第14話 笑顔
美希の母親が眠る霊安室へと、沙羅が入っていった。
「今日の朝、亡くなった」
美希がそう言って振り返った。
「ちょっと、どうしたの? 何、その怪我! この前の事故では、そんな風になってなかったでしょ!」
沙羅を見た美希が驚いて尋ねる。
「転んだ」
沙羅がしれっと、答える。
「嘘」
「本当に転んだの」
そんなわけない。しかし、これ以上聞いても、沙羅が答えることはないだろう。
「まだ、暖かい」
美希の母親の手を取り、沙羅が言った。
「ありがとう、沙羅」
美希が言う。
「悲しくて、寂しい。でも、ほっとしている部分もある」
「悲しいのは当たり前だよ」
「そうだね」
美希と沙羅が言葉をかわす。
「昨日、テレビで違法ビデオを撮影していた連中が襲われたってニュースをやってた。あいつらだった」
「そうか、捕まったんだ」
「仲間同士で、抗争があったみたい。全員、重症だって」
「悪人同士でつぶしあいか。自業自得だね」
「私も証人とかで、呼び出されるのかな」
「大丈夫。心配しないで」
確信を持った口調で言う沙羅。そして、突然の怪我。もしかして?。美希は真相に気付き、沙羅を驚きの目で見つめた。
「沙羅が、やったの?」
こわごわと尋ねる。
「まさか。もちろん私だって憎いけど」
「そうだよね」
まさか、でも、本当のところは、いったい。美希は、沙羅の返答にとまどいながらも、沙羅が本当のことを口にすることは、絶対にないだろうと確信した。
「お母さんの葬儀が済んだら、バイトしなきゃね。今度は、ちゃんとした普通の仕事さがすよ。私一人なら、なんとかなる」
美希が無理に話題を変える。
「学校に戻ればいいよ」
沙羅が言った。
「でも、私、退学だから」
と美希が言うと、沙羅がちょっと、こズルそうな顔で、言葉を続けた。
「美希がとられたビデオは違法だった。だから、校長が知ってたってのは、おかしいの。理事長にそこらへんを全部説明したら、校長はクビにして、美希の退学は取り消すってことで、話をつけた」
「えっ」
戸惑う美希。
「後は、美希しだいだよ」
沙羅が言う。
「でも、みんな私のこと知ってる」
「そうだね」
美希の言葉に、沙羅がうなずく。
そして、沙羅が言った。
「一度おった傷がすぐには消えないこともわかってる。一生、消えないかもしれない。それに、立ち直れない人がいることも」
沙羅が続ける。
「立ち直れる人と、立ち直れない人、何がそれを分けるのか、私にはわからない」
さらに続ける。
「でも、立ち直った人たちは、みんな同じ目をしていた。サバイバーの目を」
そして、美希の目を見て言った。
「今の美希は、サバイバーの目をしてる。だから、絶対立ち直れる。私を信じて」
「沙羅」
美希の目に涙があふれた。
「ありがとう。本当にありがとう。なんで、私にそこまでしてくれるの」
美希は、どんなに言葉を振り絞っても伝えきれない気持ちを、沙羅に感じて言った。
「友達なんだから、当たり前でしょ」
沙羅が普通に答える。
「当たり前じゃないよ。私、沙羅には何にもしてあげてない!」
「そんな事ないよ。美希は私といっしょにベンチに座ってパンを食べてくれた。そして、泣き方を教えてくれた。嬉しかったよ」
沙羅が、はにかんだように言う。
「泣いたのに、嬉しいって、ちょっと変だね」
「そんなんじゃ全然足りないよ。お願い、何かお礼をさせて! 私ができることなら何でもする! どんな事でもいいの。こんな私でも、誰かに必要とされてるって思いたいから、お願い!」
美希が涙まじりの声で言う。
「じゃあ、一つだけ」
沙羅が答える。
「何?」
美希が問う。
「笑い方を教えて」
沙羅が真剣な顔で言った。
「今は無理」
美希は、ふと思わせぶりな態度で言った。
「そうだよね。ごめん」
沙羅が申し訳なさそうに言う。
「でも、泣いた後なら、いいよ」
美希が言った。
美希が沙羅に抱きついた。
そして、美希は沙羅の胸で、泣いた。
沙羅も美希を抱きしめて、泣いた。
二人で泣いた。
大声で泣いた。
……、
そして笑った。
二人で笑った。
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