱が大きさ的によさそうだったので、ほこりがついていないか確認してからすーちゃん氏に差し出す。もにょんと形を変えて箱をのぞくすーちゃん氏。

「これなら、ちょうどいい。ありがたい」

そのまま、にゅるにゅると箱に入っていく。全部入るとすーちゃん氏は力が抜けたようで、箱の中の角の所まで透明な黄緑色で満たされた。

「ならよかった。それじゃ、まあ、長旅の疲れをとってください」

洗面所に行って歯を磨き、明かりを消してテーブルのすぐ横にあるベッドにもぐりこむ。食べてすぐ寝ると牛になるというけど、もういいや、遅いし疲れたしおなかいっぱいだし。すーちゃん氏はヒマかもしれないけど。ネットはつなぎ放題にしてあるから、パソコン使ってくれてもいいし、それこそ英語の勉強に掲示板見てもらっても……。

「あれ?」

すーちゃん氏、英語は勉強しないと使えない感じだよな。日本語は? 元から使えたの? それともやっぱり勉強したの? どうやって? どこで?

「あのう、一つ聞きたいことがあるんだけど」

テーブルの上の箱に語りかけると、暗い中でもすーちゃん氏の触手らしきものがぴょいと出てくるのが見えた。

「なんだろうか?」

「すーちゃんは日本語ペラペラだけど、どこで話せるようになったの? もともと話せたの?」

返事は、すぐには返ってこなかった。触手らしい物が迷うように左右に揺れてから、すーちゃん氏の声がした。

「……初めは、というか三十年と少し前までは、人間の言葉は全くわからなかった。三十年少し前、言葉を学ぶやり方をやっと思いついて、それでやっと会話ができる程度に日本語を覚えたんだ」

「やり方? 日本語講座でも聞いたりしたの?」

「いや、どの言葉も理解できなかったから、そういう教材を聞いても無駄だった。本当に一から覚えないとだめだったので、その……」

すーちゃん氏の声は言いよどんだ。確かに何一つ言葉を知らないんじゃ、ラジオ講座みたいなのがあってもわかるはずがないけど、じゃあ何して覚えたんだろう。

「どうやって覚えたの?」

答えを促すように聞くと、衝撃の返事が帰ってきた。

「……その、生まれたての子供を選んで、その子の目と耳に、意識が保てるギリギリの大きさで取り付いて、その子供が言語を学ぶ過程を参考にして日本語を身につけた」

「はあ!?」

「いや、その子に全く害は与えていない、安心してほしい、本当に薄く小さいサイズで取り付いたんだ、コンタクトレンズよりも薄くだ、15年ほど取り付いていたが成長に全く問題はなかったし、今は立派に成人している。私が取り付いた右目と右耳からの老廃物が少なかったかもしれないが、こちらも生存のため多少の水分と有機物が必要だったので」

そりゃ赤ちゃんはゼロから言葉を覚えるわけだけど、ちょっと力技過ぎやしない!?

「まさか英語もそうやって覚えたの……?」

「いや、十五年の間にその子が英語の基礎を学んだので、それを取り掛かりにして、その子から離れたあと英語圏に移って学んだ。主に英語を覚える専用のテキストや音声で」

「そ、そう……」

十五年といえば赤ちゃんが中学を卒業する年月なので、その子は英語もすーちゃん氏とともに触れたのだろう。英語なら、こんな極東の落ちぶれ島国の言葉より、よっぽど役に立つし。

……ほんのちょっとの疑問だったのに、驚いて目が覚めてしまった。そういえば、誰かとこんなに話したのは久々だ。仕事でのやり取りはあってもごく簡素だし、そもそも私は文字以外でのコミュニケーションが苦手だし。

だから、私はもうずいぶんの間、メールやチャットでしか人とやり取りしないようにしてきた。ネットを通して、文章を通してしか人と関わらないようにしてきた。


そう、土日に適当にファンサービスしたら、それですーちゃん氏を帰途につかせればよかったのだ。

それで、私の生活は元に戻るはずだった。

世間から見ればただの干物女だけど、それほど時間的拘束のない仕事で生活費を稼いで、残りの時間はできるだけ小説を書くのに費やして、それをネットに流して、もらえる感想にささやかな満足感を持つだけの生活を。

そのささやかな満足感だけでつましく生きる生活を。

それなのに。


なんで、小説書く時間ナシにしてまで、これまで書いた小説の裏話を話しちゃったんだろう。

なんで、話すたびにいちいち喜んでくれる相手がリアルにいることを、嬉しく思ってしまったんだろう。

何で、月曜日の朝すーちゃん氏に、

「特に行くところないんだったら、しばらくうちにいたら?」

と言ってしまったんだろう。

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スライムすーちゃんヒトと住む 種・zingibercolor @zingibercolor

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