魔王ちゃんが勇者くんを育成することにしました。

一之瀬ゆん

一.魔王ちゃんは楽しいことがおすき!

 魔王――世界を揺るがす災禍さいかの始祖。

 その魔力の大きさが世界の均衡きんこうを破壊し、世界のあらゆる場所に災厄をもたらすとされている。

 大地の荒みは魔王の心、空の咆哮ほうこうは魔王の声、世界の生命いのちは魔王の操り人形ピエロ――この世のすべてが魔王の手中にあるとさえ言われているこの星イルジオ・マグナでは、常に争いが絶えない。


 一万年前も、一千年前も、百年前も、一週間前も、そして昨日だって、今日に至るまでの幾数年、各地において色々な種族間で様々な種類の争いが起こり、収束し、そうして巡り、言い伝えられてきた。


 負の感情、そして付随ふずいする争い全て、魔王が引き起こしたものである、と。


 それは戦争や一揆などの大きなものから、日常の争い全てに渡る。

 異性にしつこく言いより張り手を食らわされても、足の小指がタンスの角にぶつかっても、黒い飛行物体が大量に出没したとしても、年齢イコール恋人いない歴だったとしても。

 すべては魔王が引き起こしたなのである。


 だから人は魔王を恐れ、忌み嫌い、討伐のために冒険者となって、同じ志を持つもの同士でパーティーを組む。ギルドに入り、お金を稼いで装備を整えながら、成長していく。


 何億年の星の歴史を辿っても、未だ魔王を討伐できた者はいない。

 しかし、魔王を慕う数々の魔王軍を倒した者は数百年に一人の割合で生まれており、そうした者は勇者とされ、世界で慕われたたえられ、そして、あがめられてきた。

 そう、皆が勇者に憧れ、我こそが勇者だと信じて疑わない、そうして強くなり、死んでいく。これが、この世界のことわりなのである。


「ところで、魔王さま。何故なにゆえこのような田舎村を訪れたのです? 見たところ活気がない。こんな場所に来ても無駄足、何もないように感じますが」


 肩に乗っかる程度の小さな黒ドラゴンが、赤い目をくりくりと目立たせて、一人の少女の周囲を回りながら尋ねた。

 その声は、見た目に反してダンディーな男の低さである。


「魔王さまがよもや、そのような少女の身体となり、大半の力をなくして転移させられるとは思いもしなかったが」

「黙れ、ノエル」


 まだ幼い少女の声が、突き刺すような痛みを覚えるほど鋭く生み出され、ノエルと呼ばれたドラゴンの聴覚を貫いた。

 少し高めのつたない話し方は、「魔王さま」という呼び名にはとうていふさわしくない。が、堂々たる様子で村の真ん中を歩く姿は、いささか様になっているように思われる。

 閉口させられたドラゴンは「承知」と一言こぼした後、何もないように感じられる田舎村をぐるりと見回した。


 ひ弱そうな人間の子どもが3人、犬を追いかけ回して遊んでいる。

 ゴールダンドレトリバーと呼ばれる大きな犬は、人間の子どもなどすぐに食い殺せてしまいそうだ。ドラゴンという立場から見ると、人間はもちろんのこと、大きな犬もそれはそれで美味に思えるが。

 じゅるり、と出てきたよだれに気づいたドラゴンのあるじは、仕方のない子だ、という目でドラゴンを一瞥いちべつし、「魔素マナの揺れが大きい場所だ」と呟いた。


 彼女の視線の先には、キョロキョロと周囲を見回し、人の目を避けようとしている一人の少年の姿がある。

 そっと目を細めて、様子をうかがう。


「……不安定な精神状態の人間が多い証拠ですね。これでは良い魔法も生まれませんな」

「ふん、人間のような下賎げせんな者が操れる代物しろものではない――心も、言の葉も、命もな」


 こそこそとしている少年は、身体中に大量のあざを作り、視点も満足に定まっていない様子だった。額から流れ出ている血を、腕に残っているボロボロの布切れで拭い、歯ぎしりを一つ。

 何かから逃げようと必死な様子に、面白いものを発見したと、少女は目を輝かせた。少年の目に宿る暗い感情は、死に場所を求めているようにも感じられる。


 ――いつの世も、誰かが何かによってしいたげられるのだろうな。

 虐げてきた我が言うのもおかしいか、と喉の奥でクツクツ笑った魔王は、「おかしな子よ」と面白そうに目を細めた。


 ドラゴンが、その先の少年に視点を合わせたとき、その目が大きく見開かれた。


「あの者は……勇者! 先の世界で我々を倒さんとした勇者です!」

「その若い頃と見たぞ。ふむ、世界が変わったからあのような境遇なのか、それともあの勇者さまとやらも同じ幼少期を過ごしていたのか」

「いずれにせよ、今殺しておいた方がよろしいかと存じます」

「なに、殺すに足りん存在よ」

「しかし魔王さ、……いや、まさか、そんな」


 ドラゴンは自身の目を疑った。

 一瞬、自分の能力解析スキルが世界転移の影響で馬鹿になってしまったのではないかと思った。

 しかし、そんなことはない。目に映る他の村人に対する解析は、おそらく一点の狂いもない。


「あの少年……まさか、魔素マナを持たぬのか!」

「くく、そのようだな。……なるほど、世界を否定するか、少年よ」


 くつくつ。笑う主人に、ドラゴンは呆れた表情をする。


「あの、まさかとは思いますが」

「あやつ、欲しいなぁ」


 ドラゴンは目をひん剥いて「やっぱり!」と叫ぶ。


「駄目ですよ。置いて帰ります、目を合わせてはいけませんよ」

「あー欲しいなぁ」

「責任持って飼えないでしょう!? 駄目ですよ、魔王さま。好奇心で飼って、役に立たないとなぶり殺しにする未来が見えています」

「失礼だな、ノエル。我はそんなにも鬼畜な存在ではないぞ」

「世界を滅ぼさんとする災禍の魔王がよくそのような口を叩けますね」

「生意気じゃ。殺してやろうか」

「ごめんなさい」


 コントのようなやり取りをし、少女は満足したのだろう。ぐぐっと両腕をあげて伸びをする。

 風が気持ちが良いのぅ、と気の抜けた声で感想をもらす主人にため息を吐き、ドラゴンは「まったくこのお方は……」と頭を抱えるのだった。


「ノエルよ、我はこの世界が生まれてからずっと、のだ」

「……存じております、魔王様」

「ならば分かるだろう。お決まりのパターンを繰り返すだけの世に、飽き飽きしておる」


 だから、退屈させてくれるなよ、世界。


 一瞬でその場から姿を消した少女の気配は、普通であればどのような魔法であっても追跡できないだろう。

 気配の欠片かけら一つ残さず消えた少女の行方は、だからこそ分かるのである。


「あなたから生み出された存在でなければ、追えないんですからね……」


 振り回されてばかりなんだよなぁ、と頭をポリポリかいたドラゴンは、「瞬間転移オール・ワープ」と呟き、同じようにその場から消えたのだった。

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