二章 3 待ち人来たりて

※WARNING※

この章は、現在、修正を行っています。

ストーリーを早く知りたい方以外は、お待ち頂くことで、より一層、お楽しみ頂けるかと思います。


 一体、どれだけの時間が経ったのか、ファーグはついに本を読むのさえ止めて、膝に手をおいていた。

 自分を呼びだしておいて、未だに来ない男のことを考えるだけ無駄だと悟ったファーゴに、苛立ちなど一つも無い。

 店内の人も自分を除くと、ついに一人となり、彼女をやるせなさが襲う。

 後、数時間の辛抱だと考えていると、背を向けた入り口のベルが揺れて、何時いたか分からない音を聞かせる。初めは心地よいものだったが、それも彼女にとってはとうの昔の話だ。今は既にどうでもいい。

「マスター、カプチーノで」

 ファーグにとって、聞き覚えのある声で、注文が通る。

 思わず振り返ると、入り口付近で店内を見回す、待ちに待ったエリアスの姿があった。

 ファーグを見つけたエリアスが、ウエイトレスの女性に話しかけてから、一直線にこちらへと向かってくる。

「お待たせ」

 少し前までは殴りたいほどの衝動があったファーグだが、今では謝りもしないエリアスに対して抱く感情は何もなかった。

「久しぶりだね。どう? 元気してた?」

「まあまあかな。それくらいエリアスなら分かるでしょ」

「僕が分かる元気かどうかなんて、病気があるかないかくらいのものさ。本当の体調っていうのは、心も含めてのものでしょ。だから、元気してたかなって」

 持論を展開しながら、屈託のない笑顔を向けるエリアスに、ファーグの失い掛けていた感情というものが舞い戻ってくる。

「元気だったけれど、今は全く元気じゃないかな」

「なんで?」

 尋ねるエリアスの笑顔が、ファーグの怒りのベースになる。

「それはね……お前が待たせ続けるからだろ! 連絡ぐらい入れろ! 約束の時間からどのくらいたった? 私は、何時間ここにいた?」

 机に思い切り手を付いたファーグの姿に、エリアスがお腹を抱えるほど笑い出す。

「何がおかしいんだよ!」

「だって、相変わらずだったんだもん。笑うに決まってるだろ」

「お前……コーヒー代と別に、待ち時間分の金取るからな!」

 これ以上はエリアスに娯楽を提供するだけだと判断したファーグは、まだまだ吐き出せそうな怒りを飲み込み、わざと聞こえるように舌打ちをする。

 直後、ウエイトレスの女性がエリアスのカプチーノと、今日の自分が散々飲み干し続けたものと同じカフェラテを持ってきた。

「頼んでませんよ?」

「マスターからのサービスですって」

 可愛らしい声と笑顔を見せたウエイトレスが、トレーと抱えるようにカウンターの方へ戻っていく。歩き方まで可愛らしい。

 お言葉に甘えてカフェラテを飲もうとすると、カップ一面を覆おう白い面に茶色の文字が浮かんでいた。

『美人にそういう顔は似合わないぞ』

 カウンターの内側へファーグが視線を向けると、マスターがひらひらと手を振っていた。

 甘い液体が口の中を通りすぎると、暖かさが伝わってくる。

 つい先ほどまでの怒りはどこへ行ったのだろう。

 この状態は、幸せと呼ぶに値する。

「さて、飲み物も来たことだし、話を始めようか」

 欠点をあげるなら、目の前の男だ。エリアスがいなかったのなら、完璧だったのに。

 エリアスの言葉で自分が何のためにここにいるのかを思い出した。現実に引き戻されたファーグは、プラスとマイナスでフラットとなった感情でに対する。

「急に呼び出して何?」

「君、まだ、見える?」

 質問に対して返されて質問に、ファーグの中で苦々しい物体が生成される。意識を取り戻すべく甘い甘いカフェラテを一気に飲み干すほどだ。

 エリアスが聞いたのは、ファーグが持つ、特殊な能力の話であった。

 彼女は自分の記憶がないほど小さな頃に、一瞬だけこの街から姿を消したことがあるらしい。

 その後、少しの間をおいて戻って彼女には、ある特殊な能力が芽生えていた。

 世界に歪みを見るようになったのだ。

 滅多に見ることは無いが、極稀に見る歪みは、大体、空中に浮いていて、特に何がどうというわけではなかったが、他人には見えないらしく、話すとバカにされるため、次第に口をつぐむようになっていた。

 最近は見ていないため、何ともいえないが、今も現れれば見えることであろう。

「見えるよ」

「それは良かった!」

「声が大きい」

 誰が聞いているか分からないため、バカにされたことのあるファーグは、あまり公の場でこの話をしたくない。

 どうしても小声になるファーグに対して、エリアスは全く気にしていないように話す。

「じゃあ、改めて頼みごとだ。その歪みだっけ、多分、近々大きい奴が現れるんで、探して欲しい」

 言葉もでなかった。何を言っているか、分からなかった。

「な、何?」

「一際大きな歪みを探して欲しいんだ」

「いや、それは分かった。え、何? どういうこと? なんで分かるの?」

 すべてが謎でしかないエリアスの発言に、ついて行くことができなかった。

「まあまあ。それだけだし、でなかったらでなかったで忘れてくれてかまわない。ただ、見つけたら教えて欲しいだけなんだ」

「それだけ?」

「うん」

 気が抜けていく。

 疑問は残るが、何よりたったそれだけを聞くために、ファーグはここで一日を費やした。他人にとっては非日常かもしれないが、彼女にとっては日常と何らかわらないことのために、彼女の貴重な一日は奪われてしまったのだ。

 気になるより何よりショックが大きすぎた。

「大丈夫?」

「大丈夫」

 背もたれに力なくもたれるファーグを、時間を奪った張本人が心配する。

「そういうことなので、頼んで良いかい?」

 再度、聞くエリアスに、ファーグはもう、うなずくほか無かった。

「ありがとう! ちゃんと報酬ははずむからさ」

 カプチーノを飲み干し席を立ったエリアスがお会計へと向かう。

 今のファーグにとっては、もはやそんなこと、どうでも良かった。

 再び、感情がどこかに行ってしまいそうだった。

「ファーグ!」

「ふぁい?」

 出入り口付近にいるエリアスから、声をかけられる。

 いつもなら笑い出しているであろう、気のない返事にも反応一つしなかったエリアスの声は、おもしろいことを見つけた時のものであった。

「ごめん。多分でも近々でもないや」

 振り向くと、エリアスの指には、見たことのない平たく丸いものが挟まれていた。

「もう、現れている」

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