二章 1 探偵に誘拐は付きもの

※WARNING※

この章は、現在、修正を行っています。

ストーリーを早く知りたい方以外は、お待ち頂くことで、より一層、お楽しみ頂けるかと思います。


「だから、違うって言ってるだろ?」

「でも、ヘレンさんが」

「言ってくれたもん……私を連れだしてくれるって……」

 街の繁華街の裏路地の風俗店では、一向に終わらない水掛け論が繰り広げられていた。

「それは、前にヘレンが騙されたのを……って、俺は一体、何回、この話をすりゃいいんだ」

 狭い事務所の中で、ジェイとヘレンが隣に座り、机を挟んだ先にミスズが座っている。

「いいか? 俺は今、人探し中なんだ。あんまり、話を聞かないようだと、業務妨害で訴えるぞ?」

「ほう? なら、こちらも、ヘレンさんを誑かした責任を取ってもらいましょうか?」

「誑かしてないだろ?」

 主にミスズとジェイの言い合いが響く部屋に、窓を叩く音が紛れ込む。

 高い位置にある窓が開くと、ピンク色のプラカードが見える。

「おい! ジェイ! お客様がいらっしゃったぞ!」

 シロの声に、冷静さを取り戻したジェイが苦々しい顔をする。

「わかりました。すぐに行きます」

 髪型やスーツの整えたジェイが、出口のドアノブに手を掛けた。

 廊下に出たあと、ジェイはじっとミスズの顔を睨む。

「なんだよ……」

 視線に気づいたミスズが問うと、低い声でジェイが釘を刺す。

「まだ、話は終わってませんからね」

「わかってるよ。どこにも行かねえって」

 扉が閉められると、事務所にはヘレンと二人きりになる。

 重い静けさに耐えかねたミスズが口を開く。

「なあ、ヘレン。なんで、あんなこと言ったんだよ」

 潤んだ瞳で下を見るヘレン。

「わかった。言いたくないなら、それでいい。確かに、あのとき格好付けて言ったしな」

 独り言に近い様子で部屋に音を存在させ続ける。

「でも、大人なんだから、意味ぐらい分かって欲しかったな」

「違うっ!」

 突然大きな声で反論するヘレンに、ミスズは目を丸くしてしまった。

「どうした? 何が違うんだ?」

 再び、視線を床へと落としたヘレンがゆっくりと話し始めた。

「確かに、ミスズちゃんのことが好きよ? でも、あの時の言葉の意味も、ミスズちゃんが私を女として見ていないこともわかってる……」

「だったら、なんで……」

「それは……」

 言い淀むヘレンの代わりに、廊下を歩く足音が二つ聞こえてくる。

 歩き方から、一つが先ほど出て行ったジェイのものだと言うことはわかるが、もう一つの音に、ミスズは聞き間違えだと信じたかった。

 苦手といって差し支えない、独特な歩き方に。

「ヘレン……もしかして、俺がわからない間に、ジェイと念話したか?」

 うなずくヘレンに、ミスズは額に手をおく。

 ヘレンは妖精種だが、ジェイもシロも半獣種であるため、隠れて念話をされる心配などしていなかった。おそらくは、ジェイが着けていたイヤホンで会話が可能だったのだろう。自分が妖精種であるために、聞かれることを懸念して、堂々と話すはずがないと高を括っていたのが、裏目に出てしまった。

「ごめんなさい……時間を稼げっていわれて……本当にごめんなさい……」

 泣き出しそうなヘレンの肩にミスズが手を置く。

「全く、本当だぜ」

「ごめんなさい……」

「これは、次回来たときにサービスしてもらわないとな」

 ヘレンが顔を上げて、ミスズが手を離した直後、扉が開く。

「やあ、ちょっと邪魔するよ」

 入ってきたのは、足のみを獣化した長身の男であった。

「本当だよ。丁度、良いところだし、帰ってくれ」

 笑って軽口を言うミスズに、長身のオガミも笑いながら近づいて、ミスズと肩を組んだ。

「だから、邪魔するって言ってるじゃないか。なあ、ミスズ。久しぶりに話を聞かせてくれないかい?」

 肩を組んでいるはずなのに、オガミとの体格差があまりにあるせいか、一見すると、片腕でミスズの首を締め上げているようにも見えてしまう。

「悪いけど、仕事中なんで難しいかな。また今度、誘ってくれよ」

 一向に怯むことなく話すミスズに、ヘレンが心配そうな視線を送る。

「いやあ、別に飲みに誘ってるわけじゃなんだ。俺も仕事でね」

「もしかして、俺に拒否権はない?」

「んー……。そうだね」

 お互いに顔を見合って笑い出すオガミとミスズに、ヘレンとジェイはちょっとした恐怖を感じていた。

 部屋に響く笑い声に混じって、クラクションの音が聞こえた。

「じゃあ、行こうか。車も来たみたいだし」

 中腰から立ち上がり、ミスズも立たせたオガミが廊下へと歩き出す。

「え、お前、車で来た訳じゃないの?」

「走ってきたよ」

「マジで? どこから?」

 少なくとも事務所に聞こえなくなるまで談笑する二人は、まるで友人のようであった。

「やっと、静かになりましたね……」

 二人の代わりにジェイが事務所へと入ってくる。

「さ、ヘレンさん。予約の客が来ますから、準備の方を……」

 ジェイが言い終わらない内に、ヘレンが事務所を飛び出し、そのまま、店の外へ出て行った。

「え……?」

 しばらく呆然として、理解が追いついたジェイは、すぐさまヘレンに念話を繋ぐ。

「ヘレンさん!?」

『ごめん。ちょっと、用事ができちゃった』

「予約のお客様は?」

 慌てるジェイに、考えるようなヘレンの声が聞こえた。

『そうね……待ってもらうか、次回、サービスするって伝えておいて』

「そんな……」

『お願い。今日だけ……。いえ、数時間だけでいいの』

 おそらく、ミスズのために何かをしようとしていることだけは、ジェイにもわかる。まだ、念話が届く距離にいるということは、半獣種であるジェイの足なら、妖精種のヘレンなど簡単に捕まえることもできる。

 しかし、それで良いのだろうか。

 ヘレンの念話には、心に迫るものがあった。

 無理矢理連れ戻しても、ヘレンは嫌々お客様の相手をするであろう。最悪、辞めると言い出すかもしれない。

 だったら、今日の予約をしているお客様には、次回の予約をしてもらって、次回、サービスするのとでは、どちらの方が、みんな笑えるだろうか。

 しばらく、売り上げと人の気持ちとの間で悩んだジェイは、出した結論をヘレンに伝える。

「わかりました。今回は体調不良で欠勤にします」

『やった! ありがとう、ジェイ!』

「ただし、朝までには戻ってくださいね? あなたは予約が詰まってるんですから」

『ねえ、次の予約は私が決めちゃダメ?』

 ため息混じりの決断を下したジェイに、ヘレンが訳の分からないこと言い出す。

 当然、無理な話だ。選ばれる側の人が、選ぶ人を選ぶなど、おかしな話である。それに、大体、予想は付いている。それでも、ジェイは一応、聞いてみた。

「誰がいいんですか?」

『ミスズちゃん』

 予想通りすぎる即答に、ジェイは何度目となるのか、ため息を吐き出す。

「善処しますよ」



 オガミによって外に連れ出されたミスズを待っていたのは、一面を黒く塗装され、ガラスには中が見えないような加工の施された、いかにも、裏社会で使われそうな車であった。

「おいおい、ちょっと、悪趣味なんじゃないのか?」

 ミスズの悪態にも表情一つ変えず、オガミは後ろのドアを開ける。

「貴重な意見として、会長に伝えとくんで、今日は我慢してくれ」

 半ば、押し込むようにミスズを車に乗せると、同じドアからオガミ自身も乗り込む。

 内部は想像より広く、助手席を除いて、もう、一人か二人は乗れそうであった。

「走ってきたんだろ? 走って帰れよ」

「なんで、車があるのに走るんだ?」

 どうにか逃げようとするミスズの軽口はことごとく打ち落とされ、ついに黒い車は走り出してしまった。

「一応、先に聞いておくんだけど、俺はこれからどこに連れて行かれるんだ?」

「それは、お前さん次第かな。まあ、そんなに身構えるな。ちょっと、話を聞くだけだからさ」

 ある意味、最も怖い答えを聞いたミスズが身震いをする。

 そして、ほとんど揺れを感じさせない車内で、オガミによるミスズへの尋問が始まった。

「単刀直入に聞きこうかな。お前はどうしてこいつを捜している」

 オガミが親指でミスズの胸を叩く。そこに写真が入っていることを知っているのだろう。

 舌打ち混じりに写真を出したミスズは、洗いざらいを正直に語る。

「ただの仕事だよ。まだ、何も掴めてないのにあんたに捕まって今に至るんだよ」

「依頼者はどんな奴だい?」

「なあ、俺は探偵で、信用で成り立ってる仕事なんだ。そう簡単に話せる訳ないだろ」

 もっともな答えに、オガミは笑う。

「それは確かにそうだ。でも、いいのかい? ここで話さないと、信用問題以前に、死活問題なんじゃないのかい?」

 オガミの腕は依然としてミスズの首に巻かれたままだ。

 半獣であるオガミにとって、ミスズがどんな手段を持っていようと、行動を起こすより早く、首をひねることなんて、実に簡単なことである。

 何も言えずに黙るミスズには、この圧倒的に不利な状況を、打開する考えがあった。

「わかった。降参だ。なんだったら、依頼者に会うか?」

「今日はずいぶんと聞き分けが良いな」

「たまにはそれも良いかなってさ。いつもお世話になってるし」

 写真の裏を見せて、依頼主の連絡先をオガミに見せる。

「ほら、連絡しろよ」

 オガミは口をつぐんで悩み始める。

 それも当然であろう。

 なぜなら、連絡先の上には、依頼主が持っていた情報の他にも一文が刻まれていた。

『初めの連絡で、得た情報の一部を報告すること』

 依頼主もバカではない。自分が危ない橋を渡っていることを承知なのだろう。

「俺がこいつを探し始めた直後に、お前が聞きにくるってことは、狼堂会の関係者ってことなんだろ?」

 正直言って、かなりの賭けである。

 依頼者は何も知らない。

 だったら、適当な情報を語って、依頼主を誘き出してしまうこともできる。

 その場合、下手をすればミスズの探偵としての信頼は地に落ちて、這い上がることは難しくなるだろう。

 ただ、首を取られてしまった以上、ミスズは賭けにでるしかないのだ。

「さあ、どうする?」

「……」

「何だって?」

 オガミの呟きをミスズが聞き返す。

 内心、いつ、賭けに負けるか不安でならないが、気取られないように、精一杯の虚勢を張っているのだ。

 使っていない片腕で、オガミはミスズから写真を取る。

「おい!」

「違う……」

「何が?」

 固まるように写真の裏面を睨むオガミの視線を辿ると、連絡先の上にある一文よりさらに上、依頼者が持っていた情報にあった。

 そこには、本当に最低限の情報が記入されている。

「すまん、探偵。俺たちは大きな勘違いをしていたかもしれない」

「あ?」

 車はどこか、人通りの少ない脇道で停車していたらしい。揺れが少ないために、一切気づかなかった。

 首から腕を離したオガミが、深く座席に腰掛ける。

「今日のことは無かったことにしてくれ」

「はあ?」

 直接は言わないものの、降りろと言うことであろう。

 車からも、依頼からも。

「どうせ、マスターのところから受けた依頼だろ? 話しはつけてやるから」

「そんな簡単な話じゃねえだろ!」

「オガミさん!」

 運転席でハンドルを握るルーからの声に、オガミが前を向く。

 フロントガラスの先で、『影』と呼ぶにふさわしい黒装束の人物が、通行人を襲っていた。

 距離が少し遠く、詳しくは見えないものの、黒い影の手の中で異質に輝く長身の銀色が、車中の三人に切り裂き魔を彷彿とさせる。

 通行人は、持ち物で何とか防いでいるが、そう、長くは持たないであろう。

「どうしますか!」

 答えを急かすルーの問いに、オガミは何の躊躇いもなく、顎で前を示しながら、一言だけ言葉にする。

「やれ」

「アイアイサー!!」

 心の底からうれしそうに口の端をつり上げたルーが、思いっきりアクセルを踏み込む。

 まるでカースタントかのように、タイヤが空転をした後、アスファルト蹴り出した。

「行くぜ!」

 笑い声とともに襲われる、今まで無かった突然の揺れに、ミスズは体勢を崩してしまうが、予期していたかのようにオガミが支える。

「大丈夫か?」

「彼、どうしたの?」

 笑い声の主であるルーを奇異の目で見た後、オガミに尋ねると、いつの間にかシートベルト着用していた。

「いや。いつも通りだ。お前もベルトはした方が良いぞ」

 忠告通り、急いでシートベルト着用した直後に、前に飛ばされるような衝撃が全身を襲った。

「外したか……」

 舌打ち混じりにルーが呟く。

 ぶつかった衝撃ではなく、急ブレーキによるもののようだ。

 急発進の音によってか、切り裂き魔は迫る黒塗りの車に気づいたらしい。影がいったん身を退いたことによって、通行人と影との間に車は急停止していた。

 すぐさま外に出たオガミであったが、既に切り裂き魔の姿はなく、闇へと消えてしまっていた。

「どう?」

 スモークのかかった窓ガラスを下げたミスズは、一気に疲弊した様子でオガミに尋ねる。

「ダメだね。写真も撮れなかった」

「そう……」

 倒れるように窓枠へ体を預けたミスズをよそに、オガミは車の反対側へと回る。切り裂き魔か暴走者のせいか、尻餅をついている被害者たる女性に声を掛ける為だ。

「大丈夫ですかい? ん?」

「はい……なんとか……って、あれ?」

 差し出された手をつかんで立ち上がろうという女性の姿に、オガミは見覚えがあった。

 話しかけられたオガミの声に、立ち上がる女性は聞き覚えがあった。

「なあ、探偵」

「何?」

 見えない方向から声を掛けられた気分の優れないミスズが、気の抜けた返事で返すと、寄りかかっていない方の扉が勢いよく開いた。

「運がいいな」

「え?」

 そう言って乗り込んでくるオガミの後ろには、ついさっきまで写真で見ていた女性が立っていた。

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