勇者の苦戦

第15話 勇者のセーブ7

と、潔く出て行ったは良いものの流石に着の身着のままで


あんなに恐ろしい熊など野獣がゴロゴロいる巣窟に突っ込むのは自殺行為だ。





とりあえず家に戻ってみるとフッと肩の力が抜けた気がした。





まずは落ち着くことだ。


こっからどうやって生きていくことが先決だ。


強さの向上より何より命だ。








それに妖の森に篭るにしても野宿は苦ではないが、


問題は食料だ。


確か熊は邪悪なオーラを漂わせていた。


ゼフトスは妖と称していたが、まさか森にその名まで付いているということは


あそこの獣全員がそうである可能性が高い。





そうなれば殺して食って良いものかも怪しい。





甘えたことを言うようであれば


実際あまり殺しもしたくない。





兵士にあるまじき性分だが餌を目当てに来る鳥の世話をしているだけで、


生き物に愛着が沸いてしまっている。








とりあえずはごちゃごちゃ考えながらあるだけの食料をまとめた。


だいたいは非常食である。





目の前の現状を見れば落胆こそしそうにもなるが......








「まあ、なんとかなるだろ」








持ち前の前向きさで気にしないことにした。


体に毒なものもいずれ慣れる、


そう自分に言い聞かせた。





いつ、またここに帰ってこれるかも分からないのだ。





人との争いになる戦争ならいざ知らず、


相手は妖だろうが結局は自然の生み出したものだ。


ならばそれに自身を慣らして行くことも修行になるだろう。





そして大事なのが......





「ええと確かここら辺に...あった!」





農業用具からガラクタまで入った倉庫から


出動命令など任務らしい任務があるまで持ち出すことのない計測器{メンター}を取り出した。


これはちょっと大きさ的にバッグに入れる分にはかさ張るが、


カメラのような物でありながら性能はまるで違う。





このメンターは両手に持って対象物に液晶を向けると、


それを読み取って種族や大きさ、最近のアップデートで様々な能力の値などを


割り出してくれる優れものだ。





得体の知れない生物と戦うときはこいつが役に立つはずだ。








食料も修行相手も不安はいっぱいだが、


さっき言った通りなんとかなる








そう、ポジティブに家を出た。





そして森の入り口前まで来た。


そのままの勢いに任して臆せず分け入っていくつもりだったが、


足が止まってしまった。





時刻は昼間だというのに、


奥に伸びる道を照らす木漏れ日はあまりに弱々しい。





それほどまでに木々は鬱蒼としている。








「スー...ふぅ...」





深呼吸をすると街の方を見た。





そう遠い距離でない、

それでも街並みは遠方から眺めているような錯覚に囚われる。


それほどまでにここと街では別世界だ。


ひしひしと入り口からでも異様な威圧感が自分を押し戻そうとする。





それでも








「よし、行くか...!」











もう今の自分は違う。








隊長の後姿と約束が脳裏をかすめ、


弱気を払った。








そうして薄暗い未知の森へと駆け足で突入する。

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