恋を忘れた私たち
琴波 新 (水)
恋を忘れた私たち
「だよね。わかってたんだ、たぶん」
どう答えるのが正しいかはわからない。
僕は、僕たちはきっと恋を忘れてしまったから。
新庄の気持ちに共感できない。その解釈は真理かどうかわからない。
恋は、きっと存在しない。それは、何かしらの生体現象の、誤った自己分析結果に過ぎないから。
だから僕は新庄の下した自己評価に相応しい返事を返すことができない。
腕時計型スマートデバイス
うん、ひどく悪い気分。
僕は新庄が僕に出した手紙をポケットに突っ込んで屋上を後にした。
中学最後の年。成人前の最後の春。
十六歳で成人となり、
僕は自室で
『みなさんは当生府との
当生府は
生府から皆さんには、
ガイダンスの述べる通り、僕は三日前にオーガンの
『
また
このガイダンスで説明するのは、オーガンと
みなさんはこれまでに心音と体温を利用した簡易版
そして
当アプリが提示するパートナー同士は交際、結婚することが推奨されますが、結婚における最終の決定権はみなさんにあります。
ただし、提示したパートナー同士の結婚生活には政府から
高校に進学して最初の現代史の授業で、担当の老先生は、黒板灯の光を頭のてっぺんで跳ね返しながら、授業内容の流れを説明していた。
「現代史の転換点は二つある。企業による
前者は、市場経済の拡大によって、国家の機能が縮小し、保険、医療、教育、治安維持などの多くの仕事が民営化されたことによる。特に福祉は最初に企業が、保険と細やかな医療提供のセットを定額配信サービス形式で売り出したことが発端となって、真っ先に政府の仕事ではなくなった。これを代行しているのが、多くの人が契約している生府だ。
後者については、
先生はそこで少し息をついて、ため息をひとつこぼした。そして、ここからはテストには出ないと言った。
高校でも同じクラスの新庄は、先生の話を少し熱心に聞いているようだった。以前は知らなかったけれど、彼女は真面目で、歴史が好きらしい。世界がかくある理由を知りたいそうだ。新庄は興味津々で前傾姿勢になって、顔にかかった長い髪を鬱陶しそうに耳にかけた。
「昔、感情は意識すること自体が困難な、不確かな存在だった。しかし今は
と、先生は懐古するようにそう語った。新庄はテスト範囲でもない内容を一生懸命ノートにメモしている。僕は、先生の言うような昔の恋が本物だとは思えなかった。
夏になった。厳しい日差しが窓から差し込む中、新庄の濁りのない夏服姿は中学と少し違うデザインで、しかし相変わらず綺麗だった。
僕は休み時間に友人と談笑している新庄をじっと見つめて、そして
僕は
そこにはまだ、彼女を対象とするいくつもの強い感情が表示されている。それは純化された僕の想いで、それこそがたぶん本物なのだろう。
きっとそれらが表すものは、前に現代史の先生が言っていた昔の恋ではない。
でもそれは適切な恋なのだろう、と僕は自分の感情を自己評価した。
下校前の新庄の下駄箱に手紙を出して、僕は屋上に向かった。
見るまでもない。僕の想いが本物なのはわかっている。
僕は左手首のディスプレイを見て通知内容を確認した。
うん、やっぱり思った通りだ。
僕は一人で頷いて、
僕は少し錆びて堅くなった屋上の扉を開いた。
その先には爽やかな
恋を忘れた私たち 琴波 新 (水) @elixir
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