過去編① 差し伸べられた手

 私の名はリアディール・アライン。

 幼い頃に両親を亡くし、生まれや権力を重視するこの王都ベルグラディスでは居場所がなくゴミの様に扱われる日々を送っていた。


 ここは王都ベルグラディスの地下街。

 地上にある街こそが表向きの姿であり、地下には私と似た境遇の者たちも沢山存在し、それに人権等存在しない。

 地上に住む一部権力者達の遊び場であり、奴隷の宝庫だろうか。

 地上では十歳程度の、何の後ろ盾のない私のような子供を雇ってくれる場所なんてなく、食料を得るにも自分よりも弱きものから奪うしかなかった。


 でもこの時私は気付いた。

 どんな綺麗事を並べようと所詮この世界は力が全てだと。

 他者を降し、支配できる圧倒的な力があればこの世界を変えられるのだと。

 だから私は生き続けた。

 どんなに理不尽な扱いを受けようと、納得のいかない事があっても。

 権力に溺れた者たちを、この理不尽な世界を、変える為に……!



 しかし、全てが上手くいったわけではない。

 武器の扱い、魔力の制御、どこか、誰かから学べるわけでもない私は実戦を通して覚えていくしかなかった。

 その間に何度も失敗を繰り返し敗北を味わった。

 私の生きるこの場所では失敗や敗北はただミスをしました、負けましたでは済まない。

 それは相手の気が済むまで暴力を振るわれることもあれば、数日寝ることも許されず働かされることや、物、玩具のように扱われることもあった。

 怖くなり、体が動かず、吐き気が止まらず、もう死んでしまいたいと思ったことは沢山。


 もしここで死んでしまえば……?

 楽? 解放される? 違う、それこそが世界と、理不尽に対しての真の敗北であり、それを受け入れるということ。

 それでは何の為に私は存在したのか分からない。

 他者に見下され、利用される為に生まれてきたわけではないから。

 だから私は何度だって立ち上がり、力を付けた。



 それから私は地下街においての立場は、地上から来る一部の者を除けば屈服させる側へと変わっていた。

 まずはこの地下街を支配し、一部権力者の力を利用し、地上へと上がる機会を伺っていた。

 その時は近い、そう思っていた矢先、予想外の出来事が起こり、私の計画は思わぬ結末を迎える。



 この日、地下街に来た人物は突然大量の兵を連れやってきた。

 私は近くの建物に隠れながらその様子を伺う。

 兵を整列させ、地下街の入り口でこう宣言する。


「我が名はベルグラディス王国騎士団長、オルクネイド・デュラン。 シュメルベイグ・メルリヒト国王様の命令により、これより地下街を閉鎖する!」


 地下街を閉鎖……?

 騒めく地下街の住人達と焦る様子の地上から来ていた権力者達。

 私の心も穏やかではなかった。

 まさか王国騎士が来るとは思ってもない。

 オルクネイドは地下街を見渡し、再び口を開いた。


「王は抵抗の意志がない者には相応の生活を約束すると仰っている。おとなしく兵の誘導に従ってくれ」


 相応の生活? 地下街の存在、状況を知りながらも今まで見て見ぬフリをしてきたあの国王が今更地下街の住人を救うと?

 あり得ない、それに相応の生活って?

 この地下街の住人に相応しい生活とはなんだろうか。

 そんな事を考えている内に、様々な声が聞こえてくる。


「奇跡だ。これでやっとまともな暮らしが出来る……」


「本当なのか? 夢じゃないのか?」


 喜び、希望に満ちた瞳で兵の誘導に従う者。

 半数以上の人間はそんな感じだ。

 中にはここでの生活で既に心が壊れてしまっている者もいる。そういった人々は言われるがままに黙って指示に従っている。

 そして勿論反発する者もいる。


「ふざけるな! 今まで俺達をこんなゴミのような場所に閉じ込めておきながら今更なんだ!」


「そうだ、どうせ地上に出してもまともな生活なんてさせてもらえず、利用するつもりなんだろ!」


 無論、私はこちらの意見に賛成。

 しかし、この場で声をあげるのは愚者である。

 声を上げた内の一人は即座に兵に取り押さえられ……その場で首を落とされた。

 見せしめだろう、他に声をあげた者達は恐怖の目で兵達を見る。

 もう声も出せず、ただただ怯えるだけ。

 単純ながら最も有効な手である。

 抵抗した場合に辿る末路をその場ですぐに見せるということは。

 その結果、簡単に反対派の者達は怯えながらも誘導に従う。


 大人しく従ってもまともな未来があるか分からないのに、反発した者の未来なんて既に見えている。

 正面突破は無理、となると見つからない場所で一旦やり過ごすか、別の出口から地上へ出るかの二択。

 相手の目的がこの場の閉鎖、制圧ならば後者以外に私が生き残れる道はない。

 私は記憶にあるもう一つの出口へと向かい静かに歩き出した。


 もう一つの出口へ着き、建物越しに様子を伺う。

 基本的には使われていない裏口のようなものだが、やはりこちらにも兵が回されてる。

 だが、騎士団長がいる正面よりも手薄なのは確か、見た感じ百いるかいないか。

 全てを倒す必要はないけど、出口である扉は閉められており、開ける必要がある。

 時間が経てば経つほど正面口の兵士達もやってきて挟み撃ちになる。

 ならばここを突破するまで。


 私は魔力を使い、自身の武器を呼び出す。

 短い時間で多くの兵を殺さなければ。

 私は魔力を使い、自身の肉体強化をし、建物の影から飛び出し兵士へと奇襲を掛ける。


「!?」


 声にならない声をあげる兵士。

 斬られて初めてそこに何かがいる、といった視認出来ない速度で兵士達を確実に仕留めていく。

 二十人程殺したところで、奥にいた周りの兵よりも鎧が豪華な兵士が叫ぶ。


「敵襲! 敵がいるぞ!」


 まだ足りない、いくら相手が弱いとはいえ、八十程の兵をまともに相手にしていたら後ろから挟まれる。

 力を限界まで高め、さらに早い速度で兵の首を落としていく。

 敵がいる、ということしか分からずこちらをまともに視認出来ていない兵達は辺りを見渡しながら倒れていく。

 ようやく半分、五十程の兵を殺し、手薄になった扉の近くへと向かう。

 私は扉の開錠装置を操作するが――


「ッ!?」


 気付いた時には既に大剣が私の脇腹を抉り、そのまま後方の扉へと突き刺さっていた。


「ほう、直撃を逃れるとは、良い反応をしているな」


 オルクネイド・デュラン……!

 これほど早く裏口に来るとは。

 オルクネイドは辺りを見渡し私に言う。


「残念だ。君は殺し過ぎた。これ程の力があれば王国騎士団に入れたというのに」


 私には治癒魔法が使えない。

 なんとか直撃は逃れたものの、出血が酷く、長期戦は避けたい。

 勝てる、勝てないではなく、勝たなければその先の未来はない、それだけ。

 私は剣を構え、目の前のオルクネイドを見据える。


「私が生きる為に、私が望む理想の世界の為に不要な存在は全て消えてもらう、それだけ。そして貴様も不要な存在。ここで消えるといい」


「愚かな。状況や力量の差も判断できぬとは……」


 自ら大剣を投げたということはそれがなくとも戦える術があるということだろう。

 策を読む時間はない、先に仕掛ける……!

 そう思い地面を蹴ろうとした時、異変は起きた。


 白い霧? これは一体……?

 くっ、視界が奪われ周りの兵達は勿論、オルクネイドの強大な力、気配が消える。

 いや、感じられなくなる。

 どこ、どこから来る? 私は奇襲を警戒し身構える。

 数秒経ったけど、攻撃はこない。

 真っ白な視界の中、一つの光が見えた。

 もはやその光が裏口の扉の方向なのか、その感覚すら奪われている。


  (こっちへ来て……!)


 脳内に声が響く。オルクネイドの声じゃない。女の子の声。

 これは奴が発動させた魔法ではないということ? 頭では迷いがあったけど、体はその光の方向へと歩き出していた。

 あと一歩踏み出せば光に手が届く、そう思った時、白い霧が消えていく。


「よかった。ちゃんと聞こえたみたいで」


 目の前に現れたのは……私と同い年くらいの女の子。

 どうやら、白い霧も脳内に声を送ったのも彼女のようだ。

 目の前の女の子は続けて言う。


「落ち着いて聞いて下さいね。もうじき霧の魔法は効果を失います。なので、その前にあなたを私の家へと転移させます」


 私は頭で思った事をそのまま言葉にする。


「あなたは誰? 意味が分からない。悪いけど時間がないの」


 焦る私をみて目の前の美しくも可愛い雰囲気の女の子は言った。


「世界を、変えるんですよね?」


 私は即答する。


「ええ、私が、変える」


 目の前の女の子は笑顔で、今までの丁寧な喋り方とは違う、明るい声で話す。


「じゃあ、決まりだね!!」


 突然私の手を引き、魔法陣の中へと引っ張られる。

  すると、足元が白く光り輝き……。


「え、ちょっ――」


「また後でね……!」



 これが、私とテュシアの出会い。

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