第17話『お出かけ』

 大河さんに武術を教えてもらってから数日が経ち、あの日から私は大河さんがいなくても一人で練習をするようになった。

 正直、毎日何もやることがないし、怠けているときっと太ってくる。だから運動にも最適なのだ。


 そして今日もお昼を食べてから、草地にて一人で練習をしようと階段をおり、移動空間がある四階に来たときだった。


「大河、あそこは範囲外だぞ」

「大丈夫だ。俺が一緒なんだからな」

「でも、もしも奴らが現れたりしたら!」


「ん?」


 そんな会話が聞こえてきたのは──。



「そんなもん、俺だけで追い払える」

「……何言っても無駄そうね。 なら、必ず何かあったらすぐに連絡しなさい」


 移動空間前にいたのは、長の四人。

 そんなところで何を話しているんだろう、と思いつつも歩み寄れば、声をかける前に秋真さんが気がついて、私に会釈をしてくる。

 それにより、他の三人も私に気がついた。


「こんなところで何話してるの?」

「陽菜様、明日大河とお出掛けになるそうですね」

「あぁ、うん」


 雫さんの言葉に頷く。

 それは今朝大河さんに言われたのだ。「明日、出掛けるぞ」と。

 しかも言われたのはそれだけで、時間や行き先なんて教えてくれなかった。

 でも私が出掛けるという事はダメな事なんだろうか。

 聞こえてきた会話を思い出して、疑問に思ってしまう。


「陽菜様、絶対に大河から離れてはいけませんよ」

「え? 何故?」

「結界範囲外で、しかも命を狙われる場合がありますから」

「!!?」

「俺がいれば大丈夫だ! 余計なこと言うな」







 そんな事を言われた次の日。

 大河さんは「俺がいれば大丈夫」だなんて言っていたけど、私の中でやはり不安が拭いきれない。

 でも、だからといって"やっぱり行きたくない"なんて言いたくはなかった。

 どこへ行くのかわからないが、今日のお出掛けによって大河さんにもっと近づけるんじゃないかと思ったからだ。


 朝、朝食を終えたのと同時に大河さんがやってきて、そのまま私たちは北の国へと来た。


「乗れ」

「い、いいの!?」

「早くしろ」


 そして、そして、屋敷の前で、大河さんはまさかの狐姿に変わって、背中に乗れと言い出したのだ。

 驚き、困惑していればまた大河さんに怒られてしまうため、ゆっくりと彼の背中を跨げば、ふわっふわな感覚に包まれる。

 やばい、ふわふわだぁ~!! 気持ちいい!


「行くぞ」


 その言葉と同時に歩き出す大河さん。

 テンションが上がり気味の私は落ちないよう、優しく彼の毛を掴み、バランスを取る。

 でも何でここから狐の姿に戻ったんだろう。

 どこに行くつもり?


 そんな事を思っていれば、町に入り、国民達は一斉に私たちに注目してくる。


「あら、聖妖様と大河様だわ」

「大河様があのお姿だなんて珍しいわね」

「あぁ、あのお姿も素敵だわ!」

「大河様はいつも素敵よ!」


 しかし、周囲からの声はほとんど大河さんについての言葉。

 それによく見てみれば、女性陣は大河さんを見つめ、うっとりとしている。


 ──やっぱりどこの国でもモテモテなんだ。


 大河さんの人気ぶりを再確認した時、胸の奥が少しだけ違和感を感じた。

 なんだろう、なんか嫌な感じ。


「……大河さん、早く行こう」

「ん? あぁ。 じゃあ掴まってろよ」


 別に私より大河さんが注目されてるから羨ましいって訳じゃない。……他の何かだ。

 少し不愉快になった私の言葉で、大河さんは少し姿勢を低くして走り出す。

 それと同時にビュッと体全身に風を受けて、バランスを崩しそうになるも体を沈めて大河さんにしがみつく。

 自分から早く行こうと言い出したのに、これほどまで早く走るのかと、つい驚いてしまった。

 そして、通った町はだんだんと小さくなっていって、自分で張った結界から出たのと同時に深い森へと突入する。


 森はやはり、私がこの世界に来た時に通った道と全く同じで足場が悪いのか、まっすぐ走らない大河さんに振り落とされそうになってしまう。

 しかし、ここで落ちたらきっと骨折レベル。……それだけは避けたい。


 必死に彼の体にしがみつき、ギュッと目を閉じながら

 目的地に着くのを待った。






 ***





「おい」

「ん……」

「着いたぞ」



 しばらくすれば、冷たく体に当たっていた風は無くなり、大河さんの声がして、私はゆっくりと瞼を上げながらも体を起こす。


「ここは……」


 到着したその場所は通ってきた深い森ではなく、高台で、そこから見える景色は青くて大きな海だった。


「海……」


 人間の世界と同じ、青くて大きな海。そして大河さんから降りて後ろを見れば深い森。

 妖の世界に、こんな場所があったなんて。それにどのくらい走ったのだろう。城からは海なんて全く見えなかった。


「キレイだね」

「ここは俺しか来ない」

「そうなの?」

「あぁ、結界の外だしな」

「!」


 人の姿になった大河さんに言われ、思い出す。ここが結界の外なんだと。

 だとしたら、大河さんは石英病は大丈夫なんだろうか。


「石英病は大丈夫なの?」

「ん、雫から聞いてないのか?」

「?」


 大河さんの言葉で、つい首を傾げてしまう。

 石英病は結界の外に行くと感染する事くらいしか聞いてない。


「石英病は確かに、結界の外に出れば感染はする。でもな、発症はすぐにするとは限らないんだ」

「え、そうなの?」

「あぁ。 結界の外に出るやつは滅多にいないが、もし出た場合は一週間ほど予防薬を飲むんだ。それによって発症を防ぎ、治療することが出来る」

「そういう事だったんだ」

「だが、一回でも薬を飲むことを忘れれば発症するんだがな」


 石英病の事を知れたのは良いが、一つだけ疑問が浮かんでしまう。それはこの間、石英病を発症した八重さん。

 じゃあ、彼女はつい最近結界の外に出たってこと?

 私が来る前に出た可能性もあるけど、でも、国の周囲を見る限り深い森しかないから結界の外に出る必要がないはずだ。

 大河さんのように、景色がきれいな場所に行きたいが為に出るってこともあるかもしれないけど。


 そしてそんな話をしているうちに大河さんは、青い海をぼんやりと眺め始めていて。

 何となく、そっとしておこうと思い、私は彼から距離を取ろうと周囲を見渡せば高台の端の方に、野花が咲いていた。


 部屋にでも飾ろうかと花に近づけば、思ったよりも小さい。でもそれ相応の小さな瓶か何かに入れれば良いかな。

 あぁ、雫さんにも持っていこうか。……こんな小さな花じゃあ受け取ってくれないかな。


 なんて考えながら、しゃがみ、花を摘んでいたときだった。


 下を向く私の視界にザッ、と音を立てて誰かの足が入ってきて。

 驚き、慌てて上を向いてみれば、以前、突然現れた青髪の覚の妖がニヤリと笑みを浮かべ、私を見下ろしていた。

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