第36話 斎

「幸岐?」


外から音がした気がして、玄関を見に行く。しかしなんの変化もない。靴も、きちんと揃えられて置いてあった。


「…誰か来たか?」


首を傾げて外に出る。空はいつの間にか雲に覆い隠されていて、今にも雨が降りそうだ。


ふと、門が薄く開閉しているのに気付く。

まるで、誰かが出て行ったかのような。


斎は真っ青な顔をして走り出した。向かうのは、幸岐が寝ているはずの部屋。


「幸岐!」


壊れるんじゃないかと思うくらい大きな音を立てて扉を開ける。

庭に続く障子は開かれたまま。布団はもぬけの殻だった。

血の気が引いていく。手が震えていくのがわかる。指先が冷えていく。


「…ッ、幸岐を探せ!」


懐から取り出した、魔力を込めた和紙を投げる。伝達に使ったのと同じように、それは羽ばたいて開け放たれたままの障子から飛んで行った。

次いで斎は廊下に戻り電話を手にする。掛ける先は狛。今日は有給消化のために半休だと言っていたはず。


『…はーいもしもし』

「狛、幸岐がいなくなった! 探すの手伝え!」

『いなっ…はあ⁉ うわッ』


バタンと落下音がする。ガタガタ物音がしたのち、狛は『すぐ向かう!』とだけ言って電話を切った。


次は、次は。


雷が鳴った。次の瞬間には雨が降ってきた音がする。かなりの豪雨だ。窓を、雨戸を閉めなければ、ともぬけの殻になった幸岐の部屋に向かう。

雨戸もしっかり締めて振り返る。何度見ても、空になった布団に変わりはない。


「…幸岐」


呼んでも返事はない。一人きりの家に降りる沈黙が、ひどく寂しい。

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