世界の…そして僕のエポック・メイキング・デー

平中なごん

世界の…そして僕のエポック・メイキング・デー

「今日は特別な日だ……」


 世界が未曽有の大混乱へと陥ったその日、人類の誰もがそう思ったであろう……。


 それは、世界的に影響力の強い某大国の、失言が多いことで有名な某大統領が、某SNSでうっかり呟いた・・・一言にはじまる。


「なんというフェイクニュースだ。宇宙人? もちろん私も毎日のように会っている。UFOだって、つい先日乗せてもらって火星コロニー視察に行ってきたばかりだ」


 反対派のカリスマ的オカルトマニアが「彼だけはその資質が疑われ、歴代大統領の中でもただ一人、宇宙人との密約を知らされていない」と呟いたことに対し、怒りに任せて思わず反論を書き込んでしまったのだ。


 まあ、普通ならばこんな呟き、嘘か冗談ということで片付けられていたことだろう。


 しかし、時期がまたいけなかった。


 そうした問題の揉み消しを担当する極秘セクションの長官が、大統領に反抗的だということで解任されたばかりであり、怒り心頭のその秘密部署は後始末の仕事を放棄したばかりか、むしろ世のオカルトマニアが喜ぶような、決定的証拠の資料を嫌がらせにリークしたのだ。


 まあ、気持ちはわからんでもないが、彼らも少々やりすぎた。勢いでシャレにならない資料まで流してしまったがために、それを期にこの〝失言〟は〝真実〟として一大センセーショナルを世界的に巻き起こし、某国では「宇宙人との密約を国民に対して開示しろ」と数万人規模のデモが各地で毎日のように繰り返されることとなった。


 そして、圧倒的な世論に押される形で、ついに某国と大統領は方針を大転換。それまで隠しに隠し通してきた最重要国家機密を告白する運びとなったのだった。


 もちろん、そのような運びとなったのには密約相手である宇宙人側の了承が不可欠であり、彼らにしてもAIを生み出すまでになった地球の科学技術の進歩を鑑み、「ここらが潮時」と判断した経緯があったのかもしれない。


「我が国の国民、そして、この星に生きる全人類の皆さん。今日は人類史上、最も重要となるであろうお知らせがあります。落ち着いてよく聞いてください……UFOも宇宙人も実在します。彼らは何千年も前からこの地球にやってきており、我が国は冷戦時代から密かに友好的な技術交流を進めてきました。また、死後の世界や超能力の存在も、彼らの進んだ科学からしてみれば至極当然の事実です。オカルトの大半は本当のことなのです。これはフェイクニュースではありません。すべて真実です――(後略)」


 以後、史上〝最も特別な日〟として記録されることとなるその日、全世界同時衛星放送で流されたこの歴史的演説により、人類の…否、地球人の認識と世界観は一変させられることとなった。


 いち早く反応を見せたのは他の先進国だ。


「我々も冷戦時代より、地球外知的生命体の技術や超能力の研究を進めてきた。かの国だけがこの分野の先進国というわけではない」


 某国と並ぶユーラシアの大国は早々にライバル心剥き出しのコメントを発し……


「限られた国だけが異星人の技術を独占するのは極めて不平等だ。我々途上国にも公平に教授すべきである」


 また、そのおとなりの東アジアの大国は、いつもの如く、まだ自分達は途上国だと言い張って技術の共有を求め……


「我が民族は一致団結し、帝国主義の侵略を打ち砕くため、UFO兵器の開発へ邁進する!」


 さらにそのおとなりに接する独裁国家は、核に続いてその技術の軍事利用にも非常な興味を示した。


 一方、ヨーロッパ連合をけん引する移民に優しい幾つかの国々では……


「我々は地球人として、同じ宇宙に住む友人達に対しても寛容であらねばならない。入植を希望さえる方がいれば、できうる限り協力する用意がある」


 と、友好関係を築く努力をすでに始めている。


 そんな中、僕の住むこの国はといえば……


「え~我が日本国としましてはこれまでと変わらず同盟国として、同じく宇宙外生命体の皆さまとも良好な関係を保っていきたいものと――」


 やはり、いつも通りに某国の顔色を窺い、ただただ波風立たぬよう追従する、なんともつまらないコメントを首相がしていた。


 ま、こんな時でさえ自らの思惑を前面に押し出した各国の反応はともかくとして、宇宙人側の対応も迅速だった。


 演説の翌日には各地へ代表団が派遣され、各々の国のリーダーとリトルグレイが握手するという、以前なら完全に作り物のトンデモ画像だと思われたであろう写真が新聞の紙面を彩った。言っておくがスポーツ新聞ではなく、大真面目な大手の有名紙においてだ。


 写真といえば、最初は警戒して近づかなかった人々もいつしか一緒に記念撮影をするようになり、昔の「宇宙人といえばこれ!」的な超有名写真をパロディにして、「捕まえられた宇宙人」のポーズで写真を撮るのが世界的ブームとなっている。


 SNSにもよく投稿され、「ET映え」などという言葉も流行っているくらいだ。


 しかし、そうした表面上の騒ぎよりも、真にインパクトを受けたものといえばやはり学問の世界であろう。


 なにしろ、これまでの常識が180°ひっくり返ってしまったのだから。


 物理学の分野では、新たにもたらされた知識によって量子力学が一足飛びに進歩を遂げ、それまではイロモノ扱いされていたワープ航法やタイムトラベルの研究が今や花形となっているし、幽霊や超能力のメカニズムを科学的に解明する研究もそれ以前とは比較にならないほど、ごくごく普通に行われてる。


 そういえば、そんな風潮に後押しされる形で、かつてネット上を騒がせた「未来人」もついに公衆の面前へと姿を現し、詳細なタイムマシンの構造を公開したことは記憶に新しいだろう。


 他方、生物学でも、UMA(※未確認生物)の一部が宇宙人の遺伝子操作実験によるものだったり、あるいは絶滅前の時代から連れてこられたテレポートアニマル(※その場にいてはおかしな動物)だったりすることが知られると、まさに〝外来種〟のカテゴリとして環境への影響を調べるため、野生化したそれらの捜索が国を超えた専門家の協力により、現在、世界規模で進行中である。


 また、自然科学ばかりでなく人文科学の分野においても、ピラミッド、マチュピチュなどの古代文明遺跡やオーパーツ(※その場、その時代に存在するはずのない道具)、さらには地球人類の誕生にまで宇宙人が介在していることが明白となり、かつてはトンデモ学説とバカにされていた世迷い事が史実となると、すっかり歴史の教科書は塗り替えられてしまった。


 急遽改訂されることとなった今度の新しい教科書では、遺伝子操作によって類人猿から原人へ進化するところ~新しくはロズウェル事件まで、オカルトな記事のオンパレードとなる予定だ。


 まっとうな科学の世界がそんな有様となって、一番驚いているのはいわゆる〝トンデモ系〟だった・・・人々かもしれない。


 某超有名なオカルト系雑誌『Mー』も、かつてのトンデモ系の代表格という認識から、『Nature』や『Newton』などと肩を並べる学術系雑誌へと昇格を果たし、トンデモの急先鋒だったアマチュアの〝自称研究科〟達も、いまやその道の第一人者としてアカデミズム界では引っ張りだこだ。


 反対に、アンチ・オカルトを標榜していた学者達にとっては肩身の狭い時代となり、潔く身を退いて学会を去る者もいれば、「俺は前からそう思ってたんだ」などとコロリと手のひら返しをし、もとからオカルト主義者だったように振る舞う卑怯極まりない輩もいる。


 いずれにしろ、この〝秘密の開示〟がまさに「天と地がひっくり返る」ような劇的変化を各方面に与えたのは明らかであり、人類史上、「産業革命」、「IT革命」に次ぐ第三の革命として、「ET革命」と呼び称する者も現れ始めているが、ま、語呂もいいし、おそらく未来の年表にはそうした名前で記録されることとなるのであろう。


 無論、過去の〝革命〟のご他聞に漏れず、このET革命は経済にも大規模な変革をもたらしつつある。


 最早、ロケットは一時代前の旧物と化し、代わって国産UFO開発へとシフトしてゆくことであろうが、今後は公民問わず宇宙産業進出にさらなる拍車がかかることは明らかだ。


 宇宙コロニー開発に関しては某国の一歩リードしている感がいなめなくはないものの、その他の国々もその後を追い、火星や月を手始めに入植計画が進行中である。


 また、各国高官によるUFOの試乗や某国の火星コロニー視察はすでに始まっており、地球にやって来ている宇宙人の本星へ国連代表団を送る準備も進んでいるが、民間においても宇宙観光ビジネスは注目の的である。


 遠くない将来、UFOに乗ってワームホールを潜り、外宇宙へ旅するツアーが各旅行会社によって企画されているし、逆にこちらへやって来た宇宙人達向けに、地球観光ツアーを始めている商魂たくましい会社もすでに現れている状況だ。


 加えて情報産業界においても、今後、盛んになるであろう惑星間貿易を見込み、宇宙の果てであろうと支払いをデータによって行えるよう、「量子もつれ」を利用した情報テレポート技術の開発とその運用が急がれているが、これは異人種間交流も含めた宇宙規模のSNSにも不可欠な技術であり、大きなビジネスチャンスを秘めたものとして各方面より関心を集めている。


 だが、ちょっとネガティブなことを言わせてもらうと、この一大革命のもたらしたものはそのように夢のあることばかりではない……。


 当然、その裏では多くの問題も生むこととなった。


 例えば、「キャトルミューティレーション」と呼ばれる牧場の牛が臓器を奪われて大量死する事件や、UFOに連れ去られて人体実験を受けた事件についても、当時、トンデモ説で言われていた通り宇宙人の生物調査であることが判明し、その損害における賠償請求と、それを黙認した某国政府の責任について各地で集団祖訴訟が起こる事態となっている。


 いや、それ以前にかつて18世紀末に始まる帝国主義の時代においてもあったことであるが、果たして地球上の法律が宇宙人にも適応できるのか? 彼らがもし従うことを拒否した場合、地球側としては治外法権を認めるのか? など、両者間における法整備が急がれるところである。


 また、先程も少し触れたが、これから惑星間貿易を行っていくこととなると、支払いの貨幣はどうするのか? その際の関税率はどのように決めるのか? という経済面でも取り決めるべきことは山積みであるし、宇宙人の入国…否、入星の際、パスポートの提示や未知のウィルスの侵入を防ぐための衛生的対処はどうすのか? というような問題もある。


 今後、この急速に変化した情勢の中、人類はその山積みの問題を早急に、だが確実に一つ一つ解決していかなければならないのだ。


 そのように良いこともあれば悪いこともある、これが人類にとってさいわいだったのかわざわいだったのかは後世の判断に任せるところであるが、いずれにしろこの世界はあの日以来、天地がひっくり返るくらいに大きく変化した。


 そんな状況に対し、僕個人としてもそろそろ生き方を変えなければならないだろう。


「さて、これからは素の自分を出して生きていくかな……」


 誰に言うとでもなく、鏡の前でそう独り言を呟いた僕は、うまいこと隠してある背中のファスナーを下ろし、灰色の肌に白目のない大きな黒い瞳をした、本来の自分の姿を久々に外気へ晒した。


           (世界の…そして僕のエポック・メイキング・デー 了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界の…そして僕のエポック・メイキング・デー 平中なごん @HiranakaNagon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ