第15話 幸岐と斎

「おかえり、幸岐」

「ただいま帰りました、旦那さま」


玄関で出迎えた斎を見て、幸岐はふにゃりと笑った。靴を下駄箱にしまった彼女は、大切そうに風呂敷を抱えなおす。


「なんか貰ってきたのか?」

「えっと、洋菓子作りの材料と、笙花さんが使っていない調理器具を譲っていただきました」


斎が風呂敷の結び目を少しだけ開く。中には見たことのない銀色の調理器具がいくつも入っていた。新品同様に綺麗で、あまり使われた様子はない。


「…あいつ、ちゃんと自炊してんのか…?」

「笙花さん、お料理上手ですよ。今日はおむらいすを作ったのですけれど、私が作ったら失敗してしまって…笙花さんが作り直してくれたんです」

「おむらいすってなんだ?」

「味の付いたご飯を薄焼き卵で巻いて、餡をかけてたものです。笙花さんが作ってくれたのは和風おむらいすって言ってました」

「へえ…今度作ってくれよ」

「はい!では明日の夕ご飯にしましょう」


何かいいことでもあったのだろうか、楽しそうな様子に、斎も微笑む。

二人で話しながら廊下を歩き、台所で風呂敷を広げた。風呂敷の上には、おおよそ斎では使い方の見当もつかないものが並んでいた。


「この間のクッキーもたくさん作れるようになったので、また作りますね」

「ああ、あれは美味かった」


幸岐が笙花に教わったという洋菓子。さくさくしていて甘くて、三分の二以上斎が食べてしまったのを覚えている。


「幸岐、これはどこに」


しまうのか、と問おうと振り返る。幸岐はつま先立ちをし、食器棚の上に腕を伸ばしていた。

斎が呼び掛けたことで、彼女の意識が指先から逸れる。


「っ、幸岐!」


指をかけていた箱が彼女の頭の上に落ちてくる。

咄嗟に幸岐の腰を引き寄せた斎は、箱の落下地点から彼女を遠ざけた。がたんと大きな音を立てて、箱は床に落下。


「大丈夫か? 怪我は? 高いところのものは無理せず俺に言え」

「あ、はい…ごめんなさい…」


ほっとしたのもつかの間、腕の中にいる幸岐の耳が赤い。


「どうした? 耳が、赤…いが…」


腕と腹部から伝わる体温、自分の肩よりも低い位置にある頭部、ふわりと香る優しくて甘い香りは何によるものだろうか…。

と、ここまで考えて、我に返る。


「……………すまん」

「あ、いえ、あの、あ、ありがとうございます………」


ぎこちなく離れる二人。双方真っ赤な顔のまま、再び片付けに取り掛かった。

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