第2話 襲撃

「そんなに状況が悪いの?」

心配そうに尋ねる美由紀に、

「悪い。狂信的な連中が各地で村を襲っている。単発的に、いろいろな場所を不規則で襲撃していて、軍が対応しきれていない」

と、ユスフが答えた。


「アルカイダが裏にいるのかしら?」

「わからない。政治家連中も全く信用できない。とにかく、治安が維持されている間に、脱出したほうがいい」

ユスフがいつになく真剣な口調で言う。


「あなたはどうするの? 日本国籍がないと長期滞在はできないし、今の状況だと難民申請は通らないわ」

「僕のことはいい。心配するなとは言わないが、サラのことが一番大切なのは、君も同じだろう」

「そうだけど。村の人たちを捨てて、自分たちだけ安全なところに逃げるなんて。サラだけ逃して私は残ります」

「駄目だ。冷たい言い方だが、君は元々この国の生まれじゃない。それに、助かる手段があるなら、どんなことをしてでも生き延びるのは当たり前だ。他の人達だって、自分がそういう立場になれば、そうするだろう。頼むから逃げてくれ」


 ユスフがここまで言うからには、本当に状況が悪いのだろう。生まれた祖国には二度と戻らず、この地に骨をうずめる覚悟でいた美由紀だったが、沙羅のためにも、ユスフの言ったとおりにするしかないと観念した。



 沙羅と美由紀が帰国する前日、近所の人やアイシャを招き、ささやかな夕食会を開いた。食事が終わり皆が帰った後、ユスフと美由紀と沙羅の親子3人が川の字になって横たわった。


「みんなの目、少し冷たかった」

「みんな、怖いのよ。仕方がないわ」

「お父さんは、本当に日本に行かないの?」

「ああ、私は残る」

「そのことだけど、やっぱりあなたも一緒に来て」

「その話は、もう終わっているだろう。日本に行っても、私はいつまで滞在できるかわからない」

「わからないことを心配するのはやめて、3人で少しでも長くいっしょにいられることだけ考えましょう。とにかく明日はいっしょに来て下さい」


 美由紀の言葉に、ユスフはつかの間考えて答えた。

「わかった。なるようになれだな」

「そう、なるようにしかならないわ」

「じゃぁ、私も日本に行ったらアイドルのオーディション受けるから。なるようになれだもん!」

真剣な大人の会話に、茶々を入れる沙羅。


 親子三人が、この地で最後となる夜を感じながら、とりとめない会話を続けた。

 そして、それぞれの発する言葉が少なくなり、静かな眠りについた。


 中東最後の夜は平和に過ごせるはずだった。


 沙羅にとっては、未知の国。

 美由紀にとっては、一度は捨てた国。

 ユスフにとっては、いつまで滞在できるかわからない国。


 それでも、平和な国に、朝になれば、旅立つはずだった。


 その最後の夜を、叫び声が襲った。


「敵襲だ!」

「武装した連中が村を襲っている!」

「銃をもっている奴は戦え!」

 村人たちが大声で呼び合う。


「隠れていろ!」

 銃を取りユセフが家を飛び出す。

 銃声が家の外で飛び交う。

 男たちの怒声と女たちの悲鳴がこだました。


「お母さん」

 涙声になりながら、沙羅が母親の顔を見る。

「こんなことって。朝になれば出発するはずだったのに」

 沙羅の体が恐怖に震える。


「どうなるの? 私達、殺されるの?」

 沙羅の問に、美由紀は、真剣な顔で一瞬考えると、すぐさま行動に移った。


「いい、この村の男たちじゃ勝てない。そして、軍隊は間に合わない」

「えっ?」

 美由紀の放った現実的な言葉に、沙羅は衝撃をうけた。


「あいつらが制圧した後、男たちはみんな殺される。男の子はさらわれて兵士にされ、女はレイプされて殺される」

「そんな! どうすればいいの!」

 泣きながら叫ぶ沙羅を美由紀が一括する。


「黙って聞きなさい! あなたは顔つきも体つきも、男の子に見えるから、男のふりをすれば助かる可能性がある」

「そんな事無理!」

「無理なら死ぬだけよ!」

「すぐ、ばれる!」

「だったら、ばれないようにしなさい! 他にどうしようもないの!」


 美由紀が沙羅の目を見つめる。

「こんな言い合してる時間もないの。お父さんもお母さんも絶対助からない。助かるとしたら沙羅だけなの。無駄かもしれない、すぐ殺されるかもしれない。それでも、お願いだから、覚悟を決めて」


 美由紀は沙羅の髪を切り、服を着替えさせた。


 その瞬間、家の扉がやぶられた。

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