攻勢



 黒い人型のそれは、返り血を帯びて黒く、鈍く光っていた。それが、人類への絶対的敵対者である人を模した機械であることを、その場の全員が理解できる。

 骨のように細い手足が、人では無いことを際立たせている。表情のないフルフェイスヘルメットのような頭部には眼球は確認できない。だが、刺さるような悪意のこもった冷たい視線を、その場の全員が感じた。 


 それは、部屋の中に居る全員を、確かに見たのだ。


「思ったより、早く見つけられて良かったわ。そのおっさん、意外に粘るから、逃がしたか思ったんやけどなぁ……まあ、多少は八つ当たりはしてもうたし、その分時間食ったとも言えるんやけど……」


 割れた窓枠にしゃがんでいるスパルトイは、繁の遺体を指さして言う。


「そのおっさんが引き留めてる間に逃げれば良かったのに……そうすりゃ、数分は寿命伸びたで、あんたら。まあ、どっちにしろ……無駄死にやねぇ。お笑い種やねぇ」


 スパルトイは笑いながら窓枠から降りてくる。

 気づけば、ヒカリが既におらず、莉雄、葵、慶、刹那の四人と、それを殺そうとする存在が居るだけだった。


 葵が一歩前に踏み出す。しかし、彼女の腕を掴んでそれを刹那が引き留めた。


「待って。能力だかなんだか、そんなのが使えるとして、本当に急に使えるものなのか、そもそも、そんなのに命を懸けるなんて馬鹿げてる」


 葵はその手を振り払って、スパルトイに向き直る。


「どっちにしたって、逃がしてくれないみたいじゃない。使えるか使えないかじゃなく、使いこなさないと、明日がないなら、逃げることなんてできない。それに……」


 そう言いながら、葵は腰を落とし、構えをとる。


「むしろ、コイツは、倒さなくちゃいけない」



 スパルトイは足を止め、呆れた調子で喋り始める。


「うちが殺したん、おたくのオヤジやったんやろ? なに? 父親の遺体前にして、女の子が泣きもせずに戦う姿勢とか、はー、オヤジさんは悲しいやろなぁ」


 スパルトイはやれやれといった調子でそのまま数歩、歩を進める。


「それともあれか? ヤケなん? 頂けないわー、悲しいやん」


 表情が見えないその頭部に、笑みが浮かぶのがありありと伝わってくる。更に莉雄達の近くへ、葵の方へと近づいてくる。


「人ってな、死にたくないって泣くときの表情が一番おもろいんよ。ヤケになったら、うちの楽しみ減るやんか」

「……あと一歩……」

「あ?」


 スパルトイの言葉を無視して、葵がぼやく。その言葉を聞いてか聞かずか、スパルトイはさらに一歩踏み出した。

 直後、葵が一足の元にスパルトイの目の前に踏み込み、右の拳を抉るように放つ。 それは正確にスパルトイの首を捕らえる。


「な、なんや……ああ? 速いだけか? なんもないで?」

「え? 今当てたはずなのに」


 確かに葵の拳はスパルトイの首に当たっていたはずだが、スパルトイには何の変化もない。


「はー、まあ、気落ちせんと……あの世でオヤジさんによろしく」


 スパルトイの手が葵に触れる。その直前、莉雄が間に割って入る。スパルトイの手は代わりに莉雄の腕に触れる。


 慶が葵に言う。


「糸織、お前、自分の能力の使い方間違うなよ、考えろ!」

「そ、そんなこと言われても……」


 葵は莉雄と入れ替わるようにスパルトイと距離を取って離れる。その隙に慶が葵に何か耳打ちする。


「え、な、耳打ち?」

「こういう異能系は能力を相手に知られない方が良いってのが定石だろうが! もっと漫画読め! ええい、いいか、糸織、お前の能力はな……」


 その様子をスパルトイが呆れたように見る。


「はー、なに? おたくらもギフテッドなん? でも、能力を知りたて、ってか? しかも、漫画の知識レベルで挑むとか、お笑いかなんかなん? え? これラノベかアニメ? 二流な脚本やねぇ」

「うるせえ! お前には聞いてねぇ!」


 慶は一言怒鳴って葵への助言に戻る。


 だが、その間もスパルトイは莉雄を放していない。


「で、女の子守るん? じゃ、死ねや。人体にも鉄は含まれとるって知っとった? 勉強になったなぁ。素材は、鉄! 体の中から裂けて死ね!」


 だが、何も起きない。


「残念だけど、今キミが触れてる場所は、鉄じゃないんだ」


 スパルトイの触れている莉雄の腕は、金属のような白銀をしている。


「んな、おたくも体を金属に変える能力者、ってだったらなんやねん! 全身その金属に包んでから言えや! 生身の部分を触れば終わりやろが! さっさと内蔵ぶちまけろ!」


 スパルトイは莉雄の腹部へ拳を放つ。


「素材は鉄!」


 だが、その拳を葵が割って入り受け止める。

 にもかかわらず、葵には何の変化も見られない。それどころか、スパルトイの拳はわずかながら、触れてすらいない。


「な、なんでや! 届かん!? どうなって……」


 直後、莉雄がスパルトイの頭部へ掴まれていない方の腕で殴りつける。

 スパルトイがよろけながら莉雄を放す。自身の窪んだ頭部を抑えながら、ふらついているのを見て、慶が歓喜の声を上げる。


「よし! 行ける! 葵が止めて、莉雄が殴ればいい!」


 だが、スパルトイから笑い声が上がる。


「ええなぁ、ええで、一方的に殺されん獲物とか……せやけど、失敗したら死ぬで。知っての通り、うちの能力は“触れればええ”んや。そうやそうや、その気になれば、おたくらが、うちに触れる瞬間、防御として能力を使えば!」

「いや、だから、あなたが知らない金属にボクが変化して殴るんです」


 莉雄が言った言葉にスパルトイが固まる。


「キミに、勝ち目はないです」



 少しの静寂。


 直後、スパルトイが窓まで駆け戻り、自身が割っていた窓枠に触りながら言う。


「素材は、アルミ……いや、ステンレスか? どっちでもええ……なら、遠距離戦に移らさせてもらって……」

「それをさせないために、あたしが居る!」


 スパルトイが触れた窓枠はうねり、液体のようになりながら浮き上がり、長い槍のような形状になって莉雄に対して放たれる。だが、割って入った葵の目の前で槍は制止し、そのまま床に甲高い音をさせながら落ちる。

 その脇を莉雄が走り抜ける。莉雄をめがけて、スパルトイが他の窓枠も槍にして投げつける。


 莉雄は決して喧嘩が得意ではない。運動も決して優秀な方ではなかったと、本人は記憶している。それでも……


「くそ! ふざけんな! 来るな! 死ね! 死ねえ!!」


 今、自分が動かないといけない。そんな気がしてならなかった。


 空気を割いて、長く研ぎ澄まされたアルミの槍がまっすぐ自身に迫る。

 それを避けず、自分の体の表面、皮膚が重く、硬く、何も通さないことをイメージして、そのイメージを信じる。怖いことも竦むことも後にして、ただ目の前のことだけに心を傾ける。腕を盾に、一心に走る。


 左腕の皮膚に冷たさが広がる。その部分の皮膚が風を感じなくなる。普段より重く、けれど力強く。そのイメージが火花を散らして殺意を弾く。そして、踏み込んだ勢いのまま、肩の力を使い、その限りを使って殴りつける。


 金属に変化した腕が振り下ろされて撓り、重たい金属同士のぶつかる衝撃音と共に、黒い死神の頭部が大きく損壊させる。その表面が割れたガラスのようにきらきらと舞った。

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