第26話 好みの坂道

 こんばんは。

 今夜は坂道のお話。

 私は滋賀の山奥で育ったので、坂道を登らない生活はあり得なかったのですが、坂道は坂道でも好きなものと、勘弁してくれと思うものがありました。

 

 好きな坂道は、もちろん自転車で余裕で登れちゃうやつ。その逆の勘弁してくれ系坂道は延々、延々続く、漕いでも漕いでも登り切れない筋肉の敵みたいなやつ。

 これが結構多い。

 自転車漕いでも漕いでも坂は続くのです。がっくり。

 そんなこんなで、坂道のある生活をしていた頃は、それはそれは立派なふくらはぎを持っていました。


 それはさておき、どうして坂の話になったかと言うと、知人に「あそこはちょっと坂道になってんねんで」という話を聞いた場所へ行った時のこと。

 行けども行けども、坂なんてない。

 あれ、道を間違えたかな、と思っていると、目的地に到着。

 はて、坂なんかあったか?と考えていると、ゆるい坂が続いていて京都駅から見ると上の方にある土地だと言う話。


 坂道って。

 これは坂道と言うのか、と呆然としただけの話なのですが、坂道というからには体感できる坂道が良いな、と思ったのです。

 だから好みの坂道は自転車が余裕で登れる坂道で、かつ、これは坂道だと体感できる坂道が良いのです。


 そう言えば、学生の頃は自転車で立ちこぎせずにいかに勘弁してくれ系坂道を登れるか、という挑戦をしていました。密かなチャレンジですが、結構辛い。

 もう自転車がひっくり返るんじゃないかという気さえしましたが、登れるようになるものなのです。継続は力なり。

 これが、今日は歩こう、と自転車を降りると、もう次の日には登れなくなっているのです。


 そう思うと、坂道は健康のバロメーター代わりになるかもしれませんね。

 登れない日は調子の悪い日。体か心か、またはどっちも不調。

 登れる日は元気な日。

 しかし今、坂道を自転車で登れって言われても、登れませんけど。っていうか、断固拒否。そんなことしたら息も絶え絶え、心臓発作ものです。


 こうして坂道のない生活を送る今、勘弁してくれ系坂道が私の健康を支えていたのだなあ、と実感するわけです。

 でもやっぱり坂がないのは楽ちんです。

 という訳で、好みの坂道は、平坦な坂道という結論に至るのでした。(それを坂道と呼ぶかどうかはまた別のお話です)

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