二.勇者くんは世界がおきらい!

 世界はいつも、おれにやさしくなかった。


 おれは、魔法が使えなかった。

 なぜ魔法が使えないのか、全く分からない。ただ、おれは魔法が使えなかった。

 それが、おれの抱える


 この世界では、魔法を使えない人間などいない。皆、大なり小なり何らかの力を持っていて、何らかの魔法を使えるものだと教わってきた。

 平民レベルでは、1から2魔法しか扱えないことがほとんどだが、己、そして生まれた村や街を守る術として、魔法を使い、生きていくことが人生なのだ。


 魔法は、神様から愛子まなごであるこの世の生命体すべてに与えられた贈り物ギフトとされ、世界のありとあらゆる生命体が、何らかの魔法を使いながら生きていると言われている。

 学校や親から教わったわけではない。周囲から浴びせられる罵倒ばとうの数々をつなぎ合わせ、そのような結論に至っただけだ。


 魔法が使えないまま過ごしているおれは、言わば「神から見放された子」。

 一般的に、一人ひとりの心に神様が宿り、魂と神様を繋ぐ言の葉が魔素マナを具現化させ、魔法を発することができるとされている。

 しかし、残念ながらおれの心に神様は宿っておらず、神様の声を聞いて言の葉を浮かべ、魔素マナを形にするという、いわゆる「魔法」は使えない。


 最初は人より少々成長が遅いだけだと思っていたが、待てど暮らせど初級魔法は使えるようにならず、こうしてついに大人と言われる年齢――15歳となってしまった。


「おい、ルクス。いつになったら冒険者として村の外に出るつもりだ?」

「――っ!」


 見つかってしまった!

 ハッとして振り向けば、がたいの良い四人の冒険者が嫌な笑みを口元に浮かべながらこちらを見ていた。その後ろに自然と目を向けると、国から派遣されたと言われる村を守るための兵士と目があう。

 助けてくれ。昔なら、懇願こんがんするようにその兵士を見続けていたことだろうが、今ではもう、そのようなことは無意味だと分かっている。

 諦めている自分の心が、痛みさえ感じないまま、チリリと嫌な感情を抱えていることに気づいた。


 このように汚い心の人間だから、このような目に遭うのだろうか。コイツらを殺せてしまえればどれほど良いかと、何度願ったかわからない。

 普通の人間はそのようなことは思わないだろう。でもおれは、思ってしまうのだ。

 おれの母さんじゃなくてこいつらが、おれの父さんじゃなくてこの村人が、おれの妹じゃなくてこの国が、この世界が、そのすべてが、死ねばよかったのにって。


「魔法が使えないたぁ世界のとんだお荷物だな!」

「人間失格だぜ、ルクスさんよぉ」

「いやいや、人間どころかゴブリン以下ってやつだ!」

「がははは! ちがいねぇ! それじゃあ、退治してやらねえとな!」


 確かに、こいつらの言う通りでもあった。

 ゴブリンという小鬼種族は、知能レベルはさほど高くないが、二足歩行で人間の言葉を話す凶悪な生き物だ。我々の世界では魔物の一種で、討伐すべき対象である。

 ゴブリンは人間の言葉を話すため人の会話を理解する怖さがある上、学習能力も十分で、意外と厄介なのだ。

 そんなゴブリンでさえ、生まれた頃から何らかの魔法を操る。それに比べて何の魔法を操れないおれは、もはや生き物として最低の劣等種であることに違いはなかった。


「早く冒険者になって村を出ていかねぇと、お前さんの家族も浮かばれねぇなぁ」

「っ!」

「おっと、そんな怖い顔するなよ。いやぁ、それにしても災難だったな、お前のご両親」

「まさかで魔物に食われて亡くなっちまうたぁ、ほんと災難だぜ」


 ざわり、と心臓が音を立てた。

 違う。違う、違う、ちがう! おれの家族は不慮の事故で亡くなってなどいない。


 兵士職でも戦闘スキル所有者でもない、ただの平民である両親は、なぜか魔物襲撃から村を守るという、難易度の高い冒険者クエストで指名招集された。

 指名招集は領主、いわゆる村長の命令だ。

 本来クエストとは自ら選択して受けることが多いが、時に権力者からの指名が入り、ほぼ強制的に参加させられることがある。

 指名招集は光栄なことであるとされるが、同時に、断れば自分の、そして家族の居場所がなくなるものでもあった。


 そうして、当然、戦う術など持たないおれの親は、そのクエストで死んでしまった。

 そう、村がおれの親を殺したのだ。


 おれの母親はおれの妹にあたる二人目をその腹に宿しており、もう数ヶ月で生まれるところまできていた。

 おれの無力のせいで周囲から差別され、物を売ってもらえない、公共施設を利用させてもらえないなど様々な迫害を受けてきたが、妹を宿してからというもの、何度も「ルクスのような能無しをまた生むかもしれない」と罵倒されていた。

 両親はそれでもおれに愛情を注ぎ、抱きしめてくれたが、死んでからは誰もおれを守ってくれる人はいなくなり、だからといって自ら死ぬ勇気もないまま、おれも結局、ここまで生きてしまった。


「お前のせいでずいぶんと国から酷い扱いを受けたからなぁ」

「人間でないものを産み落としたお前の親はおろか、村全体が変な研究してるんじゃねぇかって、一斉検挙にあっちまった。そのせいで見ろ、一切のものを国にとられちまってこのザマよ。豊かな村だったんだがな、昔はよ」 


 確かに、おれの無能が分かる前は、花が咲き誇り、数々の野菜が育てられ、非常にのどかな良い村だった。

 はじまりの村と呼ばれるくらい冒険者たちにも有名で、ここでの住民の暖かさと穏やかさに元気付けられて、多くの冒険者は魔王討伐のためまた新たな一歩を踏み出すのである。


「お前の魔法を開花させねぇと、俺らの税金が大量にかかっちまってやっていけねぇ」

「危機にひんした人間が覚醒する、ってのは、言い伝えでもよくある話だろうよ」

「だから、ここでお前をのさ!」


 そう言って棍棒を振り回してきた男。訓練など一切受けていないおれにその動きを避けられるはずもなく、棍棒に当たった腕が鈍い痛みを脳に主張してくる。

 何が訓練だ! こんなことを十年以上繰り返し、結局村のやつらのストレス発散に付き合ってやっているだけのこと。何の価値にもならない。

 それでも、満足に飯も食えない自分の体では、逃げることも反撃することもままならなかった。


「神よ、この薄汚い哀れな存在に、天罰を! アクアアロー!」


 水の矢が複数、飛んでくる。こんなもの消し去ってやる、と手で払いのけようとするも、当然そんなことはできない。鋭い矢が手に刺さり、血が吹き出た。

 死なない程度に調整されたその攻撃は、生き地獄とでもいうほど長く続けられるためのもので、心がどんどん薄暗い感情を残して消え去ろうとしている気がした。



 こいつら全員、殺せれば良いのに。



 ――そう強く思った、その時だ。

 倒れたおれの目の端に、真っ黒いローブに身を包んだ赤い目をした少女が映り込んだのは。


 目があったと思った。その瞬間、心臓が、大きく騒ぎ立てた。


 なんということはない、ただ目があっただけなのだ。彼女は笑ってもいなければ、泣いてもいない。

 ましてやおれに攻撃を仕掛けようとさえしておらず、ただただその子は目を合わせただけのこと。


 それなのに、どうしてだ。

 ざわつく心臓が、まるで運命の人に会えたかのように、喜びと、そして、確かな恐怖を叫んでいる。


「おい、どうした? 怖くて声もでねぇか」

「っか、……」

「聞こえねぇなぁ!」


 魔法で強化された腕がおれの顔面を殴った。もはや痛いのか痛くないのか、痛覚がおかしくなっていてよくわからない。


 ああ、どうしてこんなことになってるのだろう。どうして、魔素マナがないのだろう。

 なぜおれは、この世に生まれてきてしまったのだろう。


「くくく、生まれた意味を考えるなど馬鹿なことよ。ただ世界に生かされ、殺されるだけ。お前らの生に何の価値も意味もない」


 突如上から聞こえた声が、降ってくるように近づいてきた。そしてその瞬間、

 何かを話そうと大きく口を開けた男の顔が目の前で止まって、詠唱途中の男がまぶたを閉じて手をこちらに向けたまま、静止している。遠い目の端に映っていた噴水も動くのをやめ、走り回っていた犬が駆ける途中で不自然に止まっていた。

 木々のざわめきも聞こえない。頬を撫でる風の感覚もない。ただただ、世界が歩みを止めたかのように、全てが、停止している。


 何だ、これ。何が起こっている。


「助けてやろうか、少年」

「え……」

「力をくれてやろう、と神なる存在が主人公の危機を救う。よくある夢物語だ」

「ちから……」

「せっかくなのだ、力を身に着けるすべさずけてやっても構わん」


 ふ、と視線をあげると、そこには先ほど目にした少女がいた。


 ああ、なんとも深く罪深い、引き摺り込まれそうなほど恐ろしい闇をそのに飼っているのだろう。

 目があった瞬間にざわついた心臓がどうしようもなく恐怖を叫ぶから、服としてあまり役立ってはいない布切れの一部を小さく握って、落ち着かせようとした。

 その一連の動きを目を細めて見ていた少女は、そのなりに合った高く幼い声を響かせて、こう言うのだ。


「我は魔王、この世界を統べる者よ!」

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