第18話 勇者のセーブ10

「ま、待ってくれ!」





膝が震えたが何とか立った。


寝そべって頭を低くするのは服従を誓うようなものだ、


と何かの動物の図鑑で見た。





対等の位置に目線を合わせなければ。





それでも自身が立っても下半身の蜘蛛としての大きさが相当のもので、


奴の方が大きい。





形容し難いがまるで相手の上半身の

人間部分が荷台に立っているような大きさの差だ。








「何を待つというのかしら、ナワバリに入ったのはあなたでしょ」








いつ生み出したのか腕にはロープの様な太さの蜘蛛の糸を巻き始めている。


あんなもので絡め取られたら何も出来ない。





話が通じるのなら交渉に持ち込む方が得策のはずだ。








「すまなかった!お前のナワバリとは知らなかったんだ!」





必死にこちらに敵意の無いことを伝える。





「お前...?」





「ああ、すまない!俺の名はスタークだ。君は?」





顔をしかめてみたり反応はいたって人間的だ、


何とかなるかもしれない








「人間に語る名など無い!」





ダメか。








ムチがしなる様な音が聞こえて糸を振ってきた。


臨戦態勢でいたため今回はしっかりバックステップが出来た。


自分がいた位置には粘着性のある糸がべチャっと張り付いた。








剣を引き抜く否か悩んだが、まだここで敵意を向けるべきではないと判断した。








「待ってくれ!俺に本当に敵意はないんだ!」








「あんたに無くたってアタシにはあるのよッ!」





カウボーイのように振り回していた糸が横薙ぎに払ってくる、


今度は長い、後ろには避けられない!








「ぐっ!」





なんとか仰け反ってかわした。


鎧姿にリュック背負いの男に無茶をさせてくれる。





今度は縦に振ってきたのを転がってかわした。


勢いがあったためガッチリと地面に張り付いた。


引き戻すのに手間取っているようだ。








「悪かった!もう来ないから!じゃあな!!」





隙を見て逃走する。


ちゃんと話が通じるか分からない相手と

面と向かって悠長に話し合いを試みる必要は無い。


敵意が無いなら距離を取るべきだ、もう会わぬべきだ。








「ま、待て!」








武器の糸の始末に手間取って焦っているようだ。


蜘蛛女の静止を振り切り


逃げ切れることを確信して、後ろを気にせず走れるだけ走った。














「はあ、はあ...」





どれだけ走ったか、そもそも今日だけでどれだけ走ったか。


追跡を逃れるために勇気を持って道からずれて暗い木々生い茂る獣道に入っていって、


歩くのを邪魔する長い雑草を掻き分けて少し開けた所にでると腰を下ろした。








「ここらでいいか...」





持ってきた野宿セットを日も暮れて手元が暗くなりながら、


四苦八苦してようやく設営が出来た。








設営をしながら今日の惨事を振り返る。


熊との戦い、


トカゲからの逃走、


謎の蜘蛛女。





そもそも蜘蛛女なんてものはどの資料でも見たことがない。





メンターはまだ目の前の情報を捕捉する機能ぐらいしか備わっておらず、


一度計測したものを記録する機能までは無い。





だから今日のトカゲについてのせっかくの情報も今はもう分からないのだ。








小さなテントの前に焚き火を起こしてやっとの就寝に入ろうと寝袋に包まれる。


だが湿気があって日も差さない森の中は火を起こしているとはいえ、


足先が冷えた。





何より携帯食料では大して腹も膨れないので体の熱も作られづらい。


その食料もそう何日もない。








「明日には食える木の実あたりでも探さないとな...」








気晴らしにメンターにまだ記憶機能など便利なものがあるのではないかと


いじってみたが無さそうだ。





諦めてメンターをバックの上に放った。





あれに検索機能でもついてりゃ蜘蛛女のことも載ってるかもしれないというのに.....


人語を解すという点でどうも引っかかる。





そうこう考えている内にさすがに眠くなってきてしまった。











昼間に三体もの化け物に命を狙われた原因の森のど真ん中で、





俺は近くに火があることだけで安心して疲れもあって結局寝てしまった。











火程度を怖がるヤツなど、そういない魔獣の森で。


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