食い倒れの多い料理店

@inri

第1話

食い倒れの多い料理店


とある夫婦が、近畿地方に新婚旅行に来ていた。二人とも、パワースポットとグルメが好きだったので、近畿地方の神社仏閣と料理店を巡る旅にした。二人とも自由奔放な性格だったので、ツアーや計画的な旅行ではなく、気ままなぶらり旅となった。もっとも、完全な行き当たりばったりではなく、清水寺・金閣寺・東大寺・法隆寺・大坂城といった定番観光地や、たこ焼き・ふぐ・かに・神戸ビーフ・千枚漬けといった定番料理は押さえていた。近畿地方の主だった場所を巡り、残り1日となった夜、夫婦は大阪の海老料理店で飲食し、酔っぱらいながらホテルに向かって路地裏を歩いていた。


夫「いやあ色々食ったなあ。」

妻「そうね。神戸・京都・大阪、どこの料理も、それぞれおいしかったわね。」

夫「ん?何だあれ?」

妻「屋台ね、行ってみましょう。」

夫婦が歩いて行くと、そこには「くいだおれの店」・「ミシラン★★★★★」・「サラダ・バイキン」と書いてあり、白人との黄色人種の男2人が立っていた。


夫「くいだおれの店・ミシラン★★★★★って、コテコテのネーミングだな。」

妻「そうね、それにミシランって、小さいユが抜けてるじゃない。だいたい屋台でミシュランの五つ星なんてあり得ないでしょ。」

夫「全くだ、さすがは大阪。でも面白そうじゃないか。」

妻「そうね、インチキ臭さ全開だけど、ここんとこ肉と魚介類ばっかりだから、たまには野菜もいいんじゃない。」


夫婦は屋台の前に行って店員に話しかけた。

夫「サラダ・バイキングってことだけど、メニューを注文すればいいのかな?」

黄色人種の店員「そうね、メニュー注文する。」

黄色人種の店員は、やや不自然な日本語で答えた。

夫「あれ、あなた中国人?」

黄色人種の店員「そう、私中国人。こっちはイギリス人。」

夫「ほう、二人とも外国人なんだ。外国で働くなんて大変だね。」

中国人店員「そうだね。注文どうする?」

夫「それじゃ、ワンダー・グランド・サラダ」

イギリス人店員「はい、アンダー・グラウンド・サラダですね。」

夫婦は酔ってもうろうとしていたため、字や音声を正確に判別できなかった。

イギリス人店員が、大根とごぼうと人参の細切りに、ドレッシングをかけたものを出した。

夫「あれ?これがワンダー・グランド・サラダなの?ちょっと、しょぼくない?」

イギリス人店員「これは、グラウンドのアンダーにできる野菜のサラダ。つまり地下の野菜サラダ、OK?」

夫「ああ、そういうことね。地面の下だから根菜。了解しました。てっきり、驚くほど偉大なサラダで、ワンダー・グランド・サラダかと思ったよ。」

妻が小声で「やっぱり胡散臭いわね。」

夫「まあ、根菜は食物繊維が豊富だからいいじゃないか。」

夫婦はやや不満ながら、根菜サラダを食べました。


夫「えーと、それじゃ次は、プレミアム・ゴールド・トマトお願い。」

イギリス人店員「はい、プレミア・コールド・トマトですね。」

イギリス人店員が、緑色の冷凍トマトを出した。

夫「何これ?プレミアム・ゴールド・トマトだよね。日本語で言えば、極上の黄金トマトでしょ。」

イギリス人店員「いいえ、これはプレミア・コールド・トマト。日本語で言えば、早摘みの冷凍トマト。あなたは、プレミアとプレミアム、コールドとゴールドを混同しています。」

夫「何だよそれ。こんな青くて凍ったトマト食べられないよ。返品。」

イギリス人店員は、不機嫌そうにトマトを回収した。

妻が小声で「やっぱりこのお店は外れだったわね。」

夫「まあいいじゃないか。外国人と日本人じゃ言葉が違うんだから。コミュニケーション・ギャップってやつだよ。」


夫「それじゃ、クリーン・野菜・マイルド・グラス・ジュースお願い。」

中国人店員が、土付きの雑草をミキサーに入れてジュースを作った。

夫、「あのさ、クリーンでマイルドな野菜ジュースを頼んだんだけど、それって雑草の搾り汁だよね。」

イギリス人店員「これはグリーンでワイルドな野草ジュースです。あなたは、緑のグリーンをきれいのクリーン、野性的なワイルドを穏やかなマイルド、草のグラスとコップのグラスを混同しています。」

中国人店員「それから野菜は、中国語で野草のこと。」

夫「何だそれ。クリーンな野菜のマイルドなガラス製コップ入りジュースじゃなくて、グリーンな野草とワイルドな草のジュースかよ。

中国人店員「中国5000年の歴史。薬草が入ってるから、体によろしあるよ。」

夫「それじゃ飲んでみるか。」

夫が口をつけましたが、苦さと青臭さでとても飲めたものではありませんでした。

夫「すっごい不味い。口付けちゃったけど、返品するよ。」

中国人店員「良薬は口に苦し。あなた、これじゃ長生きできないよ。」

妻「もう行きましょ。」

夫「まあ、いいじゃないか。嫌なら返品すりゃいいんだから。いろいろあるけど、国際化の時代なんだから、仲良くやろうよ。」


夫「それじゃ、フリー・ライス茶碗むし、お願い。」

イギリス人店員が、茶碗むしを出しました。ふたを開けると蚤(のみ)と虱(しらみ)の蒸し物が出てきました。

夫「何だこりゃ、こんなもん食えるわけねえだろ。」

イギリス人店員「何か文句あるんですか。茶碗に入ったフリーとライスの虫ですよ。あなたは、自由のフリーと蚤(のみ)のフリー、米のライスと虱(しらみ)のライスを混同してますね。日本人はフリー・マーケットを自由市場と訳しますが、本当は蚤の市なんですよ。」

妻「ひょっとして、バイキンて書いてあるのも、バイキングを英語風に発音したんじゃなくて、ばい菌のことなんじゃないの?」

イギリス人店員「そうですよ。日本人はバイキングをビュッフェのことと誤解していますが、バイキングは北欧の海賊です。」

妻「やっぱり、いんちき料理店じゃない。こんな料理食べたら、身が持たないわよ。早く行きましょ。」

イギリス人店員「だからミシランて書いてあるじゃないですか。」

妻「何ですって!」

イギリス人店員「ミシランはミシュランのことじゃなくて、身がどうなっても知らんから『身知らん』なんです。」

妻「それじゃ何で★が五つも書いてあるのよ。これじゃミシュランの五つ星としか解釈できないじゃない。」

中国人店員「それは、あなたの誤解です。五つの星は中国の国旗、五星紅旗からとっているんです。五つの星は、中国共産党と農民と労働者と愛国的資本家と知識人を表しているんです。もっとも、漢族・満州族・モンゴル族・ウイグル族・チベット族の五族を表すという説もありますけど。」

妻「そんなこと聞いてません。もう行きましょ。」


夫婦は、代金を払わずに店を立ち去った。

夫「食い倒れの店とはよく言ったもんだ、食中毒で倒れるという意味だけどな。」

妻「客が食費で倒れるんじゃなくて、店が無銭飲食で倒れればいいのよ。」

この店は今日も売り上げ0円だった。




少し歩くと「軽食&バー」と書かれた屋台があった。

妻、「口直しに、ちょっと寄ってきましょうか。」

夫「そうだな。」

夫「こんばんは、外人さんのようだけど、日本語分かる?」

店員「大丈夫。日本語分かります。」

夫「さっき立ち寄った屋台も、外人だったんだけど、言葉が通じなくて、散々だったよ。ところで、あなたはどこの国の人?」

店員「UKです。」

夫「UK?」

店員「ユナイテッド・キングダム。日本人はイギリスとかイングランドとかGBとかいうけど、正しくはUKね。」

夫「ああ、そういうことね。」

夫「えーと、それじゃ何かいただこうかな。」

妻「ベリー・ショート・カスタード・デザートお願い」

店員は、褐色の粒粒したペースト状のものを差し出した。

妻「何か、イメージしてたのと違うわね」

夫「それじゃ、俺が味見してやるよ。」

夫「何だこりゃ、すっげー辛いじゃねえか。」

店員「そりゃそうですよ。ベリー・ショート・マスタード・デザートですから。」

夫「ベリー・ショート・カスタード・デザートってことは、苺のサクサクしたカスタードの洋菓子ってことだろ。」

店員「それは違います。ベリーはとても、ショートは電気火花、マスタードは辛子、デザートは沙漠です。つまり、火花が出るくらいとても辛くて、沙漠のような見た目のペーストです。」

夫「そんなもん食うやついねえだろ。金は払わねえよ。」


店員「お客さん、ハングリーですか。」

夫「ああ、ものすごくアングリーだよ。」

妻「なんか、ここも心配ね。」

店員「マスタードのお金は要らないので、注文をどうぞ。」

夫「それじゃ気を取り直して、フラワー&ポーク・フライお願い。」

店員は、肉に粉と黒い粒をまぶして焼いたものを差し出しました。

夫「これおかしくない?フラワーとポークのフライ、日本語で言えば、花を添えた、豚肉の揚げ物だよね。」

店員「これは、フラワーとホークとフライを焼いたものです。あなたは、花のフラワーと小麦粉のフラワー、豚肉のポークと鷹(たか)肉のホーク、揚げ物のフライと蠅(はえ)のフライを混同しています。」

夫「何だって。小麦粉のフラワーと鷹肉のホークは我慢するとして、蠅を食えっていうのか。」

妻「ここもいんちき商売ね。もう行きましょ。」


店員「お客さん待ってください。それじゃ、ヘビー・サイズのお酒を1ポンドサービスしましょうか。」

妻「ベビー・サイズとしても、1ポンドは150円くらいだから安いわね。」

夫「それじゃ、頂こうか。」

店員「バンテージ・ストリート・ロック・スピリットです。」

店員は、大きなガラス容器に酒を入れて差し出しました。

夫婦は酒に口を付けました。

夫「これがビンテージ・ストレート・ロック・スピリットか?うーん。」

妻「正直水っぽくておいしくないわね。」

店員「ここは一等地の通りだから、バンテージ・ストリート、ロック・ミュージシャンの精神をイメージした酒なので、ロック・スピリット。」

夫「えっ、ビンテージ・ストレートじゃなくて、バンテージ・ストリート。しかもロック・スピリットは氷入り蒸留酒じゃないのか。紛らわしいな。」

妻「こんな粗悪なお酒、もう飲みたくないわ。もう帰りましょ。」


夫「えーと、1ポンドは150円位だから、2杯で300円でいいかな?」

店員「だめですよ。」

夫「何だよ、さっき1ポンドにサービスするって言ったじゃないか。」

店員「それはお客さんの勘違いです。私が言ったのは、ヘビー・サイズのお酒を1ポンド、つまり2.2㎏提供しましょうか、ということなんです。

夫「えっ、ベビー・サイズの酒を1ポンド、150円で提供するって意味じゃないのか?」

店員「いやだなあお客さん。ヘビー・サイズをベビー・サイズ、重さのポンドを通貨のポンドと勘違いするなんて。それに日本人はサービスというと、値引きとか無料とか勘違いしてますけど、サービスにそんな意味はありませんよ。もしそうなら、サービス業の人たちは無償労働か低賃金労働になってします。」

夫「ああそうかい、もういいよ。それじゃいくら払えばいいんだ。」

店員「100グラムの金の延べ棒を2本いただきます。」

夫「何だって?そんなもの持ってるわけないだろ。」

店員「それは困ります、何といってもこの店はバーですから。」

夫「飲み屋のバーじゃなくて、棒のバーってことか。やってらんねえぜ。」


夫婦は、代金を払わずに店を立ち去った。

妻「こんな店より、駄菓子の『うまい棒』の方がよっぽど旨いわよ。」

夫「それじゃ俺たちも、酒じゃなくて『うまい棒』を出すバーでも出そうか?」

妻「それはいんちき商売だけど、今日の2つの屋台よりましね。」

この店の売り上げは、今日も金の延べ棒0本だった。

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