第16話『訓練』

<もしもの時の為に、武術くらい覚えろ>


 そんな事を言われたのは、朝食を食べ、のんびりと過ごしている時だった。

 突然部屋にやってきた大河さんは、横になり、心地よい風に当たっていた私の腕を掴み、無理矢理部屋から連れ出したのだ。でもこの前みたいな強い力じゃなかったから、腕は痛くならなかったけど。


 そして向かった先は、城の一階から外へ出た場所。

 城を出てすぐにある草地で「俺が直々に教えてやる」と言い出した大河さん。

 何で急にそんな事を思い立ったのかわからないが、今のところ荒くれ者に襲われてないから、大丈夫な気がするんだけど。


「一応言っておくが、ここは各国に荒くれ者が侵入してこないよう見張りはいるが厳重じゃねぇ」

「うん……」

「だから、いつ荒くれ者がやってきてお前を襲うなんて誰もわからねぇんだからな」

「そっか」


 確かに大河さんの言うとおりだ。

 そもそも各国に見張りをする妖がいたことにビックリだけど、そうだよね。囲いがないここで、絶対に入れないようにするのは困難だ。

 でも私は、今まで武術系は無縁だった。だから教えてもらって習得できるか不安だらけだ。


「そんな不安そうな顔すんな。 どうせヒトだった頃は何もしてなかったから、出来るか心配なんだろ」

「う、……」


 図星を突かれ、何も言い返せない。

 心配や不安でいっぱいになった私が俯いていれば、ポスッと頭の上に何かが乗った気がして。


「!!」

「安心しろ。 お前でも習得できるし、上手く妖力を使えばそれなりに戦えるようになる」


 大河さんから突然の優しい言葉。そしてその言葉に驚き顔をあげれば、私の頭の上に乗っかっている正体が判明した。

 それは大きくて骨張った彼の手で。しかも大河さんは軽く微笑みながらポンポンと私の頭を優しく撫でてくる。


「う、うん……」


 なんだろう。

 大河さんから初めて優しくされたせいか、胸がキュンとしてしまった。

 それに頭ポンポンは反則だ。今結構ドキドキしてるよ。


「よし、始めるか」

「は、はい」


 大河さんの大きな手が頭から離れ、彼は私から少し距離を取り、私と向き合うような形をとる。

 始めると言っても、最初は何をするのか呆然と立ちながら見ていれば、大河さんは左足を少しだけ後ろに下げて、拳にしている左腕を肘から後ろに引く。


「先に手本見せるから、そこから動くなよ」

「わかった」


 私に言ってきた大河さんは右手は腰に構えた。

 そして彼の今からする事を、ジッとその場から動かず見つめていれば、サァッと風が吹き、ざわめく葉擦れの音だけが聞こえてくる。


 その直後、大河さんは後ろに引いていた左手の拳を、前へと思いきり突き出したのだ。


「!!」


 その拳から来たのか、ブワッと強めの風が吹き、私の髪は広がるほどに靡いた。

 周りの雑木林に目を向けても、ちょうど風がやんだのか揺れてはいない。


 ──じゃあ、今のは大河さんの。


「今のなら、お前でも出来るだろう」

「今のは?」

「ヒトは気を武術に取り込んでるだろ」

「……武術気功の事かな」

「あぁ、そんな感じだ。 やってみろ」

「ん……?」


 少しだけ乱れた着物を直しながら歩み寄ってくる大河さんは武術気功のような事をして、簡単に言ってきたのだが。

 そんなの、簡単に出来るわけがないじゃない!

 結界はともかく、ついこの間やっと石英病を治せたんだから。

 妖力って人の気と似ているのか、そうでないのかは知らないけど、私、そんな何でも出来る子じゃない。


「んー」


 でもきっとここで出来ないだなんて、言い返したら何を言われるかわからない。

 とにかく、石英病を治した時の感覚を思い出してみよう。

 そう考える必要ながら大河さんの真似をするように、私も構える。

 石英病の時は、あの石を掌に吸い取るようなイメージをした。

 じゃあその逆のイメージをしてみればいいのか。拳から力を放出、若しくは押し出す感じかな。


「やぁっ!!」


 イメージをしながらも拳を前に出せば、ヒュッととても小さな音がするも、私の目の前にいた大河さんは髪が乱れるどころか、靡くことすらなかった。


「全然ダメだな」

「うぅ……」

「まずは妖力の扱い方か……」

「お願いします……先生……」

「仕方ねぇ。 出来るようになるまで教えてやるよ」


 はぁ、とため息を盛大に溢す大河さんの顔なんて見れなく、俯く。

 やっぱり難しいよ。そう思うも、結局は自分の身を守るためだから、何がなんでも習得しなければ。

 それに、忙しいであろう大河さんが習得できるまで付き合ってやるって言ってくれてるんだ。頑張らなきゃ。


 そして私と大河さんの秘密の特訓が始まったのだ。

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