電車で本を読んでいる人が賢く見える

悦太郎

電車で本を読んでいる人が賢く見える

 通学時に使う電車で、毎朝俺は奇妙な光景を目にする。それは、今じゃ当たり前の光景なのかも知らないけれど、俺にとって、鳥肌級に気味が悪い。車内のほぼ全員が、片手に持ったスマホをジィっと見ているだけ。乗り合わせる時には、その光景に毎度毎度ゾッとする。


 別に、スマホの使用が悪いとは思わない。俺だってネットサーフィンやスマホゲームがすきだ。だったらこの光景のなにがゾッとするかと言われると、確かに、強くは言えないけれど、皆が皆同じように、取り憑かれたようにスマホを弄る様が、何故か異様な光景に映るのだ。それが仮に、本や、棒付きキャンディだとしても、きっと俺は気味が悪いと思うだろう。皆がまったく同じ事をしている光景に対して、異様だと感じるのだ。


 毎朝俺は、スマホを鞄に締まって電車にのる。この中で、俺だけでも、スマホを弄らない人間でいたいからだ。皆がゾンビになっても、俺は負けない!そんなホラーファンタジー物の主人公の用な気持ちに毎朝なるのだ。今日も電車の中で、何にもない空間をジッと見つめて揺られる。やっぱり周りの人達は、取り憑かれたように画面を見る。毎朝見る光景ながら、不気味だ。


 ──車内アナウンスで、次の駅名が流れた時だった。ふと視線を上げた時、反対側の出入り口横にもたれ掛かる、男子高校生が視界に入った。俺とは違う高校の制服を着ている。そしてその手には、文庫本が収まっていた。文庫本だ。皆がスマホを弄るなか、彼の姿が妙に神々しく見えた。偉く、賢そうにみえる。もし、あの本がエロチックな物だとしても、彼が電車で本を読んでいるだけで、格好良くみえる。感動のあまり、拍手を送ってしまいそうになる。目頭がジンと熱くなり、俺の目からは、一筋の涙が零れた。


「あぁ!やっと見つけたよ、兄弟!」

俺はタラタラと流れ落ちる涙もそのままに、彼に向けそう言った。

すると彼は本から視線を僕に移した。その表情は、驚き以外の何者でもない。


「兄さん?兄さんなんだね!あぁ、再び会える日を、何年望んだ事か……。あいたかったよ、兄さん!」

そして人を割って、俺の側にくると、俺をキツく抱きしめた。


「弟よ……。お前のことを、1日たりとも忘れた事はないよ。また共に暮らせるんだ、俺も、お前に会いたかったよ!」

そして俺達は抱き合ったまま、周りの目も気にせずに、オイオイと泣いた。周りの人達は、皆スマホよりも俺達を見た。そして感動の再開を迎えた俺達は、そのまま次の駅で共に降りたのだ。


「あの、すみません、急に抱きついたりして」

彼がはにかみながらぺこりと軽く頭を下げた。


「いや、先に声をかけたのは俺だし……こっちこそごめんな」

あんなたくさんの人前で、初対面の彼に話しかけてしまった。チラリと見えた表紙を見たとき、思わず声をあげていたのだ。


「俺、その本すごい好きでさ……まさかこんなところで読んでいる人がいるから、たまらなくて」

彼が読んでいる本、それは俺が何度も繰り返し読みまくった文庫本だった。特に好きな、生き別れた兄弟の、感動の再会シーンが脳裏をよぎり、思わずセリフを読んでしまったのだ。それに即興で応じてくれたれ彼にもびっくりだった。


「俺も、この本大好きで。電車のってる時間さえ惜しくて読んでるんです。最近は、続編もでていて……」

まってくれ、続編なんて、俺はしらなかった。彼と一通り熱く語ったあと、俺は急いで家へ帰った。そして鞄からスマホを取り出し、本のタイトルで検索をかける。


「本当だ、続編がある」

彼の言ったとおりだった。毎週書店へ出向いていたのに、気がつかなかった。けどそれもそのはずだ。続編は、Web限定公開だったのだから──


──通学時に使う電車の中、俺は新たな楽しみを見つけた。それはWeb小説を読むことだ。本を持ち歩かなくたって、スマホさえあれば何冊も簡単に読むことができる。いやぁ、まったくいい時代になったよな!



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