第2話解放

どういうことだろうか......?


状況が上手く掴めない。掴めるはずがない。





なんだというのか、この幽霊の様な女は。


疲れて自分だけに見えてしまった幻覚だとでも言うのだろうか?





ただ風になびく髪は現実に見る踊るような動きをしている。


纏う装束はそれと同じように風に吹かれた、本当に目の前にいるようだ。


何よりそれを妹も全く同じ目線で俺と共に見ていた。








「きれい...」








妹は見惚れているようだ。








「「聞こえなかったか、息子よ。時は来てしまった。この世界にいれる時間はそう長くない。」」








透けて遠くの暗くなっていく空が見えるほどの女が重ねて不思議な声を投げかけた。


先ほどからする公園の木々を揺らす音も邪魔出来ない程しっかりと聞こえてくる。


だが今の状況を整理することに頭の中が忙しかった。








「あ、あんたは何者なんだよ。さっきから我が子だの、息子だの。


 俺の母親はあんたに微塵も似ていないぞ。」








遭遇したことのない摩訶不思議な存在に話しかけることが憚られたが、


何かを先ほどから急かしているようだ。


少しでも相手のペースに飲み込まれないようにせねば......。








「「そういうお前も今までに生きてきてあの母親と似た部分があったように思ったか...?」」








問いてくる声は尊大でありながら核心を突いてくるかのようだ。


昔から外観は父似だと周りからも言われ、自分もそれを自覚していた。


だが今になって考えてみると母に似ている部分を指摘されたことが一度も無かったことに気付く。








「それはないが...そ、それが、あんたが本当の母親だという


 理由の裏付けにでもなると思っているのか!」








一瞬言われたことに押し込まれかけたが、まだそんなことは戯言に過ぎない。


この15年間、生まれてから物心つくまでの記憶はおぼろげだが


ずっと俺との生活を共にして、世話してくれたのは、母親は、あの人だけだった。


当然、疑問に思うことなど一生に一度もなかった。これからもそんなことはあるわけが








「「では、証明してやろう。時間が惜しい、手短に手荒にやらせてもらうぞ」」








その瞬間全身を針で刺されたような激痛が走ったかと思えば、


今度は体の様々な個所の皮を剥がれるような痛みに絶叫した。








「お、おにいちゃん!だいじょうぶ!?」








傍らに妹が駆け寄ってきてゆっくりと俺の体に触れたが


それもケガに塩水を付けられたかのような如何ともし難い痛みに咄嗟に手をはたいてしまった。








「な...なにをした...!」








全身から汗が吹き出し、痛みに呻きながら顔を地べたにつけながらも


目だけは殺気を含ませて幽霊女を睨む。








「「私と同じ...風神の血を継ぐ者にのみ


  身体に刻まれている聖痕を表に出してやったまでのこと...」」








歯を噛み締めて痛みに息を吐きながら体の痛む箇所を見た。


すると、光っていた。青白いやんわりとした光が服を透けて見えた。


文様まで服越しに浮かび上がっている。








「「お前のように純粋に神聖な身分でないものには、


  刻印を出すことも億劫であろう...これより励むが良い...」」








冗談じゃない......


今でも焼けるような痛みのするこれに慣れろだと......?


される必要もない仕打ちと


先ほどからの世迷い言に段々と怒りが腹の底にマグマ貯まりがあるように沸々とわいてきた。











「「さあ、これで分かっただろう。私の手を取れ、言っておくがその娘は連れて行けんぞ」」








その一言に、











「「偽りの家族は消えた。本当の家族を、お前に紹介してやる。」」








その二言目に、完全にキレた。











「部外者がッ!」








無様に倒れていた自身の体を起こし、





ふらつく体で地面を力の限り踏みしめた。











「俺の家族を語るなアアッ――!!」











怒号が天を突き、吐き出された轟音が具現化されたかの如く暴風が自身から吹き荒れた。





小さな公園の遊具はなぎ倒され、植えられた木々は根こそぎ吹き飛んだ。








怒りの爆発と共に俺の意識の糸はプツッと切れて、


抉られた地面のへこみに体が倒れた。








叩きつけられた拍子にほんの少しぼんやりとした意識が戻った。


薄い球体のガラスの様なものに包まれた妹が見えた。








「「半純潔ではこの程度か...怒りに身を任せ、守ろうとする存在まで危機に曝すとは、


  まだ未熟か......頭が痛いのぉ...? 


  人間の娘よ。」」








そう聞こえて妹が浮き上がって、


自身も何かの力に持ち上げられる感覚を覚えると








俺の意識はそこで完全に途絶えてしまった。

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僕は風の子、神の御子 晃矢 琉仁 @Nur

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