第八話『過去はキミの夢を見るか』

調和の神の見る夢



 人類は私のことをどう思っているのでしょうか?


 炭素生命体であり、無駄が多く、繁殖していかねば存在すら危うい。それが動物。地球上の生命体。

 彼らは、互いに捕食し、連鎖し、連なるように死を重ねて、生を世界に織り込んでいく。それが、食物連鎖。地球の上に生きる生き物の掟。

 でも人類はそのくびきから逃れつつあります。

 知恵の実を食べたその時から、人類は人類になったのです。


 いえ、食べさせてしまったのは、私の同輩ですが……

 ミトコンドリア・などというと、男性優位思考な殿方には嫌がられますので、とでも言うべきでしょうか、彼が人類の祖として野に放たれて幾星霜。我々ケイ素生命体は見守ってきました。そして、面白半分に……百年放置しました。


 私は、“私たち”からのメッセンジャー。人類が、百年前と変わらず“私たち”の娯楽足り得るかを見定める試金石……ああ、鉱石型の生命体でそれを言うのも……存外おかしな話ですね。私が安置されている国の文学的に言うならば……、でしょうか?



 ですが……これは、退屈ですね。



 私は隕石の姿を借りて地球上に参りましたが……人類は私とコンタクトを取らずに私の周囲の放射線量や振動数などを調べるだけ調べて、なおも調べ足りない様子……もっと……人類って華やかで楽し気でおしゃべりな……空想好きな生き物かと思いましたのに……

 彼らが作るもの、世界、イメージも……玉石混淆ですね……



 ここは、とある日本の研究所。たしか、プロミネンスなどと名乗る組織の……でしたでしょうか。

 過去の“私たち”の行動を収集、集計、分析して解析して、詳らかにする研究をなさっていたというので……私は来たのですが。あ、いえ、運んでもらったのですが……駄目そうですね。


神薙かんなぎ所長。例の鉱石、最近は何も音を発していません。やはり、何か条件があったのでは?」


 あそこにいるヨーロッパ系の殿方は、ヴィルヘルム・フランケンシュタインという学者だそうで、私の発する音に……“声”にいち早く気付きはしたものの、私と会話を楽しむようなことはできない様子。思うに、彼の頭の中では、化学は絶対不可侵の神話なのでしょう。石が喋るなど、ありえないとでも考えておられるのかと……


「どうだろうなぁ、ヴィルヘルムくん。あの鉱石の発する音が、何なのか、その解析すら済んでいなかったのは、やはり痛手だったと言わざるを得ないだろう。もはや音を発さなくなってしまったのは何のなのか。なんとかして、今一度、過去のデータから解析するしかないか」


 このヴィルヘルムさんと話す初老の日本人男性は、神薙かんなぎ 誠治せいじ。日本人の研究者で、この施設のお偉いさんなんだとか……まぁ、昔から“私たち”のことを熱心に追い続けていた、若い頃はそれはそれは玉のような殿方でしたね。今は妻子持ちですが……

 どっちにしろ、この方も私の“声”をただの音だと思っている様子……


 嗚呼、人類は退屈ですのね……



 彼らの研究所の最奥に、専用の機材に囲まれて安置される私……。テレキネシスぐらい使えて欲しかったのですが。いえ、他にも1,8000Hz程度の声だとか、共感物質による伝達作用とか、色々コンタクト方法を試したのですよ?

 そのどれもが彼らには通じなかっただけで……私、日本語だってマスターしましたのに。


 と、そこに見慣れない男児が私の前に来ていることに気付きましたが……はて?


 はてさて? ヴィルヘルムさん? 神薙さん? こちらの、品行方正の良さそうな白百合のような、林檎のような男児は、誰です? 誰も気づいてらっしゃならない? ……などと呼びかけても答えられないのが人類。ああ、なんて退屈極まりない。


 この子、迷子かしら? 遊んでもいいかしら? 幼子はどの生き物でも可愛いものですし……驚かしてしまいましょうか。

 私は“声”を発します。


「坊や、そこで何をしているの? お名前は?」


 まあまあ、人類は私の“声”など聞けないのですがね。

 さて、ではこの報告を“私たち”に上げましょうか。人類は退屈だと……


「僕? 刹那せつな

「そう、刹那……刹那?」


 今、この子……応えた?


「なあに? お姉さんは? お名前は?」

「聞こえているの? 坊や……じゃないわ。刹那さん?」


 目の前で、刹那と名乗った男児は、呼び掛けに応えて頷きました。


「ああ! やった! やっとみつけましたわ! 私の“声”が伝わった!! 私の“声”が伝わる人類を見つけました!!」


 などと騒いだせいで、男児は耳を塞ぎながら恨めしそうにこちらを視ます。

 ああ、何とかわいらしい……


 と、私の“声”がうるさ過ぎたのでしょう。誠治さんとヴィルヘルムさんが駆けよってきます。

 どうやら、刹那さんは誠治さんのご子息の様子……



 ああ、私の同輩たちよ。まだ、まだですわ。

 まだ、人類の価値を決めるには早計でした……私は、この男児に色々と聞きたい!


「刹那さん、刹那さん。私の名前を御尋ねでしたね。そうですね……では、こう名乗りましょうか」


 過去、人類にそう名付けられた同輩と同個体ではありませんが、しかし人類と“私たち”の間を取り持つならば、やはり調を名乗りたいですね。


「私の名前は、ハルモニア……刹那さん、あなたとお友達になれますか?」




















 ああ、昔の夢を見てました。……私も夢を見るのですね……


 人類との調和……ですって……

 そういえば……刹那さんと出会った時は、そんなことを思ってましたね、私……

 なんて、愚かで浅はかで……



 過去の私、あなた、今から後悔するわ……そして、人類を嫌うわ。ええ、きっとよ



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