第25話 エピローグ

(茂語り)



 娘の希絵は、妹の君恵にそっくりだ。

みーこが希絵を見て君恵だと思うのも仕方ないことだと思う。

みーこの前から君恵が姿を消したのが、今の希絵と同じ年齢だった。

 家族で実家に帰り着いて、すぐにみーこが祖母の仏前にお線香をあげにきてくれたばかりだと母から聞き、私は希絵を連れて、散歩に出た。

もしかしたらみーこに会えるかもしれないと思ったからだ。

 あの日、君恵が通ったであろうコースを、希絵の小さな手とつなぎながら、希絵の最近のお気に入りで、散歩のときによく口にする、トトロの「さんぽ」を歌いながら、少しずつ景色の変わった懐かしい道を歩いていた。

 広い通りから田園が広がる横道に入ったところで、誰かがしゃがんでいるところが見えた。

この三角の畑は、みーこの家のものだなと思いながらその後ろ姿を見ていたら、それがみーこだと、すぐに思い当たった。

 ほんのいたずらのつもりだった。

いや、君恵がいなくなってから、何度もみーこと話がしたいと話しかけても、会おうと思ってもそれが叶わず、長い時間だけが過ぎていき、その仕返しのような気持ちもなかったといえば嘘になる。

「希絵、あそこにいるおねえちゃんは、お父さんの友達なんだよ。みーこちゃんっていうんだ。そ~っと行って、脅かしちゃおうか」

「うん」

「そ~っと、しずか~に行って、みーこちゃんに『わっ』ってしちゃおうか」

「うん。でもみーこちゃんにおこられない?」

「怒られないさぁ、みーこちゃんとは仲良しだからさ」

 希絵は君恵によく似ている。

みーこはどんな反応するだろう。


「みーこちゃん」


希絵がそう言って、みーこの背中に両手を置いたときのみーこの驚きは想像をはるかに上回るものだった。

そして、希絵を見たみーこが「きぃちゃん」と呼んだのも、想像通りだった。

 そしてみーこがこちらに振り返ったとき、その穴は見えた。

「みーこ、その穴は・・・?」

「こ、これは昔の井戸で、落ちると危ないから蓋がしてあるところだよ」

「そんなとこ開けて、何してるんだ?」

 それからみーこは、観念したように、一度は忘れていて、思い出したあの日のことを語り出した。

2人でこの穴を開けて見たこと、ヘビがいると思ってタマゴを投げ入れたこと、ケンカになったこと、信さんがやってきたこと、君恵が先にこの場所から離れたこと・・・

そして、君恵がその後どうしたのか、どこに行ったのかという、みーこの想像と、信さんがすでに故人だということも聞いた。

 あの日は、みーこが倒れていて救急車で運ばれたのが、確か16時半頃で、そのあと君恵の姿が見えないと騒ぎになって、かなりの人の目がこの辺りにはあったはずで、私自身も、君恵がいそうな場所を探して歩いた覚えがあって、その時に信さんが君恵をどうにかしたという、みーこの想像のように、その日にあの穴へ落とすなんてことは不可能だろうと思う。

 だが、あの日に君恵が持っていた「こわいおはなし」の本が信さんの家の小屋にあったというみーこの話は、やはりとても気になるところだ。

あの日、みーこと別れたあと、君恵は信さんの家に行ったんだろうか・・・

信さんに、小屋に閉じ込められたんだろうか・・・何かされたんだろうか・・・

それとも、君恵が畑に忘れたものを、信さんが拾っただけなのだろうか・・・

なんにしても、信さんはもういない。聞くこともできない。

 その本を目にして、そういえば君恵があの頃、よく見ていたものだと思い出した。

この、「こわいおはなし」が家からなくなっていたことに、今まで気づかなかった。

あの日にタマゴを持って出たらしいということに気を取られていて、君恵が他に何を持っていたのかなど、気にも留めていなかった。

 みーこは、ずっとこの本を手元に置いて、君恵のことを想い続けていたことを知り、込み上げてくるものがあったが、それに気づかれないよう、私は堪えて平静を保ちながら、みーこの話を聞いていた。

 土をいじったり、植えてあった野菜をそれぞれ数えたりしていた希絵が、何か白いものを持ち、こちらにやってきた。

「みーこちゃん、はい」

そう言ってみーこに手渡したのは、きぃがよく摘んでいた、シロツメクサの花だった。

それを受け取ったみーこの大きな目からは、涙がぽろぽろと流れ落ちた。

 みーこの話を一通り聞き終え、「こわいおはなし」を返してもらえるかと聞いたとき、一瞬、私の目を見て何か訴えるような眼差しをしたあと、諦めたように頷くみーこからそれを受け取って、実家に向かった。

この本は、もうみーこは持っていないほうがいいような気がした。

 君恵がいなくなって、20年が経つ。

みーこは、ずっと君恵を思い続け、心の中で探し続け、この本を手元に置き続け、きっとずっと自分を責め続けてきたのだろう。

 あの頃の2人と同じ年の希絵を見ていると、その歳月の長さに改めて気づかされる思いがした。

この本は、その想いは、今度は私が引き受けよう。

 君恵はどこにいったんだろう。

みーこの想像も、あながち間違いではないような気さえしてくる。

いつからか、あの穴の中にいたのだろうか?

もしそうだとしても、20年はあまりにも長すぎた。

穴の中に落とされていたとしても、もう地下水と共に海に流れてしまっているだろう。

 いや、それだって想像であって、「本当のこと」ではないのかもしれない。

結局、何もわからないままだということに変わりはない。

「パパ、歌ってないじゃん」

相変わらずトトロの「さんぽ」を歌いながら歩く希絵が、私を見て頬を膨らまして怒り顔をして見せた。

 私は、その君恵によく似た愛らしい娘の顔を見て、込み上げてくるものを堪えながら、「ごめんごめん」と言い、一緒にそれを歌いながら、最近ようやく時々ではあるけれど、自然な笑みが出るようになった母の顔を思い出し、堪えきれずに流れたひとしずくの涙を、希絵に気付かれないよう、そっと顔を横に向け、指で拭った。

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落とし穴 村良 咲 @mura-saki

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